婿入りしようと思うのでモテる為に頑張ります。赤ん坊時代編6
雑貨屋を離れた後、俺達家族はベビー用品や俺用の夏服を購入し、人が混みだす前に一足早いお昼をフードコートで食べることにした。
ちなみにおむつは交換済みだ。食事前だからそこはしっかりしないとね。
「ふーっ、ふーっ。はい幸く~ん。あ~ん」
「あ~ん」
「どう? 熱くない?」
「大丈夫、美味いよ」
母様は自分のタコ焼きを一口あげようと、父君にあ~んさせて食べさせている。
あの、すいませんご両親。
雑貨屋のイチャイチャくらいならまだいいんですけど、流石にそういうのは自宅か、せめて個室ありの店でやってくれませんかね?
フードコートは人の目に晒されまくるんで、赤子とはいえ息子の前でそれされると恥ずかしいんですわ。
「あ、陽斗君も食べる? タコはまだ固いから生地の部分だけになっちゃうけど」
「いわぁい(いらない)」
俺は父君から分けてもらったうどんで十分だ。
「祝い?」
「多分、いらないって言ったんだよ」
「ああ、そっか」
「………………」
俺は桜庭家とのやり取りを思い返していた。
どうやら俺の口は滑舌以外にも問題があったようだ。
野太い声に加えて、音程迷子かぁ。
そんな風に思ったことは一度もなかったな。
どうやら自分の声というのは、自分自身ではちゃんと理解しきれないものみたいだな。
この欠点も今後どう改善していくか考えなくちゃな。
最優先は、やっぱり滑舌だな。
さっきの会話も父君のフォローで理解されたようなものだ。
ワンクッションなしで理解してもらえるようにならないと困る。
てか、ホントにもう練習の成果出て欲しいのよ。かれこれ一年近くはこの滑舌の悪さに頭抱えてんだからさ。
頼むぜマイマウス。
声質に関しては後回しにするしかないな。
そもそも俺はまだ赤ん坊だから、喉ぼとけの成長でいずれ声変わりは起こる筈だ。
今の時点で野太いってことは、中学くらいで更に低い声になりそうだが、まあそれはそれで男らしいと言われるかもしれないから、その時にまた考えよう。
次に音程の問題だが。
そもそも俺って、そんなに歌下手だったっけ?
前世の頃は歌うまとは決して言えないが、平均レベルの歌唱力はあった、とは思う。
それこそカラオケだって行ったこと――あれ?
そういや俺、カラオケ行ったことあったっけ?
まず友達と行ったことはない。そもそもそんな友達はいない。
家族とも、ない、よな? そんな記憶は全然浮かんでこないし。
もしかして俺、行ったことない? でも、デンモクだっけか? 何となくあれを操作したことがあるようなないような……あっれぇ?
「お待たせ致しました。ご注文のオレンジチョコホイップクレープにございます」
「いや~ん待ってたわぁ。ありがとう幸く~ん」
過去の記憶に翻弄されている間に、父君はいつの間にかスイーツを買いに出ていた。
母様が言っていた新装開店したクレープ屋さんのやつか。
母様は受け取ったクレープをかぷりと頬張り、口元にホイップクリームが付いたまま満面の笑みをしている。満足のいくお味だった様子だ。
対する父君は黒に近い紫色をしたジャムが入っているバナナクレープを持っている。何それ?
「幸君、そのクレープ何味? ブルーベリー?」
「この時期限定でやってるハスカップって果実のジャムを使ったクレープさ。どんな味か興味があったから買ってみたんだ」
「へぇ~いいなぁ。私にも一口頂戴! あ~ん」
「俺より先に食べる気かい? しょうがないなぁ。はい」
「はむっ」
おいおい、だからそのやり取りは自宅でしてくださいよ。
てか父君、あんたさり気なく母様の口元に付いてたクリーム取ってあげたね。
そしてちゃっかりそれを食べましたね。
くっ、距離感の近い男女だから実行可能になるなんて羨ましい行為だ。いつか俺もやりたい!
