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第23章  静かに動き出す会社の裏側と、 加藤の報告がもたらした波紋

◆ 加藤、熱交換課の業務をこなしながら“もう一つの戦い”を進めていた

2F熱交換課での新しい仕事を淡々とこなしながら、

加藤の頭の片隅には、ずっと別の作業があった。


——ハラスメント相談窓口への報告文の作成。

冷却技術開発部署で起きたことを、

感情ではなく “事実” としてまとめる作業だった。


◆ 入社時期からの経緯を整理する加藤

加藤は、入社してからの出来事を時系列で書き出していった。

•加藤が担当した業務

•加藤が作成した3Dデータ

•加藤が改善した作業フロー

•加藤が行ったトラブル対応

•加藤が正社員の代わりに処理した案件


書き出していくほど、

「自分がどれだけ働いていたか」が逆に浮き彫りになっていく。


◆ 成果は正社員の実績に、失敗は加藤の責任に

加藤は文章にこう記した。

•自分が作ったデータや業務ルールは、正社員の成果として報告され

•正社員が起こしたミスは、加藤の責任として処理され

•加藤が改善した業務は、正社員の“指導によるもの”と書き換えられ

•加藤が行った残業は、正社員の“フォロー”として扱われた


そして最終的に—— 加藤だけが契約を切られ、

入先災人は係長に昇進した。

加藤は淡々と、しかし正確に書き記した。


◆ 加藤の文章は“怒り”ではなく“証拠”だった

加藤は感情的な言葉を一切使わなかった。


•誰が

•いつ

•どの業務で

•どんな扱いを受け

•どんな結果になったか


すべてを “事実” として並べた。

読む者が読めば、

組織的な不正と不当評価が一目で分かる構成だった。


◆ 送信ボタンを押す

文章を何度も読み返し、

誤字脱字を確認し、 証拠として残すべき内容を整理し終えた。

加藤は深く息を吸い、 ゆっくりと送信ボタンを押した。


「……これでいい」

その瞬間、 冷却技術開発部署での“歪んだ評価”は、

会社の正式な記録として動き始めた。


◆ 加藤 “偶然では片づけられない場面”に次々と遭遇する

熱交換課業務をこなしながらも、

加藤の“直感”は以前よりさらに研ぎ澄まされていた。

そして—— まるで何かに導かれるように、

会社の裏側が動き出す瞬間に、加藤は何度も立ち会うことになる。


◆ 一階のカフェで見た“異様な組み合わせ”

会社の1Fにはカフェがある。

そのカフェで、

加藤は 田辺と人事部長が二人きりで話している のを見た。

田辺は普段、上層部と個別で話すタイプではない。

ましてや人事部長と二人きりなど、滅多にない。


加藤は一瞬で察した。

(ああ……あの件だな)

自分が送った相談メール。

その内容が、確実に“動き始めている”と感じた。


◆ 金田と入先の“上下が逆転した光景”

別の日、加藤はまた奇妙な場面に遭遇する。

金田と入先が話していた。


いつも傲慢で、

誰に対しても上から目線の入先が—— 妙に低姿勢だった。

背筋を丸め、相手の顔色を伺い、


まるで“怒られた後の部下”のような態度。

(入先があそこまで下手に出るのは珍しい。  

これはもう、確実に何か動いている)


◆ 藤沢の異変

さらに数日後。

藤沢が、職制でありながら

外回りをさせられている 姿を見かけた。


藤沢は普段、外に出るタイプではない。

むしろ“外に出たくない人間”だ。

(金田に何か言われたな……)


◆ 決定的な場面 —— 藤沢と人事部長

その数日後、また1Fのカフェ。

今度は—— 藤沢と人事部長が二人で座っていた。

部長は冷静。 藤沢は落ち着きがなく、

椅子に座っていられないほどイライラしている。


声は聞こえない。 だが、表情だけで内容は分かる。

(あの話だ。  俺が送ったメールが、  

ついに“藤沢のところ”まで届いた)


◆ 加藤の“偶然”は、偶然ではない

加藤は自分でも不思議だった。

なぜか、会社の裏側が動く瞬間に限って、

必ずその場に居合わせる。


まるで“見届けろ”と言われているように。

だが加藤は理解していた。

(これは偶然じゃない。俺が動いたことで、

会社の空気が変わり始めたんだ)


