第五章 捕まったヨッシイとノブ
バトン部の練習が中断してしまった。
転がった智子のバトンを拾いながら、副部長の簗田美羽が、ため息をつきながら智子のそばにやってきた。
「はじめてから、一週間以上たつでしょ。失敗してばかりなの、長尾さんだけよ」
伊王野葵も智子にきつい言葉を浴びせた。
「おこりたくておこっているんじゃないの。もうあと一週間しかないんだから。だらけてちゃだめっていってるのよ」
智子は、バトン部の上級生二人に挟まれて叱られた。下手なことは二人のいうとおりだった。でもだらけていたわけではない。
「すみません……でも、あたしだって、いっしょうけんめいやってます」
福原明日香はかかわりあいになりたくないのか、視線を逸らしていた。
安中七海は、口を開いて上級生二人に何かを言いかけた。
しかし、部長の安達玲奈に、肩を叩かれて何かを言われていた。
七海は智子の方を一瞬見た後、校舎に向かって走っていった。
智子には、上級生たちの言いたいことは痛いほどわかった。
でも、自分は、他の人と違って、一つずつ技を覚えていかないといけない。だから急には上手くなれない。
智子はそんな自分が不甲斐ないと思っていた。
「ヨッシイ。なんかようすがへんだぞ」
伸行が言った。
吉清と伸行は、校舎の陰の目立たない場所でドローンを操縦してバトン部の演技を撮影していた。操縦桿の操作は吉清の役目、撮影した映像の確認は伸行の役目だった。
ドローンを目視で操縦していた吉清も、バトン部の異変には気づいていた。
智子のまわりに上級生と思われる子たちが三人も集まって、口々に何かを言っているのが吉清にも見えた。言い返していた智子が、徐々にうつむいていくのもわかった。
「……トモコ、なんかいわれているぞ」
伸行がまたモニターを見ながら言う。吉清もそれに応えた。
「そうだね。皆川先生がいないから、ちょうどよかったのに」
「いない間に、トラブルはっせいじゃねえか」
「ちょっと、ようすを見にいこうか」
吉清は、ドローンを自分の方に戻し、自分の前の地面に着陸させた。
そして、ドローンを拾おうと身を屈めたとき、皆川先生の靴が目の前にあった。
「うわっ!」
吉清が飛び上がって見上げると、皆川先生が腕を組んで自分たちを見下ろしていた。
「村上! それに真田!」
皆川先生は素早く屈んで、吉清より早くドローンをさっと取り上げると、二人に命じた。
「職員室に来い!」
◇ ◇ ◇
職員室。
皆川先生の席では、吉清と伸行を立たせたまま先生が大声で怒鳴っていた。
「校庭でドローンを飛ばすには、施設の管理者、つまり校長先生の許可がいるんだ! 村上、お前なら知ってるだろ!」
「すみません」
吉清が、あっさりと素直に頭を下げた。
「空撮は禁止だ! しばらくドローンは先生が預かるぞ!」
「はい。すみません」
「ごめんなさい」
吉清に続いて、伸行もあっけないほど素直に頭を下げた。
……こいつら、特に村上は、普段こんなに素直に頭を下げる奴らじゃないのにな……。皆川先生は、吉清と伸行を見ながら思った。
「で? ドローンを飛ばして、バトン部の練習を撮っていた理由はなんだ?」
皆川先生が二人に訊ねた。
「ただのテストです」
「うまく、こうていがとれるか、ためしたんだよ、先生」
あまりにお粗末な言い訳に、皆川先生は苦笑しつつも怒鳴った。
「見え透いた嘘をつくんじゃない!」
皆川先生は、なんとなく察していた。
……長尾は確かに下手だが、それでも上達はかなり早い。これはなにかある……。皆川先生は今週ずっとそう思っていた。
今日、バトン部に自主練習を命じて、校舎裏の倉庫で備品の確認を済ませると、皆川先生はそのまま校庭に戻ろうとした。
校舎裏から校庭に続く狭い通路を通ったとき、皆川先生は見た。目立たない通路の陰で、吉清と伸行がドローンで動画を撮っているのを。
皆川先生はピンときた。
……こいつら、バトン部の練習を撮影して、長尾の教材にしていたんだな……。皆川先生は二人の友情に感心した。
だが、学校内で許可なくドローンを飛ばすのは厳禁だ。だからこそ叱らなければと思った。
皆川先生は二人の目を見て言った。
「あのなあ……先生はわかってるんだぞ……長尾のためだろ?」
「いいえ」
「ちがうぜ」
皆川先生は、二人を代わる代わる見ながら言った。
「……誰のために撮ったか正直に言えば、罰を軽くしてやる」
「いいえ、自分たちのためですから」
「なんでも、ばつはうけるぜ、先生」
皆川先生は、二人の強情さに呆れつつ、感心もしていた。
「長尾の名誉のためか? じゃあ、ほかの子たちには内緒にしてやる。ちゃんと理由を言ってくれ。長尾のバトンの練習を助けていたんだろ?」
「いいえ、ただのテストです」
「がっこうを、空からとってみたかっただけだよ」
皆川先生は、今度ははっきりと二人の強情さと友情の篤さに感心していた。
皆川先生は、二人の目を見てしばらく沈黙した後に口を開いた。
「そうか……じゃあ、罰を与える」
吉清と伸行の顔が少しこわばった。
「運動会当日、バトン部の撮影係を命じる」
「えっ!?」
吉清と伸行は同時に驚き、顔を見合わせた。
「先生、それって、罰じゃなくて……」
吉清がそう言いかけると、皆川先生はわずかに笑いつつ大声で遮った。
「いいや、罰だ! よって失敗は許さん! 失敗したら、職員トイレの掃除を一ヶ月させるからな!」
吉清と伸行は、また顔を見合わせた。
「……わかりました」
「……しっぱいしないよう、気を付けるよ、先生!」
皆川先生が、今度は笑って言った。
「今からしっかり準備するんだぞ。ビデオカメラがどこにあるのかは、教頭先生に聞け」
最後に皆川先生が、ウィンクした。




