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魔王の念願



次の部屋には、向かって右側に赤いマントのフードを目深にかぶった人物がいて、正面に馬耳の男が立っている。

扉は右と正面、そして今、入ってきた扉だけだ。

男は言う。


「ここでは頭脳を測ろうか、勇者。ここに扉がある。選択せよ。

正面を通りたければ、我を倒せ。さすれば通れよう。

だが、魔王は臣下を傷つける者とは話をせぬ。

次に右に行きたければ犠牲者を一人残せ。そうすれば道は開かれる。

自分の力が足りないと思うのなら、元来た道を戻れ。

何もせねば何も起きぬ。

さぁどうする?」


浩一は硬い表情で右と正面を見比べる。

アイリッシュが言う。


「究極の選択ね」


ガイアが顔をしかめる。


「正面を進めば臣下を傷つけることになり、魔王と話せない。右を選べば誰かが犠牲になる。戻ればさっきのミッシェルの犠牲が無駄になる」


ビリーが泣きそうな顔になる。


「犠牲を払わない選択がないなんて……」


ロトが楽しそうに言う。


「エルーン以外は俺とは違うなぁ!俺は『全員倒せ』だったからなぁ!」


アイリッシュが聞く。


「四天王とは戦ったの?」


「あぁ、部下は来なかったが、四天王と戦って、エルーンと戦って、魔王を倒したな。だから四天王が総入れ替えされているんだろうしな。」


ロトの言葉にガイアが言う。


「四天王は道連れにしたのか?」


ロトは考えながら言う。


「というより忠臣ばかりだったから、自分たちから俺たちの壁になったんだろうな」


ビリーが悲しそうに言った。


「それしか選べない時代は可哀想でしたね」

ロトは寂しい笑顔を浮かべる。


「前世を悔いても、もう何もできない、今、お前たちを導くのが俺の仕事さ」


全員がしんみりした。

その中で浩一だけが頭を巡らせていた。

早く進まなければ、早く戻らなければ、


「ここに扉がある。選択せよ。

正面を通りたければ、我を倒せ。さすれば通れよう。

だが、魔王は臣下を傷つける者とは話をせぬ。

次に右に行きたければ犠牲者を一人残せ。そうすれば道は開かれる。

自分の力が足りないと思うのなら、元来た道を戻れ。

何もせねば何も起きぬ……」


浩一は問題を繰り返す。


「待て?どうして扉の数を言わないんだ?」


それにアイリッシュが当たり前のように言う。


「だって三つしかないじゃない」


浩一は考えを巡らせる。


「ここには城の真ん中にある、正面の通路を通って来た。それなら左側にも部屋を作れるだけの広さはあったはずだ」


ビリーが首をかしげる。


「真ん中から左に曲がるんですかね」


浩一は繰り返す。


「何もせねば何も起きぬ……これは言う必要があるか?」


ガイアが顎をかきながら言う。


「まぁ言う必要ないか、当たり前のことだもんな」


ロトと浩一が同時に言う。


「「そういうことか!」」


遅れてアイリッシュが気づく。ビリーとガイアが仲良く首をかしげている。


浩一は一歩前に出て宣言した。


「何もせず通ります!」


馬耳の男はただ浩一を無関心に見ている。

浩一は息を呑む。


そして、男がニヤッと笑う。


「お見事」


馬耳の男がそう言うと右扉の前に待機していた人物が走って、左の壁に突撃し、そこに扉が現れ大きく開いた。


「優しき勇者よ、魔王の試練を受ければいい、行け、大事な者たちが揃っているぞ」


男の言葉に疑問を感じながら浩一達は左の部屋に入って行った。



浩一達は扉を抜け、その先で待っている赤いマントのフードを目深にかぶった人物を追いかけた。


長い廊下の突き当たりで左に曲がった。浩一達も曲がる。

フードの人物は角を曲がって来たのを見ると、重厚な扉を開け中に走って行った。

追いかけ中に入ると、そこは広い部屋でステンドグラスの大きな窓の前に玉座がある。玉座を囲うように寝ているエルーンにも驚いたが、その玉座に座っているのは……


「ミッシェルさん!?」


浩一は驚いた。そこにはボンテージ姿でピンヒールのロングブーツをはいたミッシェルがいた。


「よくたどり着いたね、浩一」


