27. 甘い空間
終われませんでした。
デートは行く前の準備が楽しいのです。
「……」
「……なに?」
「!」
目の前にいる麗人は、うっすらと目を細めて私を見ているのです。
早朝、まだ陽も上がらない時刻にオーキッド様が迎えに来てくれました。馬車は2台で、前の馬車にはお付きの召使いが乗り込んでいて、後ろの馬車にはオーキッド様が乗って来られました。
正直言って、昨夜は良く眠れませんでした。だって、いくらお仕事とは言え男性とお出掛けする訳ですし、それもあの、アノ、オーキッド様ですよ?
私は馬車での遠出という事で、ゆったりしたワンピースをチョイスしました。目的地が学術都市の建築現場ですから、余りヒラヒラフワフワしたドレスでは相応しくないと思い、急遽メゾン・ド・カレムのレディ・パトリシアに相談しました。
さすが、流行最先端のデザイナーさんですわ。店内にあったワンピースの中から、私に似合うデザインを持ってくると直ぐにコーディネートをしてくれました。
ワンピースは、パッと見るとブラウスとスカートに見えますけれど、ウエストの部分が繋がっていてるのですわ。ブラウスはスタンドカラーに控え目なフリルが付いていて、袖のカラーにも同じくフリルが付いているのです。そして、襟にはリボンを通せる工夫もされていますわ! スカート部分だって、何でも『巻きスカート』 なるデザインで、足さばきも楽ですし場合によっては、騎乗にも適しているという事ですから、動くのにもすっごく楽です。長さもブーツとのバランスもバッチりです!
「で、襟のリボンは、濃い目の若草色にしましょう。白のブラウスにも良く映えますわ。スカート部分のチェック柄に若草色が入っていますから、上着にはこちらのショート丈の物を合わせて、帽子はコレですわ。これでバッチリです」
レディ・パトリシアの指示に従って、アシスタントのお針子さんがトルソーにワンピースを着せると、シュルリとリボンを結びます。そして、上着と帽子を受け取ると手早く着付けました。
「うーん。少し帽子が大きいかしら? カレン様、ちょっと帽子を被ってい頂けませんか?」
トルソーの前で仁王立ちになっていたレディ・パトリシアが、トルソーの帽子を私に差し出します。
「こうかしら?」
受け取って帽子を頭に載せます。若草色のツバの広いそれは、ほんの少し私には大きい感じですわ。
「うーん。やっぱり大きい感じですね? それに、カレン様の顔の大きさに比べると縁も大きいです。もう少し小さくて軽めの方が衣装とも合いますわね。そうだわっ!」
独り言を呟いていたレディ・パトリシアは、部屋の隅に積まれていた箱の中から一つの箱を探し出しました。
「コレが良いと思いますわ。今の時期の外出にぴったりだすし、衣装とも合いますわよ。何より、カレン様の雰囲気にもベストマッチのはずです」
箱の中から、天辺が平らにプレスされたツバのある帽子を出しました。麦わらか何かの素材で出来た軽やかで涼しそうな帽子です。
「ほら、この形が良いですわね。サイズも丁度良いし。リボンを付け替えて、スカートのチェック柄と合わせますわ。とってもお似合いになると思います」
そんな風に、新しい衣装の準備をしている私に、お母様は何か楽しそうな顔をしていましたけど。あの笑顔は何でしょうか? 仕方ないでしょ? 工事現場の見学何て、幾ら何でもドレスじゃいけませんでしょ? 長時間馬車に揺られての外出に、堅苦しいドレスじゃ疲れますでしょ?
ええ、深い理由なんてありませんわよ!
「今日は、また雰囲気が違いますね? それもレディ・パトリシアの物ですか?」
正面のオーキッド様は、略式の騎士服を着ています。略式と言っても金糸の刺繍がこの前の物より少ない位でしょうか? 仕立ての良さは当然ですが、何よりも禁欲的な軍服がお似合いなんですわ。今日も黒髪は緩く結んでいますけど、一筋だけ前髪が垂れているのが何とも艶めかしいです!
おっと、いけません。質問を無視してしまいそうでした。
「あ、はい。今日の外出用に選んで貰いました」
「そうですか。わざわざこの日の為に? それは嬉しいですね。いつもと違う貴女を見られるなんて光栄です。とても良くお似合いですよ」
「あ、あの、ありがとうございます」
にっこりと微笑まれて、上から下まで見られます。うっ。は、恥ずかしいです!
「あ、オーキッド様も素敵です。今日はドレスでは無いのですね? ドレスもお似合いですけど、騎士服もとってもお似合いです」
これは本当の事です。確かにドレス姿も目が眩む位素敵ですけど、やっぱり騎士服の方が素敵に思えるのは私が女性だからでしょうか。
「貴女にそう言って貰えると嬉しいですね。今日は貴女をお護りする騎士のつもりですから。貴女に何かあったら、私はミラノ侯爵から殺されますし、夫人からは骨の欠片一片すら残さず消滅させられるでしょうからね? まあ、誰であっても貴女に危害は与えさせませんよ。私がいるのですから」
始終ご機嫌そうに見えるオーキッド様は、そう言って再びにっこりと微笑みます。ああ、眼が潰れそうな程の眩しさせです。
馬車が走り始めてから暫くして、朝陽が街道を照らし始めました。
学術都市は、隣国との国交の場でもある為、王都からは少し離れているのです。元々はメルト国の避暑地に近い地域を広域的に学術都市として、大学や図書館、博物館に美術館、そして劇場を建設しているのです。新たな社交の場として考えられて要る為、ホテルやレストラン等も出来る予定ですって。あの近くには大きな湖もあって、シーズンには随分賑わうらしいです。
「そうなのですか? 湖があるなんて知りませんでした。きっと素敵なんでしょうね?」
オーキッド様の説明を聞きながら、見たことの無い風景に思いを馳せて、私はほうっと溜息を吐きました。
「ええ。とても良い所ですよ? 時間があれば寄りたい所ですが、今日は難しいでしょう。また後で来ましょう。ご案内しますよ」
オーキッド様はそう言うと、春も花が咲いて綺麗だとか、秋の紅葉の時期も素晴らしいとか、湖に行くのは何時がいいかと独り言を言っています。
あの、オーキッド様は、私と、またご一緒して下さるつもりですか?
