第六章 あたしのせいで
安中七海は、部長の安達玲奈の指示で職員室の出入口の近くに来ていた。
皆川先生が休憩後になかなか戻ってこないので、何かあったのか確認して来てほしいと玲奈に言われていたのだ。
七海が職員室を覗くと、二人の男子児童を叱っている皆川先生が見えた。
「何かあったんですか?」
七海は、通りがかった自分の担任の多賀谷先生に事情を聞いた。
「うん……なんかね。皆川先生のクラスの村上君と真田君が、ラジコンでバトン部の練習をこっそり撮影していたんだって。だから、怒られているのよ」
「え? それって、かくしどりってことですか!?」
七海が声をあげると、多賀谷先生は軽くため息をつきながら窘めた。
「そんな……犯罪みたいに言っちゃだめよ」
「いいえ、ひどいです。はんざいです! 安達さんやみんなにつたえます!」
七海は、そういうと、踵を返した。
「あ、ちょっと……!」
多賀谷先生の制止も聞かず、七海は職員室をもう出て行った。
◇ ◇ ◇
校庭では、上級生たちにまだ智子が叱られていた。
「おこってるんじゃないの。おねがい、ちゃんとやって。なまけないで」
「……はい、気をつけます……」
気が強いはずの智子も、さすがに六年生三人に何度も詰問されてはかなわなかった。怠けたりいい加減にした覚えなどない。それだけに悔しさで泣きそうになる。智子はぐっと奥歯を噛みしめて堪えた。
……泣いたら今まで頑張ってきたのが全部だめになる……。智子はそんな気がしていた。
智子とほかのバトン役がまた練習の配置につこうとすると、七海が大声で叫びながら走り戻ってきた。
「かくしどり! かくしどりよ! 安達さん!」
七海は、戻ってくるなり、まくし立てた。
「五年一組の、村上と真田っていう男子が、私たちのれんしゅうを、かくしどりしてたんだって!」
「ええっ!?」
その言葉に、智子は驚き、智子以外のバトン部員の女子は顔をゆがめた。
七海が大声で言った。
「だから皆川先生、おこってて、こっちに来られなかったみたい!」
「なにそれ! きもちわるい!」
「男子って、ほんと、いやらしい!」
伊王野葵や福原明日香が口々に言うのを聞いて、智子は頭を殴られたような気がした。そして、急に心が空っぽになったような、皆の声が遠くになったような、変な気分になった。
……あたしのせいで……? 智子は職員室の方を見た。
周囲から「かくしどりなんて、キモい」「へんなすがた、とられてないよね」という声が聞こえた。
それを聞いた智子は、叫びたい気分だった。「ちがうよ! あたしのために撮ってくれてたんだよ!」と。
でもそれを言ったら、きっと二人を裏切ることになる。
……あの二人は、先生にしかられても、ぜったいに理由を言わないだろう……。智子はそう確信していた。
智子は、さっきより強くぎゅっと目と口を閉じた。そうしないと、本当に涙が溢れそうな気がしていた。
やがて、皆川先生が戻ってきて、今日の練習の終了が伝えられた。皆川先生は、ドローンの隠し撮りのことは一言もいわなかった。
バトン部の女子児童たちは顔を見合わせていた。
智子は、ずっと下を向いていた。
◇ ◇ ◇
そんなこととは知らない吉清と伸行は、誰もいない5年1組の教室に戻ってくると、二人でハイタッチをした。
「やったね、ノブちゃん!」
「これで、どうどうとバトン部のさつえいが、できるぜ!」
吉清が少しため息をついた。
「……まあ、ドローンは取り上げられちゃったけど」
「いいじゃねえか、がっこうのビデオカメラ、使わせてもらえるんだぜ」
「そうだね。ずっときれいに動画が撮れるね」
「トモコ、喜ぶぞ!」
二人は、教室の後ろ側で盛り上がった。
◇ ◇ ◇
やがて、バトン部の練習を終えた智子が戻ってきた。
智子が教壇脇の入口からトボトボと教室に入ってくるのが伸行たちに見えた。
「おう、トモコ! あのな……」
伸行が智子に声をかけた。
智子は、二人の方をちらりとだけ見ると、すぐに顔を背けて大きな声で言った。
「ごめん! ヨシ君、ノブ君!」
それだけ言うと、智子は自分の席から素早くランドセルと手提げをつかみ、二人を振り返ることなく、体操服のまま教室を走り出ていった。
吉清と伸行は、三度顔を見合わせた。
「どうしたんだ……? トモコ」
◇ ◇ ◇
「あたしが下手なままだと……めいわくかけちゃう……みんなに」
智子は目に涙を浮かべながら、そう小さく独り言をもらした。そのまま校舎の階段を駆け下り、下駄箱で靴を履き替えた。
……あたしが失敗ばかりしてるのを見たら、二人ともまた無茶をして、叱られちゃう……。智子はそう思った。
智子は校門を走り抜けると、家のある西ではなく北東の方角にある丘に走っていった。
そこは小さな神社であり、学校や大人たちから「近づくな」と言われていた。理由は、裏手に危険な洞窟があるからだという。
智子は涙をこぼしながら神社の階段を駆け上がった。
……二人に見られないところで練習して、上手になるしかないんだ……。智子はそう思いながら、神社の奥に走っていった。
神社の裏手に回ると、「入るな」と言われている洞窟が不気味な黒い口をあけていた。小さい頃に一度だけ、お父さんに抱っこされながら見て泣いた記憶が蘇った。
……怖い……。智子は一瞬、身をすくませた。
だが、ハンカチで涙を拭くと、キュッと唇をかみしめた。
……もう、やるしかないんだ……。そう思い、智子は練習を始めた。