「生きて…たんですか……」


「流石にエルーンの攻撃だから再生に時間がかかったが、この通りさ」


浩一は力なく、その場にしゃがみ込む。


「よ、よかった……、ミッシェルさんが生きてて、よかったぁぁ」


うーうー泣く浩一にミッシェルは微笑む。


「怒ると思ったのに泣くか、浩一らしいね」


そこにガイアが言う。


「俺は怒ってるぜ!紛らわしい事しやがって!生きててよかったよ!ミッシェル!」


ビリーも泣きながら言う。


「びっくりしたじゃないですかぁ、ミッシェルさんのばかぁ」


アイリッシュだけが顔を赤くして他の事を言う。


「隠し事がいっぱいみたいですね、ミッシェルさん!魔王だったなんて!」


全員がミッシェルを見る。そうか、玉座に座っているということは、そう言うことなのだ。


「悪かったね、アイリッシュ。お前達を鍛えるのは楽しかったよ。そして浩一、私だけではないんだよ」


いつの間にか馬耳の男が来ていて、赤いマントのフードを目深にかぶった人物の隣に立った。


その人物はフード付きのマントを勢いよく脱いだ。


「兄さん!会いたかったよ!」


それは浩一の弟賢哉だった。


「賢哉!?いつから!どうやって!」


浩一が驚きと感動と安心と嬉しさのごちゃまぜな顔で言うので、賢哉はニカッと笑って言う。


「魔王様が地獄みたいな世界から呼び出してくれたんだ。もう俺もあの人たちの呪縛から放たれたんだよ!兄さん!」


浩一は嬉しさに、また涙が出る。


「よかった、よかった、俺、何も失ってなかった。」


浩一の涙にミッシェルが笑顔を深める。

エルーンが言う。


「魔王よ、望みどおりに仕上がったかい?」


ミッシェルはニッと笑う。


「上々」


浩一はミッシェルを見る。


「浩一、お前を覚醒させるために荒療治をして悪かったね、でもこれで、最高のお前と戦える」


「え、戦うんですか!?」


浩一の驚きにミッシェルはご馳走を目の前にしたライオンのように目をらんらんとさせて隠しきれない興奮で言う。


「当たり前だ、この日の為に鍛えた、この日を私がどれだけ楽しみにしていたことか!私の育てたお前が私を倒すなんて最高にロマンチックじゃないか!」


「俺のロマンチックと違うぅ」


浩一はさっきとは別の意味で涙目になる。


「賢哉、サルバドール、他の者を任せた。」


「「は!仰せのままに」」


「賢哉も戦うの!?」


浩一の驚きに賢哉は楽しそうにピースをした後にガイアとビリーの前に立った。

サルバドールはロトとアイリッシュだ。


「さぁ武闘会を始めよう」


「舞踏会の方がいいよぉ」


浩一の泣き言は誰にも届かなかった。



ミッシェルはシュッと動く。浩一はその動きを見切り、横に跳ねる。浩一のいた地面がミッシェルの拳でえぐれる。

浩一はねぎまを振る。ねぎまはミッシェルの腕にガンッとぶつかる。

おおよそネギと人の腕がぶつかる音ではない。


ミッシェルの蹴りが浩一に向かってくる。浩一はねぎまで受ける。

次の攻撃の体勢をとりたい、でも浩一の動きよりも早くミッシェルが見切ったように攻撃を打ち込んでくる。


浩一は攻撃を受けながら逃げることを止めて、押し返しミッシェルを吹き飛ばした。


「いいじゃないか!浩一!しびれるよ!今の一撃!」


そう言いながらミッシェルの足が浩一の頭を狙って飛んでくる。

それをねぎまでいなす。



「やるね!いいぞ!いいぞ浩一!」


「そのピンヒールいたそうですね!」


浩一はねぎまで切りかかる。ミッシェルはそれを蹴り飛ばす。


「履いてみると快適なものさ!致命傷も与えられるしね!」


ミッシェルの拳を避け、ねぎまで腹を狙う。だが、もう片方の手がねぎまをはねのける。


「そういう理由で履いてるの、ミッシェルさんらしいですね!」


ねぎまを伸ばし、横に振れば、ミッシェルが抑える。

そして、そのままねぎまごと振り回される。浩一はねぎまをひねって奪い返す。


「倒せる気がしない!!」


浩一が弱音を吐くと、腰ですっかり忘れていたボクノソードが光る。



「今の貴方なら私を使えるでしょう、勇者様、私を……」


ボクノソードは何かを言いかけて止まる。