首を傾げてブツブツと呟いているオーキッド様が、何だか可愛らしく見えて来ましたわ。それは、私より年上で、立派な騎士様ですけど唇に指を当てて考え込んでいる姿が、微笑ましく見えるのですもの。
ああ、いけません。自然と口元が綻んでしまいます。
「ん? カレン嬢? 何か可笑しなことがありましたか?」
私の視線に気付いたオーキッド様が、ふと目線を上げて私を見ました。じっと見られていたのが恥ずかしかったのか、少しだけ目元が赤くなった様に見えましたけど。
「いいえ。何だか、嬉しくなってしまって」
「嬉しい?」
「はい。オーキッド様が私を湖に何時連れて行こうかと、考えて下さっているでしょう? それが、とっても嬉しく思えまして」
これは本当の気持ちです。
すると、オーキッド様は、驚いた様に目を丸くしました。えっ? そんな驚くこと言ったかしら? 可愛いと思ったとはさすがに言えませんわよ?
「つまり、貴女は私のお誘いに応えて下さるという事ですか? 私と、この後も湖に一緒に行って下さると思って良いのですか?」
ええ。だって、お断り何てする理由がありません。それに、オーキッド様とのお出掛けはとても楽しいと……思っている自分もいますもの。
「……はい。オーキッド様がお誘いして下さるなら」
「そう? それは嬉しいな。ありがとう、カレン嬢」
とても嬉しそうに微笑むオーキッド様。きっと私の顔は赤くなっていたと思います。だって、蕩ける様な視線は、じっと私に注がれたままなのですから。
建設現場へ向かう途中、馬車は見晴らしの良い街道の脇に停車しました。
「カレン嬢、お腹が空いたでしょう? 朝食にしましょうか。この辺りは景色も良いですから、少し休憩しましょうね」
馬車の扉が外から開かれると、オーキッド様がすくっと立ち上がり先に馬車から降りました。
「さあ、カレン嬢、お手をどうぞ」
オーキッド様は私に手を差し出して下さいました。暫く馬車に乗っていたせいで、身体がギシギシして少しぎこちない動きになっていたのでしょう。
「あっ!」
馬車の降り口から、うっかりバランスを崩してしまいました。
「おっと。大丈夫?」
素早い動きでオーキッド様が支えて下さいます。でも、支えてくれるというよりは、前につんのめった私を正面から抱き締めている感じです。
ひえぇええええええっ!?
抱き締められた私の顔は、オーキッド様の胸に顔を埋めています! ああ、スッキリとしたユーカリの香りが鼻をくすぐります。大人の男性の香水でしょうか。
「あ、あの、ご、ごめんなさい。少しヨロケテしまって、そのっ、オーキッド様、もう、大丈夫ですから。あの、は、離して下さいな?」
しっかりと背中まで回された腕は、離れる気配が無くやんわりと、それでいて力強く回されいる様な?
きゃぁああっ。従者の方々から丸見えではありませんの!?
「もう、貴女は目が離せないね。転んだら大変だから、このまま運んでしまおうかな」
耳元で聞こえる声が、何だかとっても楽しそうに聞こえますけど? そそっかしい私に呆れ笑いですか?
思わず顔を上げてオーキッド様を見上げます。
「っつ……!」
体勢的に上目使いで見上げると、オーキッド様は何か言いたそうに私を見ましたけど……
「ああ、もう! カレン嬢、失礼しますよ?」
そう言って、私を横抱きしました。おおう!記憶にはありませんけど、多分2回目のお姫様抱っこです!?
「いや、あの、オーキッド様! 大丈夫ですから! お、降ろして下さいませ!」
慌てて降りようとしますけど、どこにそんな力があるのか、強い力でがっちりと抱かれていています。さすが騎士様です! ああ、感心している場合ではありませんよ。
「駄目。降ろさないよ。全く危なっかしいね? 貴女にはハラハラ、ドキドキしっぱなしだよ」
クスクスと笑いながら、軽々と私を抱いて大きな樹の下に誂えたミニテーブルの近くまで歩いていきます。時折、私の顔を見ては相変わらず優しく微笑むオーキッド様。
「あの、ありがとうゴザイマス」
ああ、私変です。やっぱり変です。こんな気持ち初めてです。
だって、オーキッド様が眩しくって、温かくって……
このままずっと、時が止まれば良いのに。
何て、思っていますもの!
終わる終わる詐欺です。
本編をあと1話、その後に
番外編を数話投稿予定です。
楽しんで頂けたら嬉しいです。




