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生まれ変わっても佐藤だったので婿入りしようと思います  作者: とおりすがりのもの
第一章

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6/10

婿入りしようと思うのでモテる為に頑張ります。赤ん坊時代編3

 生まれ変わって二年目。

 

 おぼつかなかった歩行もかなり安定するようになり、小走りや軽いジャンプならできるようになった。

 長距離移動以外では我が愛車であるベビーカーに乗ることも減り、おそらく来年には完全に乗ることはなくなるだろう。そう思うと少し寂しいな。


「陽斗く~ん。お昼ご飯できたよ~」


 キッチンで食事を作っていた母様からお呼びがかかる。

 俺は自力で食卓に向かい、俺専用の子供椅子に座る。

 

「今日のお昼は、じゃ~ん! 豆腐ハンバーグ~!」


 母様は俺の前にメインである豆腐ハンバーグ、そしてご飯と味噌汁を用意してくれた。

 鼻を伝ってくる優しい味噌の香りが俺の食欲を刺激する。


 歯もだいぶ生え揃ってきた俺は哺乳瓶も離乳食も卒業し、食べやすくしてもらった普通のメニューを食せる生活に変わったのだ。

 赤ん坊の舌だから離乳食も美味しく感じられたが、前世ぶりである普通の食事の味を思い出したら、もう離乳食には戻れんわな。


「はい、じゃあ手と手を合わせて、いただきます」


「びぃざっざきばずっ」


 ……俺は「いただきます」と発音したつもりだ。




◆  ◆  ◆  




 俺は現在進行形でかなり分厚い壁にぶち当たっていた。


 言葉の発音が上手くいかないのだ。


 最初は舌が回っていないだけだと思っていた。

 だが、違った。

 俺の脳内では完璧に「いただきます」と発音できている。なのに実際に口から出るのは、さっきみたいな謎の呪文だ。


 改善しようと日々、何度も何度も練習した。

 両親が寝静まった後も、二人を起こしてしまわないようひっそりこっそり行ったこともあった。


「うぇヴぃぞぉぼ、すぇんだぅぐぃ、ぶぁいふぁん(冷蔵庫、洗濯機、フライパン)」


 母音はなんとか合うようにはなった。

 だがちゃんとした言葉として喉から出てこない。

 出来うる身振り手振りや状況判断で、両親は俺の言ってることを理解しようとしてくれているが、それでも翻訳にてこずらせてしまっていることが度々ある。


 何でだ。

 前世では当たり前にできていたことが、こんなにも難しいなんて。


 この肉体に引っ張られすぎているのか、単純に口周りの筋肉の発達が他と比べて遅いのか、あるいはその両方か。


 母様も父君も焦らないでゆっくりやっていこう、と優しい言葉を掛けてくれているが、伝えたいことが伝わらないのはどうしても支障が出る。


 それに、モテ男になる為には相応のトーク力が必須事項な筈。

 いつまでも言葉の壁にぶつかってばかりではいられない。

 ここは練習量をもう少し増やして、自分を追い込んだ方がいいだろうか。


「こんにちは~」

「は~い、あら椛さんいらっしゃ~い」


 今後の方針を考えていたところで、下の階に住む佐藤椛さんが家にやってきた。

 ということはもちろん――


「はると。きた」

 

 やはり一緒であったか。佐藤陽菜。

 

 始めの頃はちゃん付で呼んでいたが、かなりの頻度で関わるので呼び捨てにすることにしたのだ。

 完全に女幼馴染ポジである。


「ママ、あっち」

「はいはい、陽斗君のところね。すみませんお邪魔しますね」

「どうぞ~」


 椛さんは腕に抱かれていた陽菜を俺の元まで連れてきた。

 サイドテールというやつだったか。昔と比べてハッキリとした色合いになった栗色の髪を左側に結んでいて、動く度に少し弾んでいる。

 こうして近くで見ると、俺の洞察眼も捨てたものではないらしい。 

 予想通り美少女に近づきつつある。

 まあ苗字が佐藤だから絶対に結婚はしないけど。


「はると、あそぼ」


 陽菜はそう言って、俺の目の前にちょこんと座り込んだ。

 ものすごく遊んでほしそうにこちらを見ている。

 くっ、そんな曇りのない瞳で真っ直ぐ見つめられたら遊ばざるを得ないか。


「あぞびゅ(あそぶ)」

「きゃははっ!」


 俺からの返事を聞いた陽菜は笑いだした。

 そうだった。こいつ俺の発音下手を容赦なく笑ってくる奴だった。


「もっかい!」

「………………」

「もっかいもっかい!」

「……あ、あぞびゅ」

「きゃはー! もっかいもっかい!」

「あぞ、あじょびゅ」

「きゃー!」


 拍手のように手を叩きながら大笑いする陽菜。


 ぐぬぅ、悪意がないのは承知の上だが、正直悔しい。

 自分が俺より早くカタコトながら喋れるようになったからって、なにも笑うことないじゃない!

