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第21章 崩壊の音と、見えなかった真実

◆ 春、新体制 —— 藤沢と倉田が同じ業務を進めることになった

春から新体制になり、

藤沢一昭と倉田ふみひこが、

同じ業務を進めることになった。


再雇用で戻ってきた倉田は、かつての部長席ではなく、

通路側の隅の席で静かに書類を整えていた。

その姿は、以前の威厳とはまるで違っていた。


そこへ藤沢がやってきた。

「倉田さん、この仕事なんですけど……」

藤沢は、どこか投げやりな説明を始めた。

「えっと、前任の人がこうやってたみたいで……  

データは、たぶんこのフォルダにあるかな……  

いや、違うかもしれませんけど」


倉田は困ったように眉を寄せた。

「つまり……私は何をすればいいんだね?」

藤沢は面倒くさそうにため息をついた。

「だから……まあ、とにかく進めてもらえればいいんですよ。  

細かいところは……やりながらで」


倉田はさらに質問した。

「仕事の進め方はどうなっている?  

基準となるデータはどこにある?」


藤沢は露骨に嫌そうな顔をした。

「……すみません、この仕事、  

やっぱり他の人に頼むことにします」


冷たく言い放つと、

藤沢は倉田を置き去りにして去っていった。

倉田はしばらく動けなかった。

(……部下だった藤沢に、こんな扱いを受けるとはな)


胸の奥に、静かな痛みが広がった。

かつて“部長”として見ていた藤沢の姿と、

今目の前にいる藤沢の姿が、まるで別人のように思えた。

倉田はこの頃からようやく異変を感じ始めた。


◆ 加藤の代わりがいない —— 部署は完全停止した

加藤が抜けた瞬間、部署は止まった。

•加藤が作った3Dデータの構造を理解できる者がいない

•基点や作業平面の意味も分からない

•データ管理ルールも誰も把握していない

•中間ファイルを使わず、SolidWorks内で完結させる意味も理解できない

(引き継ぎができるスキルのある人間が、本当に誰もいない)


冷却技術開発部のCADエリアにいるのは飯村ただ一人。

彼は内村の端末ではなく、

以前自分が座っていた端末に戻り、

まるで勝利者のような顔をしていた。


しかし——

正社員は、誰一人として CAD を扱えない。

覚えれば済む話だが、誰も覚えようとしない。


その代わりに最近彼らがやっているのは——

Excelに画像を貼り付け、図面らしきものを作る作業だった。


もちろん時間がかかる。

もちろん精度は出ない。

もちろん、それは設計とは呼べない。

やっていることは結局、

•図面の数字だけを書き換える

•寸法を無理やり合わせる

という、昔から続けてきた作業と大差なかった。


CAD導入以前のやり方へ、少しずつ後戻りしているのだ。


本来ならCAD上で数分もあれば終わる修正に、

何時間も費やす。

干渉チェックもできない。

部品点数の自動集計もできない。

データも蓄積されない。

加藤が築いた設計基盤は使われない

「加藤が防いでいた非効率な世界に部署が逆戻りした」


◆ 階段での再会 —— 倉田はまだ何も分かっていない

その階段で、偶然、二人は出会った。

「おお、加藤くん。2Fで元気でやってるのか?」

倉田は、まるで何事もなかったかのように、

あっけらかんとした声で話しかけてきた。


その表情には、

部署が止まっている現実をまるで理解していない

そんな“鈍さ”が滲んでいた。

加藤は、その顔を見た瞬間に悟った。

(……ああ。  この人、まだ何も分かっていない)


