第27話 苗木
人間の世界にワーウルフの居場所を作る。
そう決めてから、俺は奴らを知ろうとしている。
本はまるで友人のようで
歴史や文化だけでなく感情までをも文字にして、人間というものを惜しげもなく語ってくれる。
だからこそ思い出す。
隠れ住んでいたワーウルフには不要な文字の学習を、父さんは厳しく強制させた。
怖かったし、嫌いだった。
そこに父親としての愛情を感じたことがなかったから。
でもその代わり
エルフ訛りが混じった文字学習
自分と向き合うための時間
戦士の儀
族長として生きた父さんは、人間世界に根を張るための苗木となるよう育ててくれた。それを埋める場所すらも用意してくれていた。
きっと、父シグァはそれになりたかったし、欲しかった。
だから、集落の若者に与えたんだ。
でも、俺はシヴァだ。父さんじゃない。
自分で考えて、自分で決断をして、生きていくのが望みだった。それができるだけの選択肢が欲しかった。
だからもう、迷う必要なんてない。
人間世界に自分という苗木を埋めて、最初の木として根を張らす。
俺がここで産む腐葉土は、あの森では作れない。
だから、隠れ住む同胞達よ。
それを使って強く育て。
新たな森となって、思うがままに広がっていけ。
俺は絶対に枯れたりしない。
ビビりもしないし、もう悟らせない。
人間の前で笑って見せよう。
牙を隠して、言葉を交わそう。
握手やハグをするために、爪も隠すさ。
1人ぼっちのワーウルフ。
取るに足らない下等な亜人。
甘い果実を実らせれば
きっと、俺を切り倒せない。
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「怖いですか? 俺が」
そんな言葉が、差し込む朝日から熱を奪った。
シヴァはしばらく硬直すると、咄嗟に口を手で覆う。
ピンと立った耳には中年男の心音が届いている。
それは悲鳴のように窮屈で、騒がしい。
「あ……いえ。まさか……」
にもかかわらず、男の目はワーウルフを避け続けていた。
都市の人間とは正反対のその態度に、シヴァはかえって冷静になる。
口元にあった手を膝に置いて、彼は穏やかな表情を作った。
「あんなことがあったんですから、不安にもなりますよね」
朗らかな声で、シヴァは更に言葉を続ける。
「でも、安心してください。貴方の荷馬車には誰も近づいていないですよ」
するとその瞬間、男の目がシヴァに向いた。
「一晩中、見張っていたんですか?」
見開かれた瞳にはワーウルフが映っている。男は手を胸に添えて、心臓を宥めている。
「あ、寝ていないわけじゃないですよ」
そう言ってシヴァはわざとらしく、自身の耳と鼻を順に指差した。
その後にまた笑顔を作る。
「違和感があれば起きれるんです」
「起きれるも何も……」
男は荷台に視線を移した。硬く冷たい木板で床を作り、壁と天井は白い皮布。前後は大きく空いていて風を隔てるものはない。
シヴァは自身が座る荷台を撫でる。
「ここよりも私にとっては宿屋の方が大変で……。信じられないことに」
それをやめて、男を見ると目を細めた。
「人間の家は、トイレの場所が近すぎるんです……」
シヴァは大袈裟に鼻を摘んで、笑った。
それに釣られて男の頬も少し緩む。
心音も段々と穏やかになっていく。
夜の冷気は、朝日によって掻き消された。
荷馬車を明るく照らしている。
「でも」
布一枚で影はできる。
「人間は好きですよ。賑やかで、楽しくて」
シヴァはまだ、ただ笑顔を貼り付けただけ。
フードに隠れた瞳の奥を、まだ偽れない。




