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亜人の行進—ソロの狼煙—  作者: しまうま
第3章 音色の違う行進曲
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第28話 肝

「おーい、シヴァちゃーん。朝飯にしようぜ〜」


 そんな気怠げな声と3人分の足音が、ワーウルフの耳に届いた。


 カルランが大きく伸びをしながらこちらに近づいて来る。その後ろには、深くフードを被ったネルとビリスが続く。


 それを眺めながらシヴァは、手に持った大麦のパンを齧った。

 表面は硬く中は弾力がある焦茶色の塊。

 引き裂くように歯を入れると、やっと咀嚼できるだけの柔さが生まれる。


 そんな代物をシヴァは絶えず口に放り込んでいた。

 鼻に抜ける大麦の荒い香り。そして、それを芳醇で軽やかな果実の香りが追いかけて、拭い去る。

 その余韻は、舌に甘味を錯覚させた。


「美味かった〜」


 シヴァが手のパンクズを払い終える頃には、3人は彼の影を踏んで目を細めていた。


「おいおい、団体行動はどうしたよ〜」


 強調するように自身の腹を摩るカルランの横で、ビリスがうふふと笑う。


「快適なベッドでぐっすりだった私達が、言えるセリフじゃないわね」


 すると、遠くから「おーい!」と声がかけられる。


 それはあの中年の夫婦で、火にかけた鍋を囲っていた。


「皆さん!是非ご一緒に朝食を! 大した物ではありませんが!」


 それを聞いたシヴァは3人に笑いかける。


「領民の心象を大事にするんだろ? パンはその証だ」


 カルランはワーウルフの肩にそっと手を置いた。ポンポンと数回叩き、空いた右手を高く上げる。


「本当ですか!? お言葉に甘えさせていただきます!!」


 そうして、彼はシヴァに顔を向けるとそっと呟く。


「面と向かうと違うだろ?」


 ワーウルフは既に消えた、こめかみの傷をそっと摩る。


「ああ、指揮官様の言う通り」


 シヴァはそう言葉を返すと、カルランの背中を軽く叩く。

 それをネルはどこか遠くを見るように眺めていた。


 ***********


「あら? パン生地に混ぜているのはワインの搾りカス?」


 ビリスは千切ったパンの断面を眺めていた。

 その横でネルは、その焦茶色の塊を鼻先に近づけている。


「良い香り……。ぶどうの実をそのまま入れたみたい……」


 すると、そんな2人の前に木製の深皿が並べられる。湯気が立ち昇るその皿には、ゴロゴロとした根菜が入っており、透明なスープに浸っていた。


「ごめんなさいね〜。スープと合わせるなら、普通のパンの方が良いのにね〜」


 そう言ったのは中年の女で、鍋を囲う全員にスープを配膳していく。

 その最中に彼女は夫に視線を送ると、彼は少し笑って自身の後頭部を手で摩った。


「そうか、すみません! 私にはこのパンが普通なもので……」


 すると、カルランの喉が大きく鳴る。


「と言うと……ワインを作っていらっしゃる?」


「ええ、父の代から作ってます! ぶどう園自体は祖父の代からなので、私は3代目ですかね」


 その中年の男はカルランからシヴァへと顔の向きを変える。


「シヴァさんは、ワインを飲まれたことは?」


 その問いに彼は小さく首を振ってから口を開く。


「葡萄を使った酒というのは知ってます……」


「そうだったのか〜」


 そんなセリフと共に突然、カルランが大袈裟にワーウルフの背中を2回叩いた。


「いや〜可哀想に〜。どこかで飲む機会があると良いんだが〜」


 彼の目はチラチラと中年の男に向いている。

 そんなカルランの視線を奪うように、ネルが言葉を投げ入れた。


「まさか、ワインまで貰う気?」


 それによって、カルランの目が泳ぐ。


「ま、まさか!ちゃんと買うし! 飲むのは一杯だけにするからさ!」


 それを見た中年の男は引き攣った笑みを浮かべている。


「それがすみません……。売れ残ったワインがあったんですが、奴らに全部……」


 すると、その男の妻である中年の女が割って入る。


「なによ貴方。村に戻れば貯蔵分があるじゃない。だからほら! 」


 その言葉で、中年の男の背筋が少し伸びた。


「あの、皆さん……」


 集まる視線に耐えきれずに彼の頭が少し垂れる。


「私たちの村まで、護衛をしてくれませんか?」


 そうして、男は意を決したように、大きく息を吸いこんで言葉を続ける。


「報酬は奴らに払うはずだった金銭と、ワイン2樽を約束します!」


「2樽も……! それは魅力的だな〜」


 そう言って、顎を触るカルランにネルが小石を投げた。


「ダメ! 時間に制限があるんだよ?」


 その小石を彼は避けると、言葉を返す。


「私情を挟むなってか? じゃあ、皆んなの意見を聞いてやる。ビリスはどうよ〜」


「私は、お二人のぶどう園を見てみたいわ〜。愛がありそうだもの」


 その言葉にため息が一つ。

 そして、ネルの真っ直ぐな視線がシヴァに向く。

 カルランはニヤリと笑って彼を見た。


「どう思う?」


 二つの視線に、ワーウルフはポリポリと頬を掻いた。

 えー、と言葉を吐きながらそれぞれの顔を見返していく。


「まぁ、時間を無駄にはできないよ。どこに鳥人(アヴィアン)がいるかもわからないし」


 聞こえる2つのため息に、彼は小さく笑った。


「でも、こうも思う。時間ばかり気にしてて良いのかって」


 シヴァはネルに視線を送る。


「普通に考えて、鳥人(アヴィアン)の心象は大事だよね? 手土産とかはいらないの?」


 女エルフの瞳が大きくなった。口をほんの少し空けて、出す言葉を整理している。


 そんな時に、中年の男が恐る恐る手を挙げた。


「えーっと……皆さんは鳥人(アヴィアン)を探していらっしゃる?」


 それにカルランは、わざとらしく胸を張って答えた。


「ええ。なので、国境付近を目指してます」


「はぁ、国境……。なぁ? 今年は村の近くを飛んで行ったか?」


 男は妻に尋ねた。


「今年はまだよ。でも、去年は……。たぶん村の誰かしらは覚えてると思いますよ?」


 全ての視線がネルに集まる。

 彼女は逃げるように空を見上げた。


 何かを体から抜くような、大きな息を彼女は吐く。


「地図を荷馬車から持ってくる……。交渉成立の握手でもしてて」


 青空に浮かぶ白い雲は、無音無臭。

 だから、流れていても気づかない。


 しかし、ふと見上げれば視界に入る。


 シヴァは心の中で笑みを浮かべる。


 同じように空を飛ぶ鳥人(アヴィアン)も目立つのだ。


 改めて気付かされた。

 人間との接触が、この任務の肝だ。

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