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亜人の行進—ソロの狼煙—  作者: しまうま
第3章 音色の違う行進曲
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第23話 乾杯

「さぁさぁ! 遠慮なく食べて、飲んでくれよ!」


 そう言って笑うカルランは木製のジョッキを一気に煽った。


 窓から差し込む昼の暖かい陽光が照らすのは、4人席のテーブルで、それをシヴァとカルランは囲んでいる。

 そのテーブルの上の木皿には良く焼けた羊肉のスライスが並び、マッシュポテトと蒸し野菜が茶色以外の彩りを作っている。また、ジョッキには泡だったエールが注がれていた。


 しかし、シヴァはその料理に手を出さない。それどころか目もくれずカルランを睨んでいる。こめかみには赤く滲んだ布を当てていた。


「本気で、子供の腕を切ろうとしたな?」


「もちろん。でも、シヴァちゃんのおかげで切らないで済んだよ」


 そう言って、カルランは軽くなったジョッキをテーブルに置く。

 その乾いた木の音にシヴァの瞼がピクリと動いた。


「なら、少しくらい躊躇したらどうだ?」


 シヴァが放った冷たい言葉に、彼はニヤリと笑みを浮かべる。

 かと思えば、手に持ったフォークを皿の上の羊肉に突き刺すと、手のひらを返してシヴァに向けた。


 肉汁とソースがポトリポトリと滴り落ちる。


「シヴァちゃん。それは君の価値観って奴じゃないか?」


 そして、彼はその肉を自身の口に放り込む。

 咀嚼し、ジョッキに残った少量のエールでそれを流し込むと、追いかけるように言葉を続ける。


「そもそも、あの子が何をしたか。シヴァちゃんは分かってるかい?」


 小さな沈黙の後にシヴァは答えた。


「アイミーとテイラー家の名誉を傷つけたんだろ。そう言ってたじゃないか」


「ああ、言ったよ。でも、現地人とシヴァちゃんの言葉の感じ方は同じかな?」


 シヴァは顎を少し下げた。二つの鼓動が大きく聞こえる。


 少しして、カルランはフォークを皿の上に置いて、言葉を続けた。


「俺達にも歴史はあるんだ。それを知ってから、踏み込んできなよ。それにそもそも、シヴァちゃんに知って欲しかったのは、あの空気だけだったんだよね」


 彼は笑みを解いて、まっすぐに瞳を向ける。


「子供が石を投げたのは、大人があの空気を作ったからじゃないよ」


 そう言って、彼はフォークを少し指で弾く。


「あの空気にシヴァちゃんが怯えたからだ。その瞬間に、君は人間以下に落ちたんだ」


 その言葉にシヴァの目が見開かれた。拳を強く握りしめて、腿の上で震わせる。


「でも——」


 カルランがそう言いかけた時、テーブルに2人の兵士が近づいてきた。30代ほどの男女がジョッキを片手にシヴァに声をかけたのだ。


「なあ、乾杯させてくれないか?」


 2人の目は澱んでいたが穏やかで、まっすぐな瞳を向けてくる。

 シヴァは小さく瞬きをすると、視線だけをカルランに向けた。


「ジョッキを持ち上げてみ」


 その言葉の通りにすると、2人の兵士が手に持つジョッキをコツンとぶつける。


「歓迎するわ。勇敢なワーウルフさん」


 そう言い残して、2人は離れていった。

 シヴァは呆然とその2つの背中を目で追っていると、カルランの小さな笑い声が耳に届く。


「でも、そのあとは良かったよ。本当に良かった……」


 彼は空のジョッキを持つと、シヴァが置いた満杯のそれにコツンとぶつける。


「兵士ってのは飼い犬さ。でも、俺達は信念を持って主人に仕えてる。だから、体だって張るし死地にも行くんだ。シヴァちゃんにも強い信念を感じたよ」


 その言葉を聞いてやっと、シヴァはジョッキを持ち上げ口をつける。そして、フォークで肉を突き刺し、口へ運ぶ。

 それに機嫌を良くしたカルランは更に笑う


「ネルはまだ、お姫様を連れてこないのか〜? 任務前の決起集会なのによ〜」


 彼は店員を呼び、エールのおかわりを注文する。

 その間に、シヴァはまた一切れの肉をフォークで突き刺した。それを口に運ぶ前に淡々とした言葉を放つ。


「それはそうと、俺は指揮官と共にいながら、大事な任務前に負傷したわけだ」


 カルランの心臓が小さく跳ねた。

 その音を聞きながら、シヴァはニヤリと笑って言葉を続ける。


「厄介事を押し付けて別行動させた上に、負傷者の治療かー」


 荒れた足音が彼の耳には聞こえていた。

 そして今、その音の主がドアを強く開け放つ。


「カルラン!!!」


 ネルの叫び声が酒場に響く。

 かと思えば、すぐにその気配が近づいてくる。


 拳を強く握り締める音がした。

 衣服の擦れる音がした。


 そうして、一つの打撃音が響く。


 それでも尚、穏やかなエルフの鼓動にシヴァの口角が上がった。


 そんな時、ふと彼の頭にアイミーの言葉が浮かぶ。


「2ヶ月以内に、鳥人(アヴィアン)を見つけて欲しい。それができるだけのメンバーを選んだつもりだ」


 その記憶を頭から腹へ流し込むように、シヴァはジョッキを煽った。


 初めての任務が始まる。

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