そして、ねぎまから怨念が飛ぶ。


「鶴は千年、亀は万年、ネギの恨みは1億年……」


思わず全員が止まる。


ボクノソードが叫ぶ。


「無理無理!もうおじさんでもいい、おじさんも持てるから私を使ってー」


「おう!やったな!伝説の剣だ!」


浩一は無言でボクノソードをガイアに投げた。

ガイアは「サンキュ!」と言って受け取った。


「ねぎま、ボクノソードはガイアに渡したから、機嫌治して」


ねぎまが目を潤ませながら言う。


「浮気は嫌ですわぁん」


「はいはい、お前しか使わないよ」


「そうですわぁん!浩一様ぁんには私だけなのですわぁん!」


やれやれとそれぞれが向き直る。


「仕切り直しましょう、ミッシェルさん」


「あぁ、もちろん」


がきんっ! ミッシェルの腕とねぎまがぶつかった。


ミッシェルと浩一の戦いを見て賢哉は手を叩いた。


「兄さん、すごいや!もやし体型だったのにしっかりした体になってるし、魔王様と互角だ!かっこいいよ、兄さん!」


こつっとサルバドールが賢哉を小突いた。


「嬉しいのはわかるが、目の前の挑戦者に集中しろ、賢哉」


「へへ、すみません、サルバドール様」


そう言って、賢哉はガイアとビリーに向き直る。

ガイアとビリーが武器を構える。

賢哉は獲物を狙う虎のように目を光らせる。


「じゃあ、お二人は俺と遊んでくださいね」


ビリーが弓を引きながら言う。


「別に僕ら、戦う意味無いんじゃ?」


「試練は全員に、です、よ!!」


賢哉がガイアに向かっていき、ガイアはグラディウスで受けたが、ガキンッ、ビキッと嫌な音がした。

一度後ろに下がって確認すると、ドワーフ製のグラディウスにひびが入っている。


「マジかよ。浩一の弟、マジで人間か?」


ビリーは追ってくる賢哉を避けつつ弓を射る。

ガイアはすぐにその間に割って入る。激しいパンチがグラディウスを襲い、ひびを広げていく。

賢哉は口の端によだれを垂らしながら、パンチを繰り出している。


「狂戦士化か!危険なスキル持ってんじゃん!」


ガイアは賢哉に向かっていき、剣で押し飛ばした。賢哉は壁にぶつかり、壁がガラガラと崩れる。

ずるっと滑った賢哉は音に反してふわっと落ちた。


そして、興奮して息を荒くしていた。


「賢哉!シット!!」


その言葉で賢哉は座って目をしばたたせる。


「わー、意識なくなっていました。ありがとうございます、サルバドール様」


ガイアは口を引きつらせる。


「今、意識がなくなったなんて、あれで制御できてたのか」


狂戦士化は、本来自爆行為だ。

普段80%しか出せない力を120%出せる代わりに、意識がなくなり、死ぬまで暴れる。

だが、マスターと呼ばれる人をつけてセーフワードを決め、狂戦士化を止める方法を身につけたり、訓練によって狂戦士化しても意識を保ち、制御できるようになったりする。


賢哉はまた深く息を吸い、半狂戦士化に入る。


ガイアはグラディウスを見る。


「剣がもたねぇなぁー。どーすっかな」


その時、浩一の方から凄まじい殺意を感じ、全員がそちらを見た。


ボクノソードが怯えている。


「無理無理!もうおじさんでもいい、おじさんも持てるから私を使ってー」


「おう!やったな!伝説の剣だ!」


浩一からボクノソードが投げ渡される。


「私をちゃんと使うんですよ!おじさん!」


「おう!任せとけ!」


ガイアは剣を構える。


ビリーが弓を構えながら心配そうに見ている。


「さぁ遊ぼうぜ!青年!」


ボクノソードが賢哉の頬をかすめた。


サルバドールは賢哉を注意し、その後、楽しむミッシェルを見て頭を抱え首を振り、ため息を大きく一つ漏らしてロト達の方を見る。


「まったく面倒な、まぁいい来い勇者の生まれ変わりと賢者のひ孫よ、我は四天王最後の一人サルバドール・ガインである」


ロトは聖剣ロキの変化しているおもちゃの剣を構えながら楽しそうに言う。


「四天王でミッシェルさんの補佐ってところか?苦労が多そうだな!」


ロトが飛びかかる。サルバドールは鎌を出現させ、その剣を受け流す。


「まったくだ、朝、公務をしたらそのままお前達の旅に付き合う間、俺が代わりに公務をしなければならなかった。まったく迷惑だ」


