第25章 静かに届く声 —— 加藤が楠田さんへ送った正式な社内メール
◆ 熱交換課での一年半 —— 冷却技術開発部署は何も変わらない
加藤が熱交換課で図面を書き続けて、
もう一年と半年以上が経っていた。
しかし、
冷却技術開発部署の現実は何も変わらなかった。
•金田は異動
•田辺は降格
•人事部長は定年退職
•事情を何も知らない島村が新部長として配属
その結果、 入先・吉口・藤沢は
以前よりものびのびとサボっているように見えた。
階は違うが同じ建物だ。 エレベーター、1Fカフェ、
実験室へ向かう途中で彼らとすれ違うことがある。
しかし—— 仕事をしているようには見えなかった。
加藤は、冷却技術開発部署が「元の姿」に戻っていくのを、
ただ静かに見つめていた。
◆ 偶然のテレビCM —— 一筋の光
そんなある日。 加藤は帰宅後、
何気なくテレビをつけていた。
画面には、自社のテレビCM。
そして—— 堂々とした語り口で企業理念を語る
巨大企業P社 最高顧問・楠田さんの姿。
社員を信じる。 現場を尊重する。 技術者の力を大切にする。
その言葉は、
冷却技術開発部署の現実とはあまりにもかけ離れていた。
だが加藤は、胸の奥でわずかな希望を感じた。
(……この人なら、何とかしてくれるのでは)
その直感は、
これまでの人生で何度も加藤を救ってきた
“勘”と同じ種類のものだった。
翌朝、加藤はパソコンを開き、
静かにメールの文面を考え始めた。
◆ 加藤は“正式な社メール”で相談を送った
加藤は、匿名ではなく、
自分の名前と配属部署を明記し、
正式な社内メールで相談文を送った。
これは、会社のサーバーに記録される。
誰も消すことはできない。 誰も「知らなかった」と言えない。
加藤は冒頭で、きちんと自己紹介をした。
「熱交換課の加藤元です。
突然のご連絡、失礼いたします。」
そのうえで、冷却技術開発部署で起きた事実を淡々と記した。
◆ 楠田さん宛メール
件名:冷却技術開発部署の現状についてのご報告
楠田様 熱交換課の加藤元と申します。
突然のご連絡、大変失礼いたします。
以前、社内のハラスメント相談窓口へ相談いたしましたが、
解決に至らなかったため、
恐れながら社内メールにてご報告させていただきます。
私が以前配属されていた冷却技術開発部署について、
現状をお伝えしたく思います。
冷却技術開発部署では、
仕事をしない正社員が長年放置されている状況があります。
私が配属される2年前にSolidWorksが導入されていましたが、
扱える方が誰もおらず、活用されていませんでした。
私はセットアップから担当し、
そこから3D CADを用いた設計が本格的に始まりました。
正社員の方々にはCAD教育が行われ、
会社としても時間と費用を投じておられましたが、
実務において訂正をお願いしても直らず、
スキル向上への意欲も見られませんでした。
以前は一機種につき五名で一年かけて
立ち上げていたと聞いておりますが、
私は一人で担当し、8年近くで7機種を立ち上げました。
部署が盛り上がってきたと感じていた矢先、
契約解除となり、非常に残念に思っております。
また、成果が正当に評価されず、
失敗は派遣の責任、
成功は正社員の手柄という構造に
強い疑問を感じております。
これは当社に限った問題ではないかもしれませんが、
学歴だけで人材を判断することには限界があると考えます。
“仕事に向き合い、責任を持てる人”こそ、
正社員として活躍できるのではないでしょうか。
僭越ながら、現場で働く一人として、
改善の一助となれば幸いです。
加藤元
◆ 静かに送信ボタンを押す
加藤は深く息を吸い、
ゆっくりと送信ボタンを押した。
その瞬間、
冷却技術開発部署での“歪んだ評価”は、
会社の最上層へと静かに届いた。
誰も消せない。 誰も誤魔化せない。
誰も「知らなかった」と言えない。
加藤の声は、 ついに“届くべき場所”へ届いた。




