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第27章 静かな日常に潜む“質の差” —— 正社員の影と、放置された図面

面談の翌日 —— 「言いたいことは明日言え」

派遣元との緊迫した面談が終わった夜。


加藤は独り言のように呟いた。

「……言いたいことは、明日言え」

怒りでも慰めでもない。

ただ、 “時間を置け”という意味だった。


翌朝には、少し落ち着きを取り戻していた。

熱交換課のデスクに座り、

いつものように図面を書き始める。

(……仕事をしている時だけは、

余計なことを考えずに済む)

静かな時間だった。


◆ 長谷川とのやり取り —— “正社員の質”がまた露呈する

そのとき、正社員の長谷川が図面を持ってきた。

長谷川は、この部署で No.1 と言われる人物だ。

明るく、性格も良く、相談者が絶えない。

周囲からの信頼も厚い。


そんな彼が、図面の修正を依頼してきた。

「加藤さん、この部分、直してもらえますか?」


加藤は図面を確認し、静かに説明した。

「球体の部品にフラットバーを溶接するには、  

少しグラインダーで球体を削らないと上手く溶接できません。  

そのため、3ミリほど長くしてあります」


長谷川は図面を見直し、

自分の間違いだと気づいた瞬間、こう言った。

「……そのくらいなら、直さなくても良いです」


加藤は目を細めた。

「最初は“直してくれ”でしたよね。  

自分の間違いだと分かったら直さないとは……」

そして、静かに呟いた。

「この会社、そんな正社員が多いね」


長谷川が席へ戻ったあとも、加藤はしばらく考えていた。

(長谷川さんは、言われたことを

 “言われた通りには”やらないんだよな……)


数学なら、それでも構わない。

答えさえ合っていれば、解き方は一つではない。

違う方法で同じ答えにたどり着くこともある。


だが、技術を身につける段階では話が違う。

まずは教わった通りにやってみる。


その意味を理解する。 その上で、

自分なりの工夫や改良を加える。 順番が大切なのだ。

加藤は昔見たテレビ番組を思い出した。


『ガチンコファイトクラブ』。

若者たちはエネルギーに満ちていたが、

言われた通りに動かない。

自己流を入れる。

勝手に解釈する。

基礎を飛ばそうとする。


その結果、教える時間ばかりが奪われ、

多くの参加者がプロテストに合格できずに終わった。

十代や二十代なら、失敗しながら学ぶ年齢だ。


だが長谷川は違う。四十代前半。

長い社会人経験を積んできたはずの人だ。

加藤は静かに思った。

(長谷川さんは“言われた通りにやる”という、

たったそれだけのことを、

勝ち負けのように捉えてしまうんだろうな)


(小さな勝ちにこだわって、

  最後に大きな負けを抱えることになる……そんな未来が見えてしまう)


しばらく考えたあと、加藤は小さく首を振った。

(……まあ、期待はしていないけどな)

そう呟くと、再び図面へ視線を落とした。



◆ 武藤からの依頼 —— 2年放置された図面

その日の午後。

武藤が申し訳なさそうな顔で近づいてきた。

「加藤さん……外形寸法図、

40機種くらい……お願いできますか」


加藤は眉を上げた。

「前に書きませんでしたか?  

棚に置きっぱなしで、出図してませんよね」


武藤は気まずそうに視線をそらした。

「……すみません。あの図面、2年近く放置状態で……」

加藤は静かに言った。

「やれと言われればやりますけど、  

今度は工数になりますよね」

武藤は頭を下げた。

「……お願いします」


◆ 加藤の胸に広がる感覚

図面を開きながら、加藤は静かに思った。

(正社員の質の差。  放置される図面。  

責任を取らない人たち。 そして、俺にだけ回ってくる仕事)

(……この会社は、まだ何も変わっていない)


しかし加藤は、 怒りでも諦めでもなく、

ただ淡々と図面を描き始めた。

それが、彼の“戦い方”だった。

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