↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/13

第8章 崩れゆく職場と、去りゆく人財を編集

◆ 席替え ― 敗北の余韻

翌朝。 加藤が出勤すると、

CADエリアの空気がわずかに変わっていた。

昨日まで隣にいた飯村の席が空いている。

視線を巡らせると、


飯村は 内村が使っていたCAD端末 に座っていた。

こちらを見ないように、モニターの影に身を隠すような姿勢だ。

「端末の調子が悪くてさ。こっちの方が動くんだよ」

飯村はそう言ったが、声はどこか硬い。


加藤はその理由を理解していた。

(……昨日のあれが、まだ尾を引いてるか)

先日の小競り合いで飯村は完敗した。

だが加藤は、勝ったからといって相手を侮るような人間ではない。


飯村が“静かに距離を置くタイプ”であることも、

プライドの扱いが難しい男であることも、

よく分かっている。

(逃げた、というより……自分を守ったんだろうな)

加藤はそう判断した。


軽蔑ではなく、冷静な観察として。

飯村の席替えは敗北の証ではなく、

彼なりの心の整理の仕方 に見えた。


加藤は何も言わず、自分の席に腰を下ろした。

勝ち負けに執着する気はない。

ただ、職場の空気の流れを静かに受け止めるだけだった。


◆ 新機種 OCX HR620 ― 制御盤設計の開始

加藤は新機種 OCX HR620 の制御盤設計に取りかかった。


まず旧機種の図面を確認しようと、

制御設計者の長澤に声をかけた。

「旧図面、見せてもらえませんか」

期待はしていなかった。 ゼロから作るより、

ヒントが一つでもあれば作業効率が上がる その程度の気持ちだった。


旧図面は参考にならなかったが、

長澤はすぐに必要な情報を整理し、加藤に渡してくれた。

•共通部品が使えること

•図面がある部品のリスト

•図面がない部品は実物を持ってきて見せてくれる

•板金形状のフィードバックも丁寧


長澤は派遣社員だが、

現場と事務の両方を理解する “本物のプロ” だった。

加藤は電子部品のモデリングを進め、

制御盤で使用する板金は短期間で完成した。


◆ 長澤は“加藤の成果”を正しく評価し、上司に報告した

完成した制御盤は、

旧機種の 半分の大きさ に収まっていた。

これは明らかに大きな改善であり、

設計としては誇るべき成果だった。


長澤は、それを隠すどころか、

正しく上司に報告した。

「加藤さんの設計で、制御盤が半分のサイズになりました」

長澤は、加藤の実力を正当に評価し、

その成果を正しく伝えようとしたのだ。


◆ しかし――上司が“握りつぶした”

だが、その上司は報告を聞いた瞬間、表情を曇らせた。

「……そうか。分かった」

それだけ言って、

成果を社内に共有することを止めた。


理由は明白だった。

•旧機種の設計が無駄に大きかったことが露呈する

•正社員の設計能力が疑われる

•派遣の加藤が“改善の主役”になる

•正社員のスキルと管理能力が問われる


上司にとっては、 会社の改善より、自分の保身が優先 だった。

長澤はその空気を察し、それ以上は何も言わなかった。


◆ 部品管理システム導入時の“正社員の教育”

部品管理システム導入時、

内村が言っていたことを加藤は思い出した。


正社員はミーティングルームを貸し切って、

講師から教育を受けたらしい。

だが――結局、誰一人も覚えていない。SolidWorks講習会と同じだ

だから、

•部品管理システムを使いこなしているのは派遣社員

•制御盤の構成を理解しているのも派遣社員

•現場で動いているのも派遣社員

•出来の悪い正社員を支えているのも派遣社員


   加藤は静かにそう思った。


◆ 長澤の沈黙 ― そして告白

制御盤が完成した日の夕方。

長澤は、図面の束を机に置いたまま、しばらく黙っていた。

「……加藤さん、少し話せますか」


二人は人気のない自販機前に移動した。

長澤は、静かに切り出した。

「制御盤、上司に報告しました。  

旧機種の半分の大きさで収まったって。  

加藤さんのCADの腕がなかったら、絶対にできませんでした」


加藤は胸が熱くなった。

自分の努力を正しく見てくれる人がいる

それだけで救われる気がした。


だが、長澤の表情は晴れない。

「……でも、握りつぶされました」

「どうしてですか」

「派遣が成果を出すと、正社員の立場がなくなるんです。  

“余計なことをするな”って言われました」


長澤は苦笑した。

「僕ら派遣は、どれだけ頑張っても“そこまで”なんですよ。  

会社の仕組みが変わらない限り、踏み台のままです」

その言葉は、加藤の胸に重く沈んだ。


◆ 長澤の本音 ― そして退職

「加藤さんのCADは、本当にすごいです。  

あなたとなら、もっと良いものが作れると思ってます」

長澤は真正面からそう言った。

「でも……僕はもう限界です。  

この会社では、努力しても報われない。  だから——」


長澤は一度だけ深く息を吸い、静かに告げた。

「次の職場、決まりましたので今月で辞めます」

加藤は言葉を失った。


(長澤さん……一緒に戦ってほしかった)

この会社の闇を理解している人間が、自分以外にもいる。

それがどれほど心強かったか。だが、現実は残酷だった。


◆ 長澤、退職を決断する

「僕は、ちゃんと評価される場所で働きたいんです。  

派遣でも、実力を見てくれる会社がある。  

だから、そっちに行きます」


長澤は最後に、静かに言った。

「加藤さんなら、大丈夫です。  あなたは本物ですから」


そう言い残して、去っていった。

加藤は、しばらく動けなかった。

(……また一人、優秀な人が消えていく)


正社員は 人罪。 派遣社員は 人財。

会社の闇は、こうして静かに、人罪を育て、人財を奪っていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。