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亜人の行進—ソロの狼煙—  作者: しまうま
第3章 音色の違う行進曲
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第26話 傷跡

「つまり、格安の傭兵に護衛を頼んだら実は山賊だったと?」


 眉を吊り上げたネルの言葉にカルランは頷いた。


「と言ってもあの判断の鈍さだ。元はどっかの荒くれ者ってとこだろうな」


 それを聞いた彼女は少しだけ、シヴァと目を合わせた。


「取ってつけたような話だけど、シヴァが反応しないなら本当なんだろうね。それで? 略奪をあの2人が手伝ったのは?」


 ネルが視線を送る先では、中年の男女が呆然と座っていた。そのすぐ側では、ビリスが斧についた血や砂埃を拭っている。


 カルランもまた、それを眺めながら問いに答えた。


「殺されそうになったから、賊に略奪を提案したんだとよ」


 その返答にネルは、下を向いて大きく息を吐く。少し首を横に振ったかと思えば、カルランを見た。


「同情してあげたいけど、ちょっと無理そうかな。それより、この後はどうするの? 」


 そんな会話を聞いていたシヴァは石を投げるように口を開く。


「馬を返して、それで終わりじゃないのか?」


 その言葉にカルランは、息を抜くようにそっと笑う。


「個人的には大賛成。でも、指揮官的にはなぁ……」


 そして、彼は目を細めると笑って言う。


「シヴァちゃんさぁ、俺達は道で襲われたんだぜ?」


 ワーウルフの瞳が2つの荷馬車を捉える。


「あ、互いに最寄りの町に行くのか」


 すると、ネルが会話に入ってくる。


「そう。だから結局は、連れて行くか別れるかの話だよ。でも、判断するのはカルランだから」


 シヴァの視線がまた、2人の男女に向かう。心音はうるさく、体は小刻みに震えている。


「長が絶対の群れの掟……。いや、任務遂行が絶対の兵士の掟か」


 その言葉にカルランは笑う。そして、すぐに真剣な声色でエルフとワーウルフに話しかけた。


「あの2人は連れて行こうか。時間は無駄に食うけど、領民の心象は大事にしたい。亜人を含んだ小隊に悪評がつくと厄介だ」


 そうして、彼らが町にたどり着いたのは数時間後。日は既に落ちかけて、空気が落ち着き始めていた。

 静かな夜を過ごすために、彼らはローブを深く着込む。


 ***********


 朝日が山脈から顔を出し、夜を追い払うように閃光を鋭角に町まで伸ばす。

 外周の木柵の影が長い。

 まだ誰も、朝を出迎えるために窓を開けない。


 そんな早朝に、シヴァは本を読んでいた。

 荷馬車の車輪に背を預け、まだ冷たい空気を吸って朝日を浴びる。


 そのページを捲る手は穏やかだ。鋭い爪を当てることなく、指の腹で紙を撫でる。


 まるで本がその優しさに応えるように軽い音を耳に届けた。

 紙がしなり、擦れる感触。文字から得られる情報の処理にシヴァの脳が揺れ動く。


 しかしふと、彼の朗らかな表情が一瞬で固まった。

 近づいてくる人間の足音が聞こえたのだ。


 身に纏った灰色のローブ。それと同じ色のフードを深く被り、彼は立ち上がる。


「良いところだったのにな……」


 そう呟いたシヴァは荷台に足をかけた。

 朝日の届かないその中へ、頭から入り込む。


 そんな時に、頭に浮かんだのはカルランの言葉だった。


【あの空気にシヴァちゃんが怯えたからだ。その瞬間に、君は人間以下に落ちたんだ】


 それが彼の動きを制止した。


「あの男から、隠れる理由はなんだ……?」


 ワーウルフの嗅覚は、近づいてくる人間を判別していた。

 その人物は昨日助けた中年の男で、横に並んだもう一台の荷馬車の積荷と同じ匂いが染み込んでいる。


 シヴァは深く息を吐くと、真っ暗な荷台に背を向けた。


「ビビってどうする……」


 そう呟いて腰を下ろすと、シヴァはそれを主張するように本を開く。


 しかし、足音が近づくにつれて、読む速度が落ちていく。頭に文字が入らずに、同じ箇所を読み続けてしまう。


「お、おはようございます……」


 聞こえた言葉にシヴァは、安堵するように本から目を離していた。

 中年の男が顔だけを彼に向けて、通り過ぎていく。


 その丸まった背と強張った顔が、ゆっくりと離れていく。


「……。よく休めました?」


「え? いえ……その……おかげさまで……」


 中年の男は一向に目を合わせない。それどころかチラチラと、視線をすぐ側にある自身の荷馬車に移している。


 静かな朝に沈黙が流れた。

 深く被ったフードが、乾いた風に揺られている。


 中年の男は、ここから逃げるように荷馬車の方へと踏み出した。


 下を向くために丸まった背中は小さくて、2本の腕は自分自身を抱きしめるように組んでいる。


 それにある日のワーウルフが重なった。

 シヴァの口から言葉が溢れる。 


「怖いですか? 俺が」


 苛立ちではない。

 悲しみでもない。

 もちろん喜びなんてない。


 そんな言葉が自身の口から飛び出たことに彼自身も驚いていた。


 彼はこめかみを触っている。毛の奥に隠れた傷跡を、その爪でなぞっていた。

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