「ん? 陽斗君も食べてみるかい? はい、あ~ん」
あ、いや、そういう意味で見てた訳じゃなんだけど。
まあ折角だ。うどんも食べきったことだし、デザートとしていただこう。
「だぁ~ん」
俺は口を大きく開き、そこへ父君がクレープを入れる。
う~ん、これは――酸っぱうま!
◆ ◆ ◆
「いやぁ、結構いいフライパンが買えて満足満足」
「蒸籠もばっちし。これで今日の晩御飯は焼売だね!」
「折角だし、このフライパンで焼き小籠包も作ろうかな。材料も特売で多く買ったし」
「あ、じゃあついでに炒飯も食べたいな。お店みたいなパラッパラのやつ」
「OK。帰ったら早速仕込み始めよう」
「やった! 今日は中華三昧だ!」
昼食を終えた俺達家族は一通り買い物を済ませ、ビニール袋いっぱいの購入品を持って駐車場に戻ってきた。
これだけ大量の荷物。本来なら男として持ってあげるべきところだが、赤ん坊じゃ服の入った紙袋すら危うい。仮に持てても身長的にズルズル引き摺ってアウトだ。
せめて邪魔にならないよう後ろからテクテク歩いて付いていくぐらいしかできない。
「荷物は後ろに積んでくれ」
「は~い」
自家用車の鍵を開けた父君は、後ろの扉を開けて持っていた荷物を積み込みながらそう言った。
母様は指示に従い荷物を積み始める。
終わるまで手持ち無沙汰になった俺は、ふと近くを通っていたお婆さんに目が向いた。
お婆さんの歩いているすぐ先。歩道用のタイルが壊れて段差になっているところがある。
かなりの大荷物を抱えていて、足元が隠れてあまり見えていないのだろうか。
そのまま――その段差に向かって進んでいる。
あれはまずい!
俺は精一杯大声でお婆さんに向かって叫んだ。
「おぁじゃんあびゅばびっ!?(お婆ちゃん危ないっ!?)」
「あらぁ僕ちゃん、お喋り上手ねぇ――」
お婆さんが歩きながらこちらを振り向いた数秒後。
段差に足を取られ、バランスを崩したお婆さんはその勢いのまま前方に倒れた。
抱えていた荷物は中身を飛び散らせて辺りに散乱している。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
事態に気が付いた父君はすぐお婆さんの元へ駆け寄り、ゆっくりとお婆さんの体を起こした。
「あ、ありがとう。大丈夫よ……いたた」
「手を擦りむいてますね。それに膝も。少し待っていてください。救急箱を持ってきますので」
「そんな、悪いわよ」
「そんなことありませんよ。逢、お婆さんを頼む」
「う、うん」
父君は車の中に入ってる救急箱を取りに向かう。
母様はお婆さんを一旦その場に座らせた後、散らばった荷物を集めて袋に戻している。
俺は何もすることができず、ただその場に立ち尽くしていた。
「はい。荷物は全部拾い集めました。入っていた卵はいくつか割れてしまってますけど」
「いいのよそれくらい。ありがとうねぇ」
「すみませんでした。どうもウチの子が驚かせてしまったみたいで」
「いいえ、そんなないわよ。それにその子、きっと私に危ないって教えようとしてくれてたんでしょう?」
お婆さんが俺の方を向いてにっこりと微笑んだ。
「ありがとうねぇ、僕ちゃん」
違う。
やめてくれ。
そんな笑顔を俺に向けないでくれ。
お礼なんて言わないでくれ。
そんなことをされる資格なんてないんだ。
俺は何もできなかった。
分かっていたのに――伝えられなかったんだ。
そんな役立たずの自分自身が情けなくて。
気が付けば俺は、俯きながらぽろぽろと涙を落とし続けていた。




