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亜人の行進—ソロの狼煙—  作者: しまうま
第3章 音色の違う行進曲
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第29話 風林

 鼻を鳴らし、耳を立てた。


「人間の匂いが、ここにも届くか……」


 小さな林の中で、シヴァは立っていた。

 彼はふと、枝葉に遮られた空を見上げると、何かを見つけて木に登る。

 足や手を太い枝や凹凸に引っ掛けて、静かに高所へ移っていく。


「この感じ、懐かしいな」


 鳥の巣が枝葉に隠れていた。黒い斑点のある卵が身を寄せ合って眠っている。

 彼は慎重に手を伸ばすと、巣を片手で抱えて地面に戻った。


 そうして、またシヴァは林を歩く。土を踏み締めるその感触と音に、彼は心を傾ける。


「ああ、走りたくなるな……。鹿を追いかけたい」


 そのワーウルフは頭の中で槍を握った。記憶の中の鹿の背を追いかけながらそれを投げる。


「まぁ、鹿肉は持て余すか……」


 シヴァは目を開けて歩き始めた。

 清らかな空気を吸って、ゆっくりと吐く。


 彼は歩む方向を変えた。

 そして、またすぐに立ち止まる。


 今度は視線を地面に置いて、フッと笑う。


「良かった……俺はちゃんとワーウルフだ」


 木の根元には小さな穴が空いていた。


「余分な狩りはしないんだ……」


 小動物の動く気配が、彼の耳をそっと撫でる。


「このうさぎを獲ってから、戻ろう」


 林を出る、彼の歩速は少し遅い。


 ************


 中年の夫妻と行動を共にしてから、3日が経過していた。

 荷馬車は二つに連なり、間隔を狭めて道を進む。

 城郭都市や山は避けた。

 見晴らしの良い平原に引かれた馬車道を選んで、目指すは南西。


「いや〜、新鮮な肉や卵を食べれるのは幸せだな〜」


 馬車の荷台で中年の男は膨れた腹を撫でていた。

 すぐ前方の御者台では、彼の妻が縄を操っている。


「そうねぇ〜。シヴァさんのおかげね〜」


 その女の優しい言葉が、同じく荷台で腰を下ろすワーウルフに向いた。


「いやいや、奥さんの料理の腕があってこそですよ! 最高のシチューでした!」


 シヴァも腹を撫でて微笑みを返す。

 口の中にはまだ、煮込まれたうさぎ肉の余韻が残っていた。


「本当に最高だった……。年甲斐もなく夢中になってしまったよ!」


「あら? 食べ物には年中夢中でしょ?」


 そんな和やかな夫婦の会話に、シヴァは笑みをつくる。

 彼の心の中は至って冷静で、耳を立てては、仲間が乗るもう一つの馬車の動向に気を配る。

 そうしながらも、ワーウルフは2人に声をかけた。


「お二人と同行できて、楽しい旅になりました」


「そんなこちらこそ! 皆さんのおかげで安心して、村に帰れます!」


 男は「それに……」と話を続ける。


「シヴァさんと出会えて良かったです……」


 そして、大きく息を吐く。


「初めて、若い祖父の姿が目に浮かびました」


 シヴァはその言葉に目を丸くする。


「えっと……すごく毛深いとか?」


 彼は笑いを誘うように手を広げるが、男は微笑んで首を横に振る。

 そして、ワーウルフに向けた優しい瞳はどこか遠くに焦点を当てていた。


「祖父は幼い父を連れて、旅をしたんです……。ぶどう園をつくるために」


 男は何かを噛み締めながら言葉を続ける。


「少ない貯金を苗木に使って、貧しい旅路……。馬車の荷台で、夜を明かす毎日……」


「苗木か……」


 シヴァがそう言って大きく息を吐くと、やっと男の瞳が彼を捉えて、小さく揺れた。


「すみません! シヴァさんの事情も知らないのに、失礼ですよね?」


 ワーウルフはその言葉に小さく首を横に振る。


「その話を聞くと、私はお父さんの方かもしれません。親の見つけた場所を引き継いだ……」


 そして、シヴァは呟く。


「使命……」


「……使命!」


 男の心臓が大きく跳ねた。拳を強く握る音、鼻を啜る音がワーウルフの耳に届く。

 視線を向ければ、中年の男の目は潤んでいた。


「私にとっても同じなのに……浅慮でした。祖父への敬意も、父への敬意も欠けていた……」


 その瞳から涙雫が落ちる。


「販路の拡大しか考えず、楽観的に祖父の真似……。全てを失うところだった……」


「目が眩むほど、良いぶどう園なんですね」


 シヴァは宥めるようにそう言った。目を瞑って、その瞳の奥を隠している。


「はい! お見せできるのが楽しみです……」


 風に乗ってぶどうの香りが微かに香る。

 甘いというより青い香りが、まだ果実が無いことを教えてくれる。


 青空が赤く染まる前に、彼らは村に辿り着いた。

 目に映るぶどう園は想像以上に大きかった。



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