第14章 OCX HR620 完成
◆ OCX HR620 —— ついに完成
新機種 OCX HR620 がついに完成した。
通常なら、
試作機から量産機へ移行する際には必ず不具合が出る。
しかし今回は違った。
加藤は最初から
量産を見越して部品を単純化し、
量産工程に落とし込める設計 をしていた。
(量産で困らないように……最初から全部考えておいた)
それは誰にも言わない、
加藤の 職人としての矜持 だった。
◆ 加藤の生い立ちが、仕事の姿勢を作った
加藤は表面上は丁寧で礼儀正しい。
しかし本質は違う。
相手との距離を詰めるのが怖くて、
心の中で相手をブロックしてしまう。
「気を遣う」のではなく、
むしろ 自分を守るために距離を置く 行動。
父親がいない環境で育った加藤は、
男性の大人との距離感が分からず、
会社という組織ではいつも損をしてきた。
しかし—— そんな加藤を初めて正面から認めてくれた人がいた。
佐久間。
「初めての会社で、
初めてのことばかりの中で……
よくやってくれたよ」
その言葉は、 加藤の胸に深く刻まれた。
◆ 毎日の昼礼 —— 創業者の格言と“一言”
この会社では、毎日昼に「昼礼」がある。
創業者の格言を一人が読み上げ、
最後に“身の回りのことを一言話す”。
品質月間の今週は、
「品質について一言」 がテーマだった。
明日は加藤の番。 何を話すか考えていた。
(品質……忙しい、時間がない……
そんな言い訳で品質を落とすのは違う)
その時、 他部署で見かけた一行が頭に浮かんだ。
まるでシンクロニシティのように。
「その行いに胸が張れるか?」
◆ 昼礼当日 —— 加藤の言葉が会社を静かに揺らした
加藤は前に立ち、静かに話し始めた。
「品質月間にあたり、一言お話しします。
他部署で見かけた一行を引用します。
“その行いに胸が張れるか?”
静まり返る。
「私はこれまで、飲食店、製造ライン、精密機械加工、
そして現在は製品設計と、
多くの業務を経験してきました。
どの職場でも、
“忙しい”“時間がない”という言い訳が品質を落とします。
だからこそ、
“その行いに胸が張れるか?”
自分に問い続けることが、
品質を守ることにつながると考えています」
言い終えた瞬間、
まるで音が吸い込まれたような静寂が落ちた。
誰も動かない。 誰も咳払いすらしない。
加藤の言葉が、
その場にいた全員の胸に 刺さった のが分かった。
◆ 佐久間・中原・磯部 —— “本物”を見る目
佐久間は深く頷き、
中原は驚いたように目を見開き、
磯部は「すごいな……」と小さく拍手した。
三人とも、 “この人は本物だ” という目で加藤を見ていた。
倉田だけが、加藤を直視しなかった。
昼礼が終わったあと、
倉田は加藤の方を見ようとしなかった。
困っているようにも、
悩んでいるようにも見えない。
むしろ——「加藤は派遣のままでいい」 と、
どこか当然のように思っている表情だった。
(……そういうことか)
加藤はその無表情の奥にある“価値観”を読み取った。
倉田には、
「学歴の低い人間は正社員になってはいけない」
という古い固定観念が根強く残っている。
だから加藤がどれだけ成果を出しても、
どれだけ周囲が評価しても、
どれだけ“正社員にふさわしい姿”を見せても——
倉田の中では、 「学歴が低い=派遣で十分」
という結論が揺らがない。
加藤は静かに確信した。
倉田は加藤を認めたくないのではなく、
“認める必要がない”と思っている。
倉田の無表情な横顔が、その答えだった。
◆ ★ 休暇の日 —— 母の手術
加藤は休暇をもらった。
姉と病院で待ち合わせ。
今日は母親の手術の日だ。
命にかかわる手術ではないが、
三人ともかなり緊張していた。
分厚い鋼鉄の扉が閉まり始め、
三人を不安にさせる。
手術が始まった。
手術中に読むつもりで持ってきた週刊誌。
一つも頭に入らない。
姉と二人で沈黙のまま、
時間が過ぎるのを待った。
手術は無事に終わった。
意識の戻らない母親の顔を見た。
◆ 母の人生
母親は満州の引揚者だ。
生みの親は 2〜3歳頃に他界。
父親は大怪我で寝たきり。
戦争もあり、
親戚の家で暮らすことになった。
肩身が狭い生活だったようだ。
本土に帰ってからは外国人扱い。
夏祭りには参加できない。
地域全体がいじめムード。
家でも肩身が狭い。
集団就職で東京へ。
そこで“くそ親父”と結婚し、
加藤元が生まれた。
すっかり痩せ細った母親を見て、
加藤は静かに思った。
(ここで終わらせるわけにはいかないな)
仕事を頑張ろう。
その決意が、胸の奥で静かに灯った。




