第三章 ヨッシイの作戦
翌日の水曜日。
智子の不安は的中した。
「あっ!」
ガシャン。
智子は、トス・ワンターンの朝練習で何度もバトンを落とした。
トス・ワンターンは、バトンを宙に投げ、自分は一回転して受け取る技である。
智子は何度やろうと思っても、二度に一度は落としてしまう。それに、受け取ることができても、決して美しいフォームではなかった。
放課後になってもあまり上達しなかった。
「いたっ!」
何度目かに放ったバトンが、智子の頭に命中した。
頭を押さえる智子に、安中七海が駆け寄ってきて、「大丈夫?」と聞いてきた。
隣にいた五年三組の福原明日香が、少し呆れ気味の顔で智子を見ていた。
智子は、頭に手をやりながらため息をついた。
放課後の練習が終わると、智子は、六年生や、同学年の安中七海や福原明日香に指導を頼んでみた。だが六年生や明日香は「忙しい」と言って取り合ってくれなかった。七海は何度も頭を下げて申し訳なさそうに断った。
バトン役の女の子たちは、智子を除けば皆運動神経がよく、バトンのほかにリレーだの中距離走だの、クラス競技の代表選手も勤めている。意地悪ではなく、実際に時間がないのだった。
落ち込む智子が教室に戻ると、吉清と伸行が待っていた。
◇ ◇ ◇
帰り道、智子はまた愚痴をこぼした。
「また自信なくなっちゃったなぁ」
「回せるようにはなったんだろ。たった四日で。そのちょうしでのりきれよ」
伸行がまた楽天的なことを言いながら肩をバシッと叩いてきた。
「それしかできてないのよ!」
伸行の言葉は嬉しかったが、智子はつい焦りでイライラをぶつけてしまう。伸行の肩の叩き方がやや乱暴だったのもあるが。
「新しいえんぎって、見本がないとむずかしいの!」
「また動画、けんさくしようか?」
吉清が優しく言った。智子は軽く息を吐きながら言った。
「昨日、おばあちゃんのパソコンで検索したけど、ぜんぜん見つからなかったの!」
智子は吉清にも当たってしまった。二人は悪くないのに、どうしても焦りで怒りが押さえきれない。智子は心の中で二人に謝った。
少し無言で歩く三人。
陽が傾きつつあった。周囲の草むらから聴こえる秋の虫の鳴き声が、智子にはうるさく感じられた。
「……ようするに、見本をつくればいいんだね」
しばらく黙っていた吉清が、あごに手を当てながら言った。何かを思いついたときの吉清の癖だった。
「またなにか、考えたんだな?」
伸行がニヤニヤしながら訊くと、吉清が応えた。
「ああ。ノブちゃん。明日、ちょっと早めに学校行こう」
「なによ。なんかいいアイデアがあるの?」
智子が訊くと、吉清が得意げに応えた。
「ま、それは明日のおたのしみってことで」
◇ ◇ ◇
翌日の木曜日。
やっぱり朝練習では上手くいかなかった。
智子は休み時間のたびに鉛筆を上に放り投げて受け取ることをしていた。
授業中にもついやってしまい、さすがに皆川先生に叱られた。
昼休みになると、伸行と吉清が智子を体育館裏に呼び出した。内緒だと言われた。
「お、来た来た。トモコ! 見ろよ、これ!」
伸行が智子を手招きする。
「これ、ヨッシイが、朝とったんだぜ」
吉清が、こっそり学校に持ってきたノートパソコンを開いて智子に見せた。画面には校庭上空から撮影した、バトン部の朝練習が映っている。さらに、バトン部員に近づいて横や斜め上から撮った動画になった。
「えっ……なに、これ?」
智子が画面に見入った。伸行が嬉しそうに笑う。
「すげぇだろ? オレも手伝ったんだぞ」
「すごい、空から……どうやったの?」
智子が、胸を張る吉清に訊いた。
「ほら、かいぞうドローンつくっただろ? あれで撮ったのさ」
「夏休みのじゆうけんきゅうの、あれ?」
「そういうこと」
得意げな吉清の隣で、伸行が智子を見た。
「トモコ、これを見本にしろよ」
智子は顔をあげた。
「じゃあ、あたしのために……?」
「いくらでもとるからさ」
智子は胸の奥が熱くなった。
「ありがと……でも」
得意げな吉清と伸行に、智子が訝しげに訊く。
「よく、皆川先生がゆるしてくれたね、ドローンのさつえい」
「ああ、無許可だよ」
吉清がことも無げに言うのを聞き、智子が驚いた。
「え! ちょっと、それって……やめたほうがいいんじゃ……」
智子が言いかけたとき、ドローンの映像に、智子がバトンを落とす瞬間が映し出された。
「あ、トモコ、おとしてやんの!」
伸行がパソコンの画面を覗き込んだまま、遠慮なく大笑いした。
「トモちゃんって、ほんとうに、ふくざつな動きがにがてなんだなぁ……」
吉清もつられてニヤニヤ笑う。
智子の形のよい眉毛が吊り上がり、頬が赤みを帯びて膨れた。
「やあよ! 消して、それ!」
智子はノートパソコンを奪い取ろうとするが、背の高い伸行にひらりとかわされる。
「いいじゃねえか」
「どうせ、トモちゃんとボクらしか見ないよ」
伸行からノートパソコンをパスされた吉清が、手提げ袋にしまうと一目散に走りだした。
「もう! そのぶぶんだけ、消してよ!」
智子が追いかけると、吉清と伸行は、そのまま速度を上げて昇降口に向かって逃げていく。
「それじゃ、うまくなれないぜ!」
「しっぱいから学ぶのも、ひつようだよ!」
智子は全力で二人を追いかけたが、リレー選手の二人に追い付けるわけもなかった。
「あんたたち、サイテー!」
智子が、顔を真っ赤にして息を切らしながら、逃げる吉清と伸行を追いかけた。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
智子の家の庭先では、吉清と伸行がパソコンで映像を再生し、それを何度も見ながら智子が演技の練習をしていた。
濡れ縁には蚊遣り豚がおいてある。まだまだ蚊の多い季節だった。
「はい、なげたら、すぐかいてん!」
「いつまでもバトン、みてんじゃねえぞ!」
吉清と伸行のかけ声に合わせて、智子はバトンを投げてエレガントな仕草で回転し、形よく手を上に挙げる。
すっと手にバトンが戻ってきた。
「できたじゃない!」
縁側にジュースをもってきた、祖母の郁子が、拍手をしてくれた。
智子は照れ笑いをしつつ、手の中のバトンを見つめた。
その後、繰り返し練習したが、もう智子は失敗しなかった。
……また、うまくやれそうだ……。そう智子は思った。




