第17章 素直な心
◆ 田辺による呼び出し —— 小峰の苦情
鷲世の洗脳が解けない小峰は、
相変わらず加藤に対して小競り合いを続けていた。
裏では森が小峰をフォローし、
状況はさらにややこしくなっていた。
そんな中、加藤は田辺から呼び出しを受けた。
「小峰さんから苦情が来ている」
内容は三つ。
•加藤は酷すぎる
•仕事が遅い、図面をいつまでも出さない
•契約にない業務をやらされている
加藤は淡々と、しかし誠実に説明を始めた。
◆ 加藤の説明 —— “支えていたのは自分だ”
「まず、小峰さんには、かなりフォローしています。
以前、1000個近い3Dデータを可視化して、
上書きで間違えたらすぐ直せる仕組みを作りました。
もし“揚げ足を取っているように見えた”なら、それは謝ります」
加藤は続けた。
「ただ、小峰さんは
“言われたことを言われた通りにやるタイプ”ではありません。
壊したときは、いつも私が直しています。
直しても、何が起こったのか理解できていないので
すみません、ごめんなさい、はありません」
仕事が遅いと言われた件について。
「すぐに辞めた人がいましたよね。
源田さん。 あの人の業務を私が並行してやっているからです」
契約にない業務をやらせている件について。
「契約にない業務をやらせているのは、
飯野課長の指示です。
ショートカットも理解出来ない人にやらせる方が悪い。
それを変にフォローしている森さんも問題です」
◆ 田辺の“理解”が追いつく瞬間
加藤の説明を聞き終えた田辺は、
しばらく黙っていた。
机の上で組んだ指が、わずかに震えている。
それは怒りではなく、
理解が追いついたときの衝撃 だった。
(……こんなに状況を把握していたのか
いや、把握していただけじゃない
“支えていた”のは加藤さんだったんだ)
小峰の苦情は、ただの逆恨み。
森のフォローは、事実を歪める煙幕。
飯野課長の指示は、責任放棄。
その中で、
黙って冷却技術開発部署を回していたのは加藤だった。
田辺の目が、ゆっくりと変わっていく。
“派遣”を見る目ではない。
“現場の中心人物”を見る目だ。
田辺は静かに結論を出した。
「……小峰さんの契約は切ります」
部署の空気が、わずかに変わった。
◆ 新しい課長・金田の配属
倉田の定年が近づき、
他部署から 金田課長 が異動してきた。
これにより、課長職は金田と田辺の二人体制になる。
金田は落ち着いた雰囲気で、
まずは現場を知ろうとするタイプ。
加藤は思った。
(ようやく“普通の上司”が来たかもしれない)
わずかな期待が胸に灯った。
◆ 入先は係長に昇進、藤沢は万年係長のまま
倉田のお気に入りだった
入先は係長に昇進。
藤沢は相変わらず万年係長。
吉口は倉田と同じ年齢で、
今期で定年が決まっている。
倉田は最後までこう言っていた。
「田辺は私の右腕。藤沢も入先も育てた」
加藤は心の中で苦笑した。
(育てた? 何一つ育っていないな)
◆ 加藤、藤沢と組まされる —— 地獄の始まり
金田の判断で、
加藤は藤沢と同じ案件を担当することになった。
しかし仕事が始まってすぐに、加藤は悟った。
(……これはひどい)
藤沢は、
•何を知りたいのか説明できない
•何をさせたいのか説明できない
•自分の理解不足を加藤のせいにする
•判断を避け、責任を押しつける
•間違えを他人のせいにする
そして、入先・吉口・藤沢の三人は、
まるで示し合わせたように同じ行動パターンを取る。
加藤は心の中で呟いた。
(よくもまあ、こんなに“責任感のない人間”が集まったもんだな。
道徳観の欠片もない。いや、歪んでいると言った方が正しいか)
◆ 病院の待合室で出会った一冊の本
母の付き添いで病院に来ていた日。
待合室の本棚で、一冊の本が目に留まった。
松下幸之助『素直な心になるために』
読み進めるうちに、胸の奥が熱くなった。
特に
「第3章 素直な心のない場合の弊害十カ条」に書かれていた内容は、
まるで今の部署をそのまま写したようだった。
•人の意見を聞かない
•物事を正しく見ない
•自分の非を認めない
•責任を回避する
•相手を認めない
加藤は本を閉じ、会社の事を思い出した。
◆① 間違いを認めない → 相手も認めない
誰も「自分が悪かった」と言わない。
だから、他人の良いところも認められない。
•入先は自分のミスを派遣にすり替える
•藤沢は説明不足を派遣の責任にすり替える
•鷲世は都合が悪くなると会社を休む
•倉田は噂話だけで相手を評価する
(認めない者同士が集まれば、そりゃ何も変わらない)
◆② 誰も成長しない → 業務の心構えも変わらない
成長しない人間は、仕事のやり方も昔のまま。
•「忙しい」を言い訳に改善しない
•「前からこうだから」で止まる
•「自分は悪くない」で思考停止する
その結果、
正しいことをしてきた加藤だけが傷つく構造 が生まれていた。
この部署が長年停滞してきた理由は、
技術でも設備でもなく、
「素直な心の欠如」だった。