部署が崩壊していることも、

自分が作った社風に自分が飲み込まれていることも、

何一つ気づいていない。

倉田は、まだ“部長だった頃のまま”の感覚で生きている。


だから加藤は、余計なことは言わず、

ただ軽く笑って返した。

「……まあ、ぼちぼちです」

空返事。 それ以上は踏み込まない。


加藤は、倉田がこの状況の重大さを理解していないと直感し、

適当にその場を取り繕うように階段を降りていった。

倉田は、その背中を見送りながらも、 何かを感じ取ることはなかった。


◆ 元管理職の倉田 —— 誰にも相手にされない現実

元管理職の倉田は、

作業工数が上がらない事に気が付いていた。

倉田はミーティングルームを貸し切り、

「問題を洗い出そう」と職員達に声を掛けた。


だが、時間になっても正社員は一人も来ない。

これは怠慢ではない。

“部長ではない倉田の言うことは聞く価値がない”

という、静かで残酷な意思表示だった。


この会社には、

“価値のない人間の言葉は聞かない”

という社風が根付いていた。

そして今、 その矛先が倉田自身に向いていた。


倉田は焦りながら、

「このままでは業務が止まるぞ」

「皆で協力して問題を整理しよう」

と声を張った。


内容だけ見れば正しい。

元管理職として当然の意見だ。

だが、誰も動かない。

•挨拶をしても返事が返ってこない

•指示を出しても無視される

•呼び出しても来ない

•自分から出向かないと相手にされない


倉田がどれだけ正論を言っても、

“再雇用者の言葉”というだけで価値がゼロになる。

前向きな意見をくれる人もいるが、 何の力も貸してくれない。


◆ 手書き勤怠 —— 自分が作ったルールに自分が縛られる

倉田は、自分が作った手書き勤怠を記入することになった。

自分の名前が書かれた手書き勤怠表を持って、

入先の席へ向かった。

かつては部下だった男。


今は係長。自分は再雇用の“外側の人間”。

「……入谷係長、サインをお願いします」

笑いながら、元気よく大きな声を掛けた。


入先は椅子にふんぞり返り、

書類を見ることすらしない。

机の端を指でトントンと叩く。

視線すら合わせない。

面倒で不機嫌そうにサインをくれる。

倉田は頭を下げ、

静かにその紙を受け取るしかなかった。


◆ 加藤不在の職場で、金田が注文書の異常に気づく

金田は机に広げられた注文書をじっと見つめていた。

そこには、

•用途不明な巨大なコノ字型板金

•数枚の平板

•異様に長い銅配管

が並んでいた。

「……これは、どういう意図で注文する予定ですか?」

金田は入先と藤沢を呼びつけた。


二人が来ると、金田は注文書を指で叩きながら言った。

「お前ら、注文する前にやることがあるだろ。  

3DCAD上でモデルを成立させてから図面を書く。  

それから加工業者に注文する。これが基本だ。

これでは現物合わせの自主工作をするように見えるぞ」


入先は言い訳を探すように目を泳がせ、 藤沢は曖昧に笑った。

金田の表情が険しくなる。

「 “大体”で注文するな。数年前に3DCADの教育を受けただろ。  

その結果がこれか?図面も上がらず、

現物合わせの注文書だけが増える。こんなやり方、

正社員として恥ずかしくないのか」


入先が反論しようと口を開いたが、 金田は遮った。

「この注文書はおかしい。お前らが“おかしい”と

気づかないことが、もっとおかしいんだ」

部屋の空気が重く沈む。


加藤がいた頃には決して起きなかった“静かな叱責”だった。

金田は深く息を吐き、静かに言った。

(加藤がいなくなった現場は、  

誰も危機感を持たず、誰も責任を取らず、  

ただ昔の低レベル作業に戻っていく)

金田はその現実を、ようやく目の前で突きつけられていた。



◆ 3人のCAD経験者を雇うが、全員“加藤の代わり”にはならない

慌てた金田は、CAD実務経験者を3人採用した。


しかし——

•SolidWorksの操作はできても

•加工機の能力値が分からないため、加工できない物を設計してしまう

•3Dデータの標準フォーマットの保存場所が分からない

•正社員に教えてもらえない(正社員が知らないから)

•旧 I DEAX の地獄データに阻まれ、作業は進まない


結果、3人集めても——

加藤一人分の戦力にはならなかった。

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