旅に出よう
「この通信水晶を差し上げます」
ひとしきり話して、ピューレは浩一に通信水晶を渡す。
「ありがとうございます」
「へー、そんな高価な物を渡すなんて太っ腹だねぇ」
ミッシェルがそう言うと、ピューレが真面目な顔で言う、
「ギルドはこれからフォーラさんと協力して教会を探ります。あなた方も旅の中、何か情報があったら教えて欲しいです、狂暴化した魔族の襲撃、そうですね……狂化と言いましょう、狂化した魔族に会った時にも教えて欲しいです、私達も進捗をお知らせします、ただし、マーサさんには知られないように、ミッシェルさんと浩一さんの訓練の時にでも連絡を取りましょう」
その作戦にロトが大きく頷く。
「マーサの気を引くのは俺が担当するぞ!あいつは俺を特別視しているからな!簡単だ!でも仲間外れは寂しいからどこかでこっそり進捗教えてくれな☆」
ロトはウインクしてそう言った。
そこにギルドの職員がやって来る。
「ぴゅ、ピューレきょ!くちょう、キララちゃんのご家族がいらっ!しゃいました。」
「わかりました。浩一さん、その通信水晶はフォレストキャットの治療のお礼という事でマーサさんには話しましょう、これ以上長居しては怪しまれるかもしれません。キララちゃんを連れて受付に出ましょう、フォーラさんは部屋を用意してあります。サラ、フォーラさんをお部屋にご案内して」
ピューレが知らせに来た職員にそう言うと、職員は、はい、と言ってフォーラを連れてどこかに行った。
そして浩一達はピューレに連れられ、研究室に戻り、麻薬の汚染から回復したフォレストキャット、キララがのんびりしているところに行く、そして、キララを連れて研究室を出ると綺麗な身なりの深窓のお姫様の様な穏やかなそれはそれは美しい女の子と優しそうな家族、そして家令のような長い髪を結ぶことなく流している美しい男性がいた。
「キララちゃん!」
女の子はピューレの抱くフォレストキャットを見て、涙を流しながら駆け寄り、ピューレからキララを受け取る。
「あぁ、キララちゃんよかったよかった、もう苦しそうにしてない!」
わんわんと鳴く女の子の涙をキララがなめとり、嬉しそうにすり寄っている。
心なしかクリスタルフラワーが輝いて見える。
その娘の姿を見て両親も嬉しそうに、母親は貰い涙を流しており、父親も穏やかに笑っている、その後ろでいつの間にかピューレが家令の男に耳打ちしている。
男はにこやかな目でこちらを見ているがその目の奥に不信感が見える。
そんな目にゾクリとした悪寒を感じていたら、家令の男は令嬢を見て微笑みながら言う。
「アリッサ、キララを治したのはそこの青年らしいよ、お礼を言おう」
男性に言われ、アリッサは浩一を見る。
そして、アリッサは男性にキララを渡し、浩一の前で綺麗なカテーシーをして頭を下げる。
「私はアリッサ・ハンベルンと言います。キララちゃんを治してくださってありがとうございます。どうかお礼をさせてくださいませんか?」
祈るように言う美しいアリッサに浩一はタジタジだ。
「え、いや、俺はできることをしただけで・・・お礼とか大丈夫と言うか」
「それでは私のこの感謝をお伝え出来ないのが苦しくなります、どうかお礼をさせてくださいな、私の家に招待させてくださいませ!」
アリッサがそう言うと、ロトがアリッサを止める。
「それはできないな、もう旅に出なければいけない」
ロトの声にアリッサは驚きながらもにっこりと言う。
「とても素敵なお声の子供様ね、旅の助けなどもできるかもしれませんわ、どこに行かれるのでしょう?」
アリッサの褒め言葉にロトはいい気になる。
「俺の声の良さがわかるなんていいお嬢さんだ!俺たちはメンヒルに行こうと思っているぞ!」
「え、そうなのか?」
メンヒルがどこかわからないが、行き先が決まっているのは、初耳だった。
だがアリッサは別の反応だ、
「まぁメンヒルは私の住んでいる村ですわ!どうぞ皆さん送らせてくださいませ!」
「お、それはちょうどいい、ならお礼してもらおう!な!浩一!」
調子のいいロトは勝手にお礼を受けようとしている。
そしていつの間にか合流していたマーサがロトを抱き上げる。
「浩一君が何をしたか知りませんが貴族の馬車で旅ができれば楽ができます」
「そうね、甘えてしまってもいいんじゃない?こーいち」
ミッシェルまでもそんなことを言うのだった。
「え、でもキララは近くの教会で保護されたんですよね」
浩一がそう言えばアリッサは少し困った顔をする、それを不思議に思っているとマーサがアリッサを見て言う。
「おや?どこか見たことがあると思えば聖女様では?」
「おやめください!」「そんな風に呼ぶな!」
そのマーサの言葉に両親が怒鳴り、アリッサの前に家令が立つ。
そんな大人たちにマーサは怪訝な顔をする。