 

「陽菜~、そんなに笑ったらダメでしょ~」


 リビングに移動して母様と談笑していた椛さんから注意する声がする。

 陽菜は「はーい」とだけ返事をして、すぐに俺の方を向く。


「もっかいもっかい!」


 返事だけすな! お母さんの言う事聞きなさい!


 あまり笑われるのもいい気はしないので、俺はそっぽを向いてだんまりを決め込むことにした。


「ぶー!」


 陽菜は頬を膨らませて不機嫌そうに空気を吹き出す。

 ぶーたれてもダメダメ。今日は店じまいよ。


 しばらくすると諦めたのか、陽菜はおもちゃ箱の方に顔を向ける。


「はると、つみき」


 陽菜はおもちゃ箱に入っていた積み木を指差して言う。

 積み木で遊ぼうということか。

 まあ、やりたいと言うのであれば仕方ない。

 気分転換の時に創り上げた古代神殿をお前に見せてやるぜ。


 俺は立ち上がり、積み木を取り出そうとおもちゃ箱の方へ歩いて行く。

 それを見た陽菜もおもちゃ箱の方へ移動する。


 ハイハイで。


「………………」

「なに?」


 ……確かめてみるか。


 俺は積み木を手に持ったまま再び歩き出す。陽菜も俺にそのままついて回り始める。

 その様子を見ながら、俺は足を止めずにあちらこちらへと歩き回り、徐々にスピードを上げて動き回ってみた。


「はると、まって」


 陽菜も俺の動きについていこうと追いかけてきている。だが決してハイハイをやめて歩こうとはしなかった。



 間違いない。こいつまだ歩けないんだ。



「……ぐぅふぇ」


 俺はきっと悪い顔で笑ったのだろう。


「はると?」

「だぁあああああっ!」


 俺は積み木を抱えたまま駆け足で動き回る。


「はると! まって!」


 陽菜が慌てて追いかけてくる。

 だが残念だったな陽菜よ。

 二足歩行を会得した俺と、未だハイハイ族のお前とでは機動力に圧倒的な差があるのだ!


「ふっ、ふっ、ふぇへへ……!」


 子供部屋を飛び出して廊下を突き進み玄関前でUターン!

 反対車線から接近してくるハイハイ族陽菜を難なく交わしリビングへ突入!


「陽斗君? 積み木持って何してるの?」

「何? 追いかけっこ?」


 母様達の周りをぐるりと一周し、更にソファの横を抜けてテーブルの脚を華麗に回避!


 おいおい何だこれは。

 前世では記憶が乏しくて味わえなかった、赤子視線でしか感じられないこの爽快な二足歩行チェイス。

 本気で童心に返ったように楽しい。

 まあ赤子なんだけどな!


「はるとー! はやいー!」


 後ろでは陽菜が顔を真っ赤にしながら、必死にハイハイで追いかけてきていた。


 ふははははっ! どうだ陽菜! 

 歩行という進化を遂げたこの俺の機動力はぁ!

 お前にはまだできまい! マジでずっとハイハイだもんなぁ!

 ちょっとばかし俺より早く喋れるようになったからって、調子こいてんじゃねぇぜぇええええっ!


「――っ!?」


 その瞬間だった。


 俺はいつの間にか下に落ちていた積み木のピースを踏みつける。

 バランスを崩した俺は、勢いのままリビングの床に顔面からダイブして鼻にダメージを受けた。

 抱えていた積み木が宙を舞い、ガランガランと派手な音を立てながら床中へ飛び散る。

 

 そしてその内の一つが、後ろから追いかけてきていた陽菜の頭に当たってしまった。


「陽菜っ!?」

「陽斗君っ!?」


 母様と椛さんが慌てて駆け寄り、俺達を抱き上げる。


「大丈夫!? どこ当たったの!?」

「ふぇ……?」


 陽菜はぽかんとした顔のまま、自分の頭に手を当てた。

 不意打ちだったせいか、何が起きたのか理解できていないらしい。椛さんに抱き上げられたまま瞬きを繰り返している。


「鼻痛いの!? 鼻血出してない!?」


 一方俺はというと、鼻に走る痛みに悶絶していた。


 痛でぇええええええっ!


 赤ん坊の身体ってこんなに痛みに敏感なの!?

 いや前世でも顔面ダイブなんてそうそうしなかったから普通に痛いだけかもだけど!


「陽斗君、お鼻見せて! 鼻血は、出てないみたいね。良かった~」


 良くないです痛いです! 