カンッカンッと剣を受け流し、サルバドールはため息をつきながら言う。


アイリッシュが無言呪文で魔法を発動する。ウインドカッターがサルバドールを襲うが、サルバドールはそよ風を浴びるように佇んでいる。


ロトが何かに気が付く。


「もしかして親も四天王か?」


サルバドールはただ静かに言う。


「お前達は苦戦しながらも母を切った。それだけでいい」


ロトは一瞬、感傷に浸る目をして、すぐに意識を切り替える。


「お前は母親より強そうだな」


「ミッシェルの地獄の修行に付き添っていたからな」


「レベル3000だもんな!そりゃ強いぜ!」


ロトは聖剣ロキの刃を撫でると、その刃はキラキラと銀に光り、本来のミスリルの輝きを保ち、その大きさは元のおもちゃの剣のままだ。


「今の俺の全力で立ち向かおう」


サルバドールは薄く笑う。


「いいだろう、魔族の恐ろしさを教えよう」


睨み合うサルバドールとロトの間に緊張が走る。


「鶴は千年、亀は万年、ネギの恨みは1億年……」


そこにねぎまの凄まじい殺意のこもった声が聞こえる。


ボクノソードがガイアに逃げ、痴話げんかも終わったのを見届け、

またサルバドールとロトの目が合う。



「緊張の糸を切られたな」


ロトがニヤッと言う。


「おふざけはあまり好きではない」


サルバドールが真面目な声で言う。



「真面目だなぁちょっとは楽しめ!行くぞ!」


「くればいい、試してやろう」


試験はまだ続く。


浩一とミッシェルは激しくぶつかり合う。

素手のミッシェルと聖ネギの浩一、その戦いは激しさを増していた。

ミッシェルの顔は喜びであふれていた。


激しくぶつかり合うねぎまと拳、浩一は畳みかけた。


ミッシェルの拳を掴み、投げ飛ばし、ミッシェルは壁にぶつかり、めり込んだ。

そこに浩一はねぎまを首に突き立て言った。


「追い詰めましたよ、ミッシェルさん」


ミッシェルはとろけるような恍惚な笑顔で浩一の頬を撫でる。


「やっぱり、お前は最高だ浩一、試練合格だ」


魔王の試練を突破した。


そこでサルバドールと賢哉の試練も終わった。


「サルバドール、どうだった?」


ミッシェルが玉座に座り、言う。


試練も終わり、ミッシェルが指を鳴らしただけで全員に椅子が現れ、紅茶が現れた。


「元勇者は前世の半分の力が出ているようだな、魔女はまだまだだが、なかなかの威力だった。」


ロトは胸を張って自慢げで、アイリッシュは少し悔しそうだ。

ミッシェルは満足そうに頷く。


「賢哉は?」


賢哉は笑顔で言う。


「ガイアさんもビリーさんも連携上手くて強かったです!」


ガイアとビリーがハイタッチをした。


ミッシェルも当然のように頷く。

そしてミッシェルは浩一を見る。


「浩一も問題ない、問題なく私の夫に相応しい」


浩一が驚く。



「そういう話でしたっけ!?」


ミッシェルは幸せな笑顔で言う。


「私の旦那は私を倒せる者と決めていた。いいだろ浩一、私を愛しているのだろ?」


浩一は顔を真っ赤にさせ目を泳がせる。


「それはその……そう……ですが……」


周りがみんなニヤニヤするので、浩一はいたたまれない。


賢哉が涙目でにっこにこで言う。


「兄さん幸せそうだし恋愛もしてて、俺嬉しいよ兄さん」


うれし泣きのその顔を見て、浩一はこっちに来てからのことを考えた。


突然召喚されて、ロトのお世話係にされて、マーサにサポートされて、ミッシェルに出会って、聖女村に行って、アイリッシュと出会って森でビリーとガイアに出会って、ライオットとリラと出会ってドワーフの国に行き、エルフの国に行った。

そして四天王たちの試練もクリアした。途中、マーサとの別れという悲しみもあったけど、日本にいる時よりも浩一は確実に幸せだった。

父と継母に不当な扱いをされていた過去、守ってくれるのが賢哉だけだった過去、

浩一は賢哉を見て微笑んだ。


「賢哉、俺、毎日が楽しいよ」


賢哉はさらに笑顔を深めた。






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