「名誉ある事なのに聖女の地位を拒否しているというのは本当だったんですね、何故教会に歯向かうのです?」
マーサの明らかに機嫌の悪い顔に浩一は、マーサは教会の裏を知ってるのだろうか?と疑問に思う。
「魔物なんぞ可愛がって田舎に引きこもり、その力を神の為に、民の為に使おうとは思わないのですか?」
「そ、それは」
アリッサが申し訳なさそうにしていると、父親が怒鳴る。
「何が民の為だ!聖女として無償の施しと格好のいい事を言って、前の聖女も過労で死んだ!何もかもを聖女に押し付け、それを当たり前だとして感謝もしない!そんな者達にうちの娘を預けるなどありえない!!」
その怒号にマーサも怒鳴る。
「感謝もしないことなどない!その証拠に前任の聖女様はいつも優しく笑ってくださっていた!確かに晩年お疲れになり、お眠になったが、教会は大切にしていた!」
その発言に父親は頭を振る。
「妻の由紀子は聖女が竜馬に居る頃からの友人だ。
だが会いに行く度、日に日にやつれて顔色も悪くなられていた。
薬を作らされ、毎日民に癒しの力を使うのに感謝するどころか文句を言うやつもいる、そして瘴気の浄化任務をこなし、邪悪除けの結界を管理し、教会の管理もさせられていた。
平民出身だからと厳しい体罰で教育をした。それは教会の一部の人しか知らなかったでしょうな、由紀子に弱音を吐いていることがバレてからは由紀子は教会に入れなくなりましたから」
「まさか!そんなは……ず……」
マーサは青い顔になる。そして何かを思い出したのか少し苦い顔をする。
「民も教会も、聖女様の見たいところだけを見て。当たり前に施しを受けた。
だから大事な聖女様を若くして亡くしたのだ。
アリッサは稀代の聖女になるだろう、だが教会の裏を知っている私達は大事な娘を教会の聖女になんてしない。
聖女が居て当たり前、聖女がしてくれて当り前、そんな民にも教会にも渡さない、浩一さんには恩はあるが聖女を強要されるのならば家に招待などできませんな」
強くはっきりと発言する父親に、顔をしかめて反論しようとするマーサ、
「ですが力を授かったならば!」「マーサ!!」
ロトが叫ぶ。マーサはロトを悲痛な顔をして見る。
今、マーサは、信じていた正義に傷を付けられたのだ。
教会は清廉潔白で教皇は尊く、聖女も尊く、優しく穏やかで大事にされるべき人が辛い毎日を送っていた。
なのに彼女のちょっとした笑顔に隠れる疲労も悲壮も感じとることは出来ず死に追いやった。
「勇者様、教会は……聖女様を大事にしていたはずなのです、でも聖女様はよくけがをされていました。少し穏やかすぎるからだと……自分でこけたりぶつけたものだと……」
ロトは抱き上げているマーサに抱き着き、手をぽんぽんと動かした。
「そうだな、信じたくないな、だが、一度彼女の生活を見てみないか?そしてゆっくり考えよう前の聖女の事、そして教会の在り方を」
マーサは口をつぐむ、そしてロトは父親に言う。
「うちのメンバーが失礼をした。浩一のお礼に便乗して、良くしてもらおうとして悪かった。メンヒルには自力で行こう」
ロトの言葉に父親は頭を下げる。
「キララを治してくださったのにお礼もできず申し訳ない、別のかたちで」「お待ちください!」
そこにアリッサが声をあげる、
「確かに教会の関係の方と一緒に居るのは怖いです、ですがその人の正義は盲目なだけな気がします、なので知ってください!」
「知る?」
マーサが力なく言うと、アリッサは由紀子の方を見る。
「お母様、お部屋の日記お見せしてもいいですか?」
すると由紀子は微笑む。
「えぇ、いいわ、お見せしましょう」
「日記ですか?」
マーサが声をこぼすと由紀子はマーサに近寄り手を取る。
「恵茉は日記が一冊書き終わったらこっそり私に送っていました。恵茉様はマーサ様の事は嬉しそうに語っておりました。貴方は恵茉様の光でした。感謝をしない騎士に注意をしていらしたとか、最前線で現役でお勤めなさっている時、たまに来るあなたが感謝し褒めてくれる、楽しい話をしてくれる、それが一番嬉しかったそうですよ?」
由紀子はマーサの手にロケットのペンダントを乗せて開けて見せる。黒髪の美しい女性がそこに描かれ、魔法で動く絵が微笑んで手を振っている。その女性を見て、マーサは悲痛に顔を歪める。
「聖女様が苦しんでいたなんて信じたくはないですが、聖女様の日記読ませてください」
「はい」
静かに、認めたくない現実をゆっくりと考える。
マーサにはその時間が必要なのだ、そして周りにたまたま居た一般人が教会の異常の一端を少し知ったのだった。
その教会の歪みを陰で聞いていた者が走って行った。
それを家令は見逃さず父親に耳打ちする。
そして父親が言う。
「ここまで教会を敵に回すほど騒いでしまっては、アリッサをこれ以上王都には置いておけません、すぐ出立しましょう」
そうして、浩一達はメンヒルに向かったのだった。




