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亜人の行進—ソロの狼煙—  作者: しまうま
第3章 音色の違う行進曲
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第22話 センレイ

 こめかみから流れる血が石畳の上に落ちる。


「ママ!見て当たったよ!」


 そんな幼い声が、シヴァの視線を吸い寄せた。


 ワーウルフを囲う群衆の最前列で、4歳ほどの男児が無邪気な笑顔を、母親に向けていた。


「この子ったら、ダメでしょ〜」


 そう言いながら彼女は膝をつき、我が子と目線を合わせると、大袈裟にその頬を膨らませて見せる。

 そんな光景に群衆は、子供の幼稚さを笑って騒がしくなる。


 いつのまにか、取り囲む人間の視線は湿気ったものに変わっていた。刺すのではなく、舐めるようにシヴァを覆う。


 しかし、彼は微動だにしない。なぜなら、その不快さよりも別のものに意識が向いていたからだ。


 ふと、その頭の中に他愛もない過去が浮かぶ。


 幼い頃、家のすぐそばで地面を掘っていた。


 何となく、深い穴を掘りたかったからだ。


 すると、すぐに何匹もの虫を掘り当てる。


 キモかった。

 自分よりも弱かった。

 だから、悪戯にそれを殺した。



 シヴァはゆっくりと、瞬きをする。

 あの時の自分と、この光景を脳に焼き付ける。

 そうして、下を向くと息を吸い、重い一歩を前に出した。

 しかし、視界に標が消えていた。兵士の踵が前にない。


「やるな坊主〜」


 そんな声にシヴァが顔を上げると、カルランがその母子に近付いていた。

 にこやかに笑っているのか、背後からでもシヴァには彼の釣り上がった頬が見える。


「ほんと、綺麗に当てたもんだな〜」


 男児だけはその言葉に微笑んでいた。

 しかし、それに対して後ろで膝をつく母親の顔は青ざめている。


 いつのまにか、大通りの喧騒が止まっている。

 群衆の作る空気が一瞬で冷え切っている。


 カルランの右手が腰に携えた剣を掴んでいた。

 そして、すぐに鋭い刃が鞘から抜かれる。


「俺の目の前で犯罪なんて、舐めてんの? 切り落とすから利き腕を前に出せ」


 一瞬の沈黙が流れた。

 かと思えば母親は、我が子を力強く抱き寄せて、その身を丸める。


「この子はそんな……! どうか、どうか! お許しください……!」


「だから、利き腕一本で許してやるって言ってんだろ?」


 そう言い放つ彼の背中に、届くことのない手をシヴァは伸ばすと、残りの数mを言葉で埋める。


「お、おい……何言ってんだよ、急に」


 しかし、カルランは振り返らない。その代わりに淡々とした声で短い問いを返してくる。


「なあ。何のために、シヴァちゃんはここにいる?」


「そんなの、任務に決まってるだろ……!?」


「じゃあもう一つ聞くが、シヴァちゃんは奴隷か? 飼い犬か?」


「……! どっちも違うに決まってるだろ! 」


 すると、カルランは剣先を男児に向ける。そして、この大通りを掌握するように高らかに叫んだ。


「この者は! アイミー様の協力者に危害を加えた! テイラー家領の領民でありながら! ご令嬢の名誉を傷つけんと、石を投げた!! 」


 その声に男児が泣き叫びはじめる。そんな我が子を強く抱きしめた母親も泣きながらに訴えた。


「知らなかったんです……! 本当に、この子はわからなかったんです……!」


 そんな弁明をカルランは鼻で笑った。


「何言ってんだよ。石をぶつけるのは、立派な犯罪だろうが」


 その言葉に彼女は絶句していた。青ざめた顔をオロオロと横に小さく振っていた。

 そして、カルランはその周りに立っていた群衆を眺める。


「お前ら、止血の準備はしてやらないのか? 即座にできなきゃ、この子は死ぬぜ」


 すると大衆は、風に揺れる枝葉のように騒ぎはじめた。しかし右往左往するだけで、誰もその場を動けない。


 それにため息を吐いたカルランは、母親から男児を引き剥がすために、左手を伸ばす。


 屈強な男の無骨な手のひらが、細い首に触れる。


 その瞬間


 時間すらも止めるようにシヴァが叫んだ。


「こっちを見ろ!! カルラン!!」


 その声によって、彼は振り返る。橙色の濁った瞳にワーウルフが映る。


「誰も石なんか投げてねぇよ!」


 そう叫んだシヴァはこめかみの傷に爪を立てた。

 そして、歯を食い縛り牙を見せる。


「はぁ? 何言って——」


 彼は鋭く長い爪を自身のこめかみに突き刺さした。

 そして、その表面の肉を軽く抉る。


「どこにその傷があるんだよ? なぁ?」


 真っ赤な血が滴り落ちる。

 だが誰も、その足元など見ていない。


 堂々と佇むワーウルフに、群衆は息を呑んだ。


 しかし、カルランだけが笑っていた。


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