第19章 終わりの始まりと、静かな決意
◆ OCX CR420 の設計に取り掛かっていた頃
OCX KS620、OCX KS820 の開発が終わり、
加藤は次の機種 OCX CR420 の設計に取り掛かっていた。
部署の空気は、どこか張り詰めていた。
誰も言わないが、皆が薄々気づいていた。
◆ 倉田と吉口、定年 —— そして“謎の再雇用”
定年を迎えた倉田と吉口は、
なぜか会社に 再雇用 として残ることになった。
加藤は静かに呟いた。
(……何の仕事もしないまま再雇用とは。
吉口は寄生虫と同じだな)
だが、もう関わる必要もないと割り切っていた。
◆ 金田は藤沢の陰口を信じた —— そして契約解除へ
新課長の金田は、藤沢の陰口を真に受けた。
•「加藤は仕事が出来ない」
•「勝手に仕事を進める」
•「コミュニケーション能力が低い」
藤沢は裏で根回しを続け、金田はそれを鵜呑みにした。
そして—— 加藤の契約を解除する決定が下された。
CADエリアの空気は重く沈んだ。
多くの社員が不安を抱えた。
「戦力不足で部署が危ない」
と思いながらも、誰れ一人も声を上げない。
◆ 篠部の胸に走った衝撃
篠部は、加藤が契約解除されると聞いた時、
心の中で静かに叫んでいた。
「どうしてこんな人を切るの……
加藤さんは、誰よりも誠実に働いていたのに」
加藤はゆっくりと歩み寄り、
いつもの落ち着いた声で言った。
「篠部さん。 ……今まで、本当にありがとうございました」
篠部は驚いたように目を見開いた。
加藤は静かに続けた。
「最初の頃、
私のことを“仕事ができない人”だと思っていたの、
なんとなく分かっていましたよ」
篠部は息を呑んだ。 周囲の“空気”が加藤を無能扱いしていた。
篠部も、最初はその空気に流されていた。
「でも…… あなたが僕を誤解していたことより、
その後、ちゃんと見てくれたこと、
高く評価してくれたことの方が、
ずっとずっと嬉しかったです」
篠部は、会社の誰よりも優しく、
誰よりも美しい心を持っていた。
加藤は最後に静かに言った。
「あなたがいてくれたから、
この何年、なんとかやってこられました。
仕事のことも……気持ちのことも」
篠部は涙をこらえながら、深くうなずいた。
◆ 飯村だけが“嬉しそう”だった
ただ一人、飯村だけがどこか嬉しそうにしていた。
(やっぱり、こいつ厄介者だったな)
加藤がいなくなることで、
自分の立場が守られると信じていた。
何もしない飯村が“勝ち”になる職場。
それを作ったのは、倉田だった。
(ふみひこ……お前は無能だ 無能すぎるぞ!)
加藤は静かにそう思った。
◆ 退職メール —— 最後の言葉
件名:ご挨拶 本文:
お世話になっております。加藤です。
私が入社する二年前から、
この部署には SolidWorks が導入されていたそうですが、
誰も分からず、誰も扱えず、
「分からない」という理由で、
業務そのものを止めていた方までいました。
それが今では、
業務を先行させるための重要なツールに育ちました。
ここまで形にできたのは、
私が積み上げてきた結果だと自負しています。
0 を 1 に変えたのは私です。
これからは、その 1 を 2 に、2 を 3 にと、
皆さんの力で業務を進めていってください。
事故が起きてから解決すればヒーローになれます。
しかし私がしてきたのは、
“起きるはずの事故を未然に防ぐこと” でした。
起きない事故は、誰にも気づかれません。
だからこそ、誰にも感謝されることもありません。
正直、とても辛い思いでした。
契約解除が決まったことは、
もう仕方ありません。 いったん会社を離れますが、
別の形で皆さまのお役に立てる機会があればと考えております。
短い間でしたが、お世話になりました。
それでは、失礼いたします。 加藤
◆ メール送信後 —— 職場に落ちた沈黙
メールが送信された直後、職場には重い沈黙が落ちた。
誰も反論できなかった。 誰も「違う」と言えなかった。
なぜなら—— すべて事実だったからだ。
◆ 会社を出た瞬間 —— 加藤の胸に広がった悔しさ
会社を出た瞬間、加藤の胸には、
これまで味わったことのない種類の悔しさが広がった。
(……あれだけやってきて、結局“派遣だから”で終わるのか)
SolidWorksをゼロから立ち上げ、 部署の業務を根本から変えた。
事故を未然に防ぎ、
誰も気づかないところで何十回も会社を救ってきた。
それでも—— “派遣で高卒”というラベルひとつで、
森と同じ扱いで切られた。
森はほとんど仕事をしていなかった。
その森と同列に並べられた事実が、胸に深く刺さった。
(……悔しい。正直、悔しくてたまらない)
だが、その悔しさは、ただの怒りではなかった。
それは、
「このまま終わりにしてたまるか」
という、静かで強い意志に変わっていった。
◆ 加藤の静かな決意
加藤は歩きながら、ふと考えた。
(この会社は、俺がいなくなれば必ず業務が滞る。
SolidWorksも、データ管理も、誰も理解していない。
俺がいなくなれば、必ず困る日が来る)
そして、心の奥でひとつの結論にたどり着く。
(その時は “正社員として” 呼んでもらいたい)
派遣ではなく、補助ではなく、 評価される立場として。
(俺は逃げない。 必要とされるなら、戻る準備はしておく)
悔しさを抱えたまま、 しかし背筋はまっすぐに伸びていた。
加藤は、まだ終わっていなかった。