◆ 金田の姿が消えた理由

数か月が過ぎ、 金田の姿がしばらく見えないと感じていた。

そんなある日、別部署の社員から偶然耳にした。

「金田さん、異動願い出して通ったらしいよ。  

もう別な部署に行ってるって」

その瞬間、加藤の脳裏に、あの光景がよみがえった。


——外で電話をしていた金田。  

深刻な顔で、誰かに頭を下げていた。

(あの電話……異動先の人だったのか)

加藤は静かにそう思った。


◆ 金田が消えた冷却技術開発部署 —— 完全崩壊

金田が異動したことで、

叱責してくれる上司が完全にいなくなった。


さらに追い打ちをかけるように、

人事部長も定年で退職。

その結果、部署は一気に“元の姿”へ戻っていく。


•働かない人は、ますます働かない

•注意する人がいない

•ミスをしても誰も責められない

•責任はすべて派遣や下請けに押し付けられる

•正社員は「知らない」「聞いてない」で逃げ切る

•仕事をする人ほど負担が増え、損をする

•仕事をしない人ほど、1Fのカフェでのびのびと過ごす


まるで、

“働かない者が得をする”ことが制度として認められた職場

になっていた。


◆ 加藤の胸に広がる感覚

加藤は静かに思った。

「……元の職場に退化していく」

自分がいた頃だけが、

ほんの一瞬だけ“まともな時間”だったのかもしれない。


そのバランスが崩れた今、職場は本来の姿——

「働かない人が得をする職場」へと戻っていく。

誰も止めない。

誰も責任を取らない。

CADを使わない今まで通りの作業に執着する。

ただ、ゆっくりと、しかし確実に、 組織は腐っていく。


◆ 冷却技術開発部署の業務は完全に滞る

図面の作成は止まり、

現場からのクレームが増え、

新機種開発は凍結になった。

田辺は倉田の代わりに 課長兼部長へ昇格したが——

業務実績は急落し、 ついには降格処分となった。


◆ 田辺が倉田を呼び出す —— “真実の告白”

そんな中、田辺が倉田を会議室に呼び出した。

扉が閉まると同時に、田辺は静かに切り込んだ。

「倉田さん。  

なぜ加藤さんを正社員にしなかったんですか」


倉田は反射的に言い返した。

「……私は知らなかったんだ。  

加藤くんがそこまで重要な仕事をしていたなんて。  

彼に対しての良い報告は受けていない」


田辺は静かに言葉を重ねた。

「SolidWorksの立ち上げも、  新機種の設計も、  

全部、加藤さんが一人でやっていたんです。


飯野課長も藤沢も、  実際には何もしていませんでした。

入先は図面を一枚も書いていません」

倉田の顔色が変わった。

「……そんなはずは……」


「事実です。  加藤さんがいなくなった途端、

 業務が止まった。  

誰もSolidWorksを扱えるスキルを持っていない」


倉田は椅子の背にもたれ、深く息を吐いた。

(……私は、何を見ていたんだ)


(加藤くんを“高卒で派遣だから”と軽く扱い、  

本当の実力を見ようとしなかった)

(その結果が……この崩壊か)

胸の奥に、今まで感じたことのない重さが沈んでいく。


田辺は冷静に、しかし容赦なく言葉を重ねた。

「あなたが“高卒で派遣だから”と評価しなかっただけでしょう。  

加藤さんの実力を見ようとしなかった。  

それが今の結果です」


倉田の胸に、重い痛みが走った。

(……知らなかった?  

いや、本当は“見ようとしなかった”だけだ)


倉田はゆっくりと目を伏せた。

(……私は、何も見えていなかった)

“知らなかった”という言い訳が、

自分でも信じられなくなっていく。

(加藤くんを正社員にしていれば……  

こんな惨状にはならなかった)


その瞬間、倉田の中で 初めて本当の後悔が始まった。


◆ 新機種が毎年立ち上がり、業績が上がったのは——加藤のお陰

冷却技術開発部署が毎年新機種を立ち上げ、

業績がどんどん上がっていた時期。


その中心にいたのは、 派遣の加藤ただ一人だった。

その事実を、倉田はようやく理解した。

そして—— その理解は、あまりにも遅すぎた。

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