第23話 乾杯
「さぁさぁ! 遠慮なく食べて、飲んでくれよ!」
そう言って笑うカルランは木製のジョッキを一気に煽った。
窓から差し込む昼の暖かい陽光が照らすのは、4人席のテーブルで、それをシヴァとカルランは囲んでいる。
そのテーブルの上の木皿には良く焼けた羊肉のスライスが並び、マッシュポテトと蒸し野菜が茶色以外の彩りを作っている。また、ジョッキには泡だったエールが注がれていた。
しかし、シヴァはその料理に手を出さない。それどころか目もくれずカルランを睨んでいる。こめかみには赤く滲んだ布を当てていた。
「本気で、子供の腕を切ろうとしたな?」
「もちろん。でも、シヴァちゃんのおかげで切らないで済んだよ」
そう言って、カルランは軽くなったジョッキをテーブルに置く。
その乾いた木の音にシヴァの瞼がピクリと動いた。
「なら、少しくらい躊躇したらどうだ?」
シヴァが放った冷たい言葉に、彼はニヤリと笑みを浮かべる。
かと思えば、手に持ったフォークを皿の上の羊肉に突き刺すと、手のひらを返してシヴァに向けた。
肉汁とソースがポトリポトリと滴り落ちる。
「シヴァちゃん。それは君の価値観って奴じゃないか?」
そして、彼はその肉を自身の口に放り込む。
咀嚼し、ジョッキに残った少量のエールでそれを流し込むと、追いかけるように言葉を続ける。
「そもそも、あの子が何をしたか。シヴァちゃんは分かってるかい?」
小さな沈黙の後にシヴァは答えた。
「アイミーとテイラー家の名誉を傷つけたんだろ。そう言ってたじゃないか」
「ああ、言ったよ。でも、現地人とシヴァちゃんの言葉の感じ方は同じかな?」
シヴァは顎を少し下げた。二つの鼓動が大きく聞こえる。
少しして、カルランはフォークを皿の上に置いて、言葉を続けた。
「俺達にも歴史はあるんだ。それを知ってから、踏み込んできなよ。それにそもそも、シヴァちゃんに知って欲しかったのは、あの空気だけだったんだよね」
彼は笑みを解いて、まっすぐに瞳を向ける。
「子供が石を投げたのは、大人があの空気を作ったからじゃないよ」
そう言って、彼はフォークを少し指で弾く。
「あの空気にシヴァちゃんが怯えたからだ。その瞬間に、君は人間以下に落ちたんだ」
その言葉にシヴァの目が見開かれた。拳を強く握りしめて、腿の上で震わせる。
「でも——」
カルランがそう言いかけた時、テーブルに2人の兵士が近づいてきた。30代ほどの男女がジョッキを片手にシヴァに声をかけたのだ。
「なあ、乾杯させてくれないか?」
2人の目は澱んでいたが穏やかで、まっすぐな瞳を向けてくる。
シヴァは小さく瞬きをすると、視線だけをカルランに向けた。
「ジョッキを持ち上げてみ」
その言葉の通りにすると、2人の兵士が手に持つジョッキをコツンとぶつける。
「歓迎するわ。勇敢なワーウルフさん」
そう言い残して、2人は離れていった。
シヴァは呆然とその2つの背中を目で追っていると、カルランの小さな笑い声が耳に届く。
「でも、そのあとは良かったよ。本当に良かった……」
彼は空のジョッキを持つと、シヴァが置いた満杯のそれにコツンとぶつける。
「兵士ってのは飼い犬さ。でも、俺達は信念を持って主人に仕えてる。だから、体だって張るし死地にも行くんだ。シヴァちゃんにも強い信念を感じたよ」
その言葉を聞いてやっと、シヴァはジョッキを持ち上げ口をつける。そして、フォークで肉を突き刺し、口へ運ぶ。
それに機嫌を良くしたカルランは更に笑う
「ネルはまだ、お姫様を連れてこないのか〜? 任務前の決起集会なのによ〜」
彼は店員を呼び、エールのおかわりを注文する。
その間に、シヴァはまた一切れの肉をフォークで突き刺した。それを口に運ぶ前に淡々とした言葉を放つ。
「それはそうと、俺は指揮官と共にいながら、大事な任務前に負傷したわけだ」
カルランの心臓が小さく跳ねた。
その音を聞きながら、シヴァはニヤリと笑って言葉を続ける。
「厄介事を押し付けて別行動させた上に、負傷者の治療かー」
荒れた足音が彼の耳には聞こえていた。
そして今、その音の主がドアを強く開け放つ。
「カルラン!!!」
ネルの叫び声が酒場に響く。
かと思えば、すぐにその気配が近づいてくる。
拳を強く握り締める音がした。
衣服の擦れる音がした。
そうして、一つの打撃音が響く。
それでも尚、穏やかなエルフの鼓動にシヴァの口角が上がった。
そんな時、ふと彼の頭にアイミーの言葉が浮かぶ。
「2ヶ月以内に、鳥人を見つけて欲しい。それができるだけのメンバーを選んだつもりだ」
その記憶を頭から腹へ流し込むように、シヴァはジョッキを煽った。
初めての任務が始まる。




