婿入りしようと思うのでモテる為に頑張ります。赤ん坊時代編4
「幸君、準備できたよ~」
日差しが強くなり、半袖が普段着になった夏始めの日曜日。
俺達家族は大型ショッピングモール『クオン』に出かけることになった。
父君は先にマンション用駐車場で車の準備をしていた。
「わかった。じゃあ二人共乗ってくれ」
「陽斗君、運転中は危ないから大人しくしててね」
「ぶぁい」
俺は後ろの席でチャイルドシートに座らされ、母様はその隣に座る。
「いいよ~」
「よし、それじゃあ出発」
運転席に座った父君がエンジンを掛けて車を発進させる。
父君は車に酔いやすい人が全然酔わないと言われるほど、安全かつ安定した運転ができる。
俺も数えきれないくらい父君の運転で出かけているからな。乗り心地の良さは保証済みだ。
マンション用駐車場を出てしばらくすると大きな道路と合流する。
そちらに出れば道路沿いに見慣れた飲食店やコンビニ、薬局のチェーン店などが並んでいて、休日らしく多くの家族連れや散歩中の人達が行き交っている。
俺はそんな窓の外の風景をのんびりと眺めていた。
「今日はクオンで何見るんだっけ?」
父君がバックミラー越しに母様へ尋ねる。
「ん~、まずはベビー用品が見たいかなぁ。陽斗君用の新しい夏服も欲しいし。あとね、フードコートに新しく入ったクレープ屋さんも気になってるからそれも食べたいかなぁ。それと――」
母様が楽しそうにつらつらと答えていく。
偏見かもしれないが、女性というのはショッピングが好きで時間を掛けるイメージが大きい。
母様もどちらかと言えばそちらの部類だ。
うろ覚えだが、前世でも母や妹の買い物に付き合わされた経験はある。
買い物に夢中になっている女性陣の言う『あと五分』というのは信用してはいけない。
あれは一時間の隠語だ。
何かしら対策――つまり暇つぶしを考えておかないと、一時間近く会話にも混ざれず、ただずっと立って待つ羽目になる。
「あ、幸君は何か見たいものある?」
「俺は調理器具が見たいかな。今使ってるフライパンがそろそろ寿命みたいだから、良いやつを新調したくてね」
「だったら蒸籠も買おうよ~。それで焼売とか肉まんとか作って欲しい」
「いいぞ。ならそれ用の食材も買っていこうか」
「やった~」
ほほう自作肉まんか。それは是非とも食してみたい。じゅるり。
父君は料理が趣味で休みの日にはその腕を振るってくれる。
正直そんじょそこらのお店より美味しい。
母様も料理そのものは父君から教わったものらしい。
現役アイドル時代の頃は毎日父君の料理を堪能していたんだそうな。羨ましい。
ふむぅ。
改めて見れば見るほど、父君はモテ要素の集合体みたいな人だ。
同乗者を快適に過ごさせるドライブテクニックに、女性の胃袋を掴む料理の腕前。
更にはスポーツ万能で気遣い上手、優しさ溢れる爽やかイケメンときた。
そりゃ元アイドルだってベタ惚れするわな。
今後とも父君は俺のモテ男教師として観察させてもらおう。
「幸く~ん、何か曲流して~」
「OK」
父君は運転席横のオーディオデッキを操作して音楽を流し始める。
『……あまずっぱオレンジ♪ 君に染まっていく♪ 夕焼けみたいな恋をしている♪ 「好き」って言えないまま、また今日も手を振るの♪ 青春はオレンジカラ~♪』
車内に弾けるようなポップメロディーが響き渡る。
聴き手の心を鷲掴みにするような透き通った、そしてどこかで耳にしたことのあるような馴染み深い声に俺は聴き入っていた。
ってこれ母様の曲やないかいっ!
「こ、幸君!? 何でこれ流すのぉ!?」
「たまたま入ってたのがこれだったんだよ」
「いや絶対ワザとだよね!? 絶対前もって入れてたよね!?」
「あはは」
「もー! あははじゃなぁーい!」
父君が母様の反応を見て楽しそうに笑う。
対する母様は耳まで真っ赤にして唇を尖らせていた。
この親共、息子を差し置いて自然にデート空間を作っていやがる。
俺はそんなイチャイチャしてる両親から視線を逸らし、窓の外を見ながら時間を潰した。
◆ ◆ ◆
「うわぁ、相変わらずすごい人」
「日曜日だから余計に多そうだな」
車を走らせることおよそ三十分。
俺達は目的地であるクオンに到着して店内に入ったところだ。
開店してまだ一時間も満たない筈なのに、店内には既に大勢の人達で賑わっていた。
このクオンはかなり広い部類に入るらしく、買い物を楽しめるショッピングスペースは勿論、映画館やボーリング施設、屋外には夏場限定で解放されるレジャープールもある。
人が密集するのも当然だな。
「さて、まずはベビー用品売り場だっけ?」
「うん。……あ、でもその前にちょっとだけあそこの雑貨屋さん見てもいい?」
「早速寄り道かい? まあ、時間もあるしいいか」
「えへへ」
やれやれ、やはり女性というのは本当にショッピングが好きだな。
待ちきれないのか、母様は一足先に雑貨屋さんに向かって歩き出していった。
「さ、俺達も行こうか。陽斗君、はぐれないようちゃんと手を繋ごうね」
「だぁい」
父君の大きな手に赤子特有の小さな手が包み込まれる。
男の子なら一度は憧れそうな、大きくてごつごつした手。だが大きいだけではなく、こちらをしっかりと守ってくれるだろう安心感があった。
やだ! 男らしい! 俺が女だったら絶対惚れてたと思う!
