フィアンセとの邂逅
滝田茜の事件簿
8.
エレベーターのドアが開くと、茜は豹のようなしなやかな動きで、通路を進んでいった。
夜の静けさが、通路を支配している。人っ子ひとりいない。レジデンスは、分譲形マンションであり、ヒルズ族は、この棟に住んでいるが、どこかで豪遊してるのかも知れない。
高級感漂う集合住宅には、多くの芸能人、IT企業のオーナーなどが、住んでいる。都心の中の都心にある六本木ヒルズは、静かに眠っているようである。
女が付けてる独特の香水が、ほのかに香っている……シャネル・ナンバーファイブだ。
その香りで、茜は難なく、それらしい部屋を見付けた。通路の奥にある一室が、その部屋だと当りをつけた。
すると、いきなりドアが空いて、思わず口もとに両手を当てた茜。
目の前に、健太が、眼を丸くしてうっそりと立っていた。
「健太……なんで」ここにいるの?と言おうしたが、健太のグローブのような手で顔をつかまれてしまう。
ドアを閉めながら、無言で通路の先を指差す健太。さっさと歩いていく。
素早い身のこなしは、やはりボクサーねえと、妙に感心しながら、茜はあわてて健太に付いていった。
その部屋は黒と白でまとめられ高級感を感じさせた。健太が住んでるらしい。
あの女優がいると覚しき部屋からは、かなり近い。
健太は、アイランドキッチンを回り込み、巨大な冷蔵庫から、ワインのボトルとグラスを二つ持ってきて、彼女の前に置くと、ワインを注いでいく。表情は厳しい。
「よくここが判ったね?」ワインを彼女に勧めると、言った。
「 いきなりあんな電話あったら誰でも心配するでしょう!」堰を切ったように、茜がまくし立てる。
「 急な仕事が入ってね……。」
それから二人は、延々と話したのである。健太は、口が重く。いっかな話そうとしなかったのである。本題について話そうとすると、話を逸らしてしまうのである。素人探偵の茜にも、彼には抜き差しならない事情があると、理解できた。
詳しい事情については、今は話せない。
それほど、時間はかからないと思うと、言った。
ヤバいこと?と訊くと、彼は、ウッと詰まり、貝のように押し黙ってしまう。
ワインの味は、まあまあだったけど……。ーーーラベルを見たら、時価で数万するビンテージ物だと、分かったかも知れない。
彼女は、これ以上心配させないで、と言って、健太の頬に口づけすると、それじゃと、その部屋を後にしたのであった。
健太は、何か言いたそうにしていたが、そっとドアを閉めたのである。
(つづく)




