第9章 反撃と、静かな優しさ
◆ SolidWorks業務ルール会議 ― 加藤の反撃
その日、飯野課長が突然言った。
「加藤くん、今日の会議に出席してくれ」
この会社には、
派遣社員を会議に呼ばないという古い風習がある。
だから加藤は、一瞬だけ胸が熱くなった。
(ここ数ヶ月の働きが評価されたのか……
作成した図面の枚数も多かったし、
ついに認められたのかな)
期待を抱いたまま会議室へ向かった。
しかし―― 扉を開けた瞬間、その期待は崩れ落ちた。
会議室には、CADと無縁の人間ばかりが並んでいた。
その中で、鷲世さちよが課長の横に座り、
妙に怪しげな笑みを浮かべていた。
(……なるほど。鷲世は内村から寄生先を課長に変えたのか)
加藤は、鷲世の“悪意の意図”を一瞬で読み取った。
◆ 会議の本当の目的
会議が始まると、飯野課長がぎこちない表情で口を開いた。
「加藤くん……その……SolidWorks に
座金やボルト、 スプリングワッシャーを入れているそうだね。
あれは……その……すぐにやめてくれないか」
言いながら、課長はチラッと鷲世を見る。
まるで“言わされている”かのようだった。
続けて、鷲世がわざとらしく手を挙げた。
「それと……加藤さんが作った
SolidWorks の図枠フォーマットなんですけど……
あれ、ちょっと“問題がある”って聞いてます」
課長が慌てて補足する。
「そ、そうそう。なんか……不完全らしいじゃないか」
加藤は眉をひそめた。
(不完全? そんな話、初耳だ)
鷲世は、待ってましたと言わんばかりに続けた。
「下請けさんから“データが重い”“扱いづらい”って
声が出てるみたいで。
だから私、しばらく I DEAX のままで
作業しようかなって思ってるんです」
さらに本音が漏れる。
「だって、いままで通りのやり方で十分じゃないですか」
(……これだ! これが目的だな!!)
紙図面を見ながら、
ボルトやナットを目視で数えて員数確認する
“原始的な作業”に戻りたいだけ。
加藤は静かに理解した。
◆ 加藤、反撃開始 ― ヒューマンエラーを突きつける
加藤はゆっくりと顔を上げ、鷲世を真正面から見た。
「鷲世さん」
会議室が静まる。
「紙図面を見ながらボルト類を目視で数える作業方法は、
“ヒューマンエラーが必ず発生する”原始的なやり方です。」
鷲世の表情が固まる。
加藤は淡々と続けた。
「見落とし、二重カウント、
書き間違い、読み間違い……
こうした 人間の限界によるミス は避けられません」
「目視で改正? それは“修正したつもりになるだけ”で、
誰がどこを直したのか曖昧になり、
ミスがミスを呼ぶ 最悪の作業フロー です」
会議室の空気が変わる。
◆ SolidWorksの優位性を突きつける
「SolidWorksなら、部品点数は自動で集計されます。
ヒューマンエラーはゼロにできます。
どちらが正確で、どちらが効率的か……
説明する必要はありませんよね」
鷲世は口を開きかけたが、言葉が出てこない。
◆ 逃げ道を完全に塞ぐ
加藤は資料を机に置いた。
「フォーマットの件ですが、
下請け三社とデータ交換テストを済ませています。
全社“問題なし”、むしろ“見やすい”と評価をいただいています。」
会議室が静まり返る。
「つまり――」
加藤は鷲世を見据えた。
「問題があるのはフォーマットではなく、
ヒューマンエラーを前提にした あなた達の作業方法 です。」
そして、静かに追撃した。
「課長は一度でもSolidWorksの画面を見ましたか?」
会議室が一瞬で凍りつく。
鷲世がビクッと肩を震わせ、
周囲の社員たちが互いに顔を見合わせる。
◆ 課長、狼狽する
「えっ……あ、いや、その……」
課長は急に汗をかき始め、視線を泳がせた。
「わ、私はその……忙しくてだな……
ほら、管理職だから……画面を見る必要は……その……」
言い訳が支離滅裂だ。
加藤は淡々と追撃する。
「では、SolidWorksの操作性やフォーマットの“問題点”を
どうやって判断されたんですか?」
課長の顔が真っ赤になる。
「そ、それは……その…… 鷲世さんから……聞いて……」
会議室に失笑が漏れた。
◆ 加藤、逃げ道を完全に塞ぐ(第二撃)
「つまり、SolidWorksを一度も見たことがない課長が、
SolidWorksのフォーマットに“問題がある”と判断したわけですね。」
課長は口をパクパクさせるだけで、言葉が出てこない。
「しかも、その判断は……
SolidWorksを触ったことがない鷲世さんの“伝聞”だけ。
それで私の業務を止めようとした、と」
課長は完全に固まった。 鷲世は完全に黙り込んだ。
会議室の空気は、決定的に変わった。
鷲世の策略は、
“ヒューマンエラーの危険性”と “SolidWorksの正確性”
という事実の前に完全に崩れ落ちた。
◆ 母の下着売り場 ― 静かな優しさ
加藤は上下とも黒い服を着て店に入った。
まるで葬式帰りのような格好だ。
客層に似つかわしくない。
というより——完全に場違いだった。
若い女性向けの下着店。 加藤は、店を間違えた。
(……母の入院準備で来ただけなんだが)
他の女性客が、 「なんで黒ずくめの男がここに?」
という視線をそっと投げてくる。
加藤は気にしない。
いや、気にしないようにしていた。
店員さんが気づき、優しい笑顔で声をかけてきた。
「お客様……もしかして、隣のお店のほうかもしれません」
加藤は一瞬で悟った。
(完全に店を間違えたな)
店員さんは、 まるで迷子の子どもを案内するかのように、
隣の売り場まで丁寧に連れて行ってくれた。
そして、隣の店員さんへ バトンタッチ。
「こちらのお客様、サイズをお探しです」
加藤は持参した母の下着を取り出した。
店員さんは顔色ひとつ変えず、
プロの手つきでサイズを確認し、
必要なものを次々と選んでいく。
(……すごいな。
黒ずくめの男が母の下着を持ってきても、
全く動じないのか)
二人の店員の対応力の高さに、
加藤は心から感謝した。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げた、 店員たちは優しく微笑んだ。