あ、でも佐藤だからそれはないか!
それにしても俺はともかく、それ以外はそうでもないようだ。
年齢を問わず、俺達の横をすれ違っていく女性の方々がチラチラと父君を見ているのが分かった。
……はいはい、ウチの父君イケメンですよ~。
残念ながら既婚者ですよ~。シングルファザーでは御座いませんので諦めてください。
それよりも横をとてちてと歩く俺を見て欲しいですな。実に可愛かろう。
可愛い子がいたら是非ともお近づきになりたいので苗字を教えて頂きたいですなぁ。
ちなみに佐藤姓は論外ですのであしからず。
なんてことを考えている間に、俺達は母様と合流を果たした。
母様は雑貨屋のガラスケース前で足を止めていた。
「ねぇねぇ幸君、このイヤリング可愛いくない?」
「おお、夏っぽくていいな」
「でしょでしょ? まあ高いから買いはしないけどね」
ガラスケースの中には、貝殻や水滴をモチーフにしたアクセサリーが並んでいる。
母様が指さしていたのは涼しげで透明感のある印象が強い、淡い水色をした水滴型のイヤリングだ。
その表面は店内照明を受ける度、夏の水面みたいにきらきらと輝いている。
お値段は、八千円越えか。この後の買い出しを考えると、確かに敬遠するくらいの値段だな。
「あ、すいません。ちょっとこれを見てみたいのですが」
「はい、かしこまりました」
父君が雑貨屋の店員さんに声を掛けてガラスケースを開けてもらい、先程から見ていた水色のイヤリングを店員さんから受け取った。
「逢、ちょっと動かないでね」
「え、ちょ、幸君」
父君は母様の返事を待たず、慣れた手つきでイヤリングを母様の耳元へと添えた。
「……うん、似合う」
「ほ、ほんと?」
「本当さ。浴衣とかにも合いそうだし、普段使いでも問題なさそうだ。何より――すごく可愛い」
「~~っ!」
母様の顔がみるみる赤く染まっていき、恥ずかしくなったのか、顔を両手で覆い隠す。
耳元で揺れる水色のイヤリングは確かに綺麗だったが、それ以上に照れている母様の破壊力が凄まじい。
店員のお姉さんまでめっちゃニコニコしている。
「じゃあこれ買おうか」
「えっ、いいの?」
「これも一期一会かもしれないし、逢が気に入ったならね」
「……ありがと、幸君」
まだ少し頬を赤らめながら、母様が嬉しそうに笑う。
その笑顔を見た父君もどこか満足そうだ。
改めて思うが、この両親はお互いのこと好きすぎる。
新婚か? いや実際まだ十分新婚みたいなもんだったわ。
「すみません、こちらを頂けますか?」
「かしこまりました。宜しければそのまま付けられていきますか?」
「はい。それでお願いします」
「ではお会計はこちらで」
そう言われて父君は店員さんと一緒にレジの方へ向かっていった。
「ねぇ陽斗君。陽斗君はどうかな? 似合ってると思う?」
母様が屈んで、イヤリングを付けたままの顔をこちらに向けてくる。
水色の揺れる装飾が、店内の照明を受けて小さくきらりと光った。
さっきまで父君に褒めてもらってたと言うのに、何で息子にまで訊くのかねぇ。
まあ訊かれた以上答えなければいかんでしょう。
こういう時何と言えば正解かは父君を観察して理解してきたつもりだ。
父君ならば迷いなく褒める。
自然体でさらっと、しかも言葉にわざとらしさがないようスマートに。
ならばそれを真似るのが手っ取り早いだろう。
模倣は成長の糧だ。
とはいえ赤ん坊なので、子供らしい言い回しにしないと不自然だ。注意しなきゃな。
よーしやってやる!
「しゅおくいえー! とえもちゅわいい!(すごく綺麗! とてもかわいい!)」
「……あ、うん。褒めてくれたんだよね? ありがとう」
くそぉおおおおおおっ!
セリフ自体は問題ない筈なのに、発音がダメすぎて伝わり切れてない!
何故だ! 適度な休息も入れながら練習量も増やしているというのに、全然上達してる気がしない!
口元の成長速度か!? ここの成長が大幅に遅れとるんか!?
流石に遅すぎませんかねぇこの体ぁ!
「だぁああああああっ!」
「うわぁ!? ど、どうしたの陽斗君! 違った!? もしかして褒めたんじゃなかったの!?」
褒めたよ! 当たり障りのない子供らしいセリフで褒めたんだよ!
でもそれを伝えられない自分の愚かしいお口に腹が立ってるんじゃあ!
くそぅ八つ当たりをしたい! どこかに、どこかに何かないかぁ!
「あ、や、やっぱり――あああ逢さん!」
俺が八つ当たり先を探そうとしていたところに聞いたことのある声が聞こえてきた。
声の方向を見ると、そこには抱っこ紐で赤ん坊を抱いた女性――桜庭柚葉さんの姿があった。