「陽菜、大丈夫? 痛い? ここ?」

「………………ぅ」


 椛さんが積み木のぶつかったところを擦る。

 その数秒後に陽菜の顔がくしゃりと歪み始めた。

 大きな瞳にじわりと涙が浮かび、唇がへの字に曲がる。



「うぇええええええええええええええええっ!!」



 泣き始めてしまった……。

 リビング全体に響き渡るレベルの盛大な号泣である。


「よしよし、大丈夫よ~!」


 椛さんが慌てて頭を擦るが、陽菜の号泣は止まらない。


「いたぁああああい!! うぇえええええええ!!」

「ご、ごめんね陽菜ちゃん! ほら、見せて! たんこぶできてないかな!?」

「はるとぉ!! いたぁああああああい!!」


 俺の名を呼んで泣き喚く陽菜。

 めちゃくちゃ怒っていらっしゃる。いやそりゃそうなんだけど。


 これは、完全に俺のせいだ。

 最近発音に悩まされてるのに、無邪気とはいえ、笑われたことに少なからず腹は立ててた。

 だから陽菜が歩けないのをいいことに、あちらこちら走り回って、優越感に浸ってはしゃいだ。

 

 その結果がこれか。


 陽菜は泣き止まないし、椛さんは必死にあやしているし、母様も困ったように眉を下げている。


 ――調子に乗ってたのは、俺の方だったな。


「……ごぇんみゃひゃい」

「……う?」


 俺は「ごめんなさい」と言った。

 やっぱり酷い発音だ。

 自分で言ってて泣きたくなるレベルで酷い。


 だが、そんな言葉を聞いた陽菜は泣きながらもこちらを見た。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、鼻をすすりながら俺を見ている。


「あびぃにゃ、ごぇむみゃさい(陽菜、ごめんなさい)」


 母様の腕に抱かれながら、俺は頭をできるだけ下げて陽菜に謝る。


 全くもって自分が情けない。

 モテ男を目指すなんて決意しておきながら、身近な女の子をこうも簡単に泣かせてしまうなんて――最低だ。

 

「ごめみゅあざぃ、うぉべんざざい」


 全然綺麗に言えないし、伝わらないかもしれない。

 でもせめて、俺が謝罪していることだけは、なんとか分かって欲しい。


「……ママ、おりる」

「え? う、うん」


 そう言われた椛さんはゆっくりと陽菜を降ろす。

 降りた陽菜はその辺に散らばっていた積み木の一つを手に取る。


「ていっ!」

「だぁ!?」


 陽菜は手に持った積み木を俺の頭に向けて放り投げた。

 赤子とは思えぬコントロールで見事な軌道を描いた積み木は、俺の頭頂部にゴツンと直撃した。

 運悪く角の部分が当たったので痛い。


「ちょちょ、陽菜何してるの!?」

「これで、あいこ! ゆるす!」


 陽菜は鼻をすすりながら胸を張った。

 涙でぐしゃぐしゃの顔なのに、妙に得意げな表情である。


「………………」


 俺は頭頂部を押さえながら固まった。

 まだ痛い。なんならまだ鼻も痛い。


 だが――


「ぷっ」


 最初に吹き出したのは母様だった。

 続いて椛さんも口元を押さえながら肩を震わせ始める。


「あははっ! もう、陽菜ちゃんったら!」

「あいこって……ふふっ」


 大人二人が笑い出したことで、張り詰めていた空気が一気に崩れた。

 陽菜は「なんでわらうの?」と言いたげに頬を膨らませている。

 俺も、なんだか毒気を抜かれてしまった感じだ。


 いやまあ、確かに。


 俺が泣かせて、俺が謝って、そしたら積み木をぶつけ返しておあいこ。

 やられたらやり返して終わり。

 実にシンプルな子供理論だ。


「ふっ、ふへへ」

「はると?」


 俺が笑い出すと、陽菜はきょとんと目を丸くした。

 そして少ししてから、つられるように笑い始める。


「えへへっ」


 くしゃくしゃだった顔が、雨上がりの晴れ渡った空みたいに明るい笑い顔に変わった。

 仲直り、完了ってところか。


「ああ、でもよかった」


 母様も安心したように胸を撫で下ろす。

 椛さんも苦笑しながら陽菜の頭を優しく撫でる。


「でも陽菜、人に物投げたらダメだからね?」

「はーい」

「陽斗君も、家の中で走り回っちゃ危ないからね」

「……うぃ」


 俺は小さく頷いた。



 その後、俺達は散らばった積み木を一緒に拾うことになった。

 陽菜はさっきまで泣いていたとは思えないくらいケロッとしており、積み木を一個拾う度に「はい!」と俺に渡してくる。


 俺も受け取って箱に戻す。

 地味な共同作業だ。

 ていうか陽菜、もう積み木遊びはいいんか。何もしてないんだが。


「はると」

「だ?」

「さっきの、もっかい」


 ……嫌な予感しかしない。


「あぞびゅ、いって」


 やっぱりそれかよ!

 陽菜は期待に満ちた顔で俺を見ていた。

 くそぅ、こいつまだ懲りてやがらねぇ。絶対また笑う気だ。

 だが先程泣かせてしまった負い目もある。

 ここで拒否するのは大人気ない気がした。まあ赤ん坊だけど。


「……あ、あぞびゅ」

「きゃははははっ!」


 爆笑。

 床をぺちぺち叩いての大爆笑。


 くぅ、やはり笑うのか!

 やっぱり悔しい! 早く俺も喋れるようになりたい!

 練習だ! 有無を言わさず練習だ! 

 死に物狂いで練習して、絶対見返してやるからな!

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