26. 辺境伯のお願い!
本日2話目です。
お間違えの無いように。
花束を受け取ると、オーキッド様はにっこりと微笑まれてお母様の方に向き直しました。
「侯爵夫人、今日はお時間をお取り頂いてありがとうございます」
オーキッド様はそう言ってお母様に礼を執ります。背の高いオーキッド様が膝を折ると、長い髪がさらりと流れて何とも言えず艶やかな感じがしますね。
お母様も笑顔で片手を差し出していますけど、何でしょう? 何か二人の間にチリリとした空気が漂う感じが……
「今日伺ったのは、実は是非ともお力添えを頂きたく、お願いに参りました」
背筋を伸ばしてそう言うオーキッド様は、先日お会いした時の様な砕けた様子は見えません。
「まあ、オーキッド様に私どもが、力添え出来る事などございましょうか?」
お茶を薦めながら、お母様もゆっくりと答えます。
「はい。国中見渡しても中々ご相談出来る方がいなくて、困っていたのですよ」
国中って、オーキッド様の真意が解りませんわ。そんな大それた事に、どんな協力が出来るのでしょうか。
「侯爵夫人は、私がアレッド王太子から特命を承っている事はご存じですか?」
オーキッド様、お茶を飲む姿もお美しいですわ。
お母様は頷くと、学術都市計画の事でしょう? と相槌を打ちました。ええ、数年がかりで計画されている隣国との共同事業ですわよね? 私でも知っている国家計画ですもの。
「ええ。そうなのです。本来ならば辺境の地で引き籠っている私ですが、縁あってその大事業の取り纏めをしているのです。中々に大仕事なので、沢山の専門家の皆様からご協力を頂いているのです」
「そうなのですか。大変なお仕事ですわね。さすが、学生時代から優秀と誉れ高かったオーキッド様ですわ。すこぶる順調だと、お噂は伺っていますけど」
「お陰様で。でも、一つ気になっている事がありましてね」
「気になっている事。ですか?」
ついつい聞いてしまいました。だって、オーキッド様の形の良い眉が、ほんの少し顰められたのが見えましたから。
「ええ。そうなのです。それで、お二人にご相談と言うか、協力をして頂けないかと思いまして」
もしかして、いよいよ本題に入るのでしょうか。
「まあ、どんな事かしら」
お母様が促すよう答えましたわ。
「学術都市に造られる大図書館の、図書選定委員の一人になって頂きたいのです。カレン嬢に」
「「図書選定委員?」」
お母様と私の声がハモリました。
「ええ。膨大な蔵書を置くことになる大図書館の図書選定には、老若男女の選定委員を選ばねばならないのです。
しかしながら、お若い女性の選定委員が見つからず困っておりました。図書に深い理解と、幅広い知識の必要性を感じ、真面目にご協力下さる方をずっと探していたのです。
困っていたところに偶然、カレン嬢とお会いしてお話ししたところ、大変図書に造詣が深い事を知りましてね。聞けば何と言ってもカレン嬢は、この国きっての才媛との事、申し分ないのでは無いかと思いまして」
「ほほほ、随分と娘を買って頂いている様ですけど、そんな重大なお役目が娘に務まりますかどうか」
お母様はチラリと私に目を向けましたわ。
「カレン嬢にしか頼めない役目だと思っています。是非ともご協力をお願いしたいのです」
オーキッド様が姿勢を正すと、お母様に向かって頭を垂れました。うそ! この方が頭を下げてまで私にお願い事をするなんて!!
「オーキッド様、顔をお上げになって……カレン、貴女はどうなのですか? 国を挙げての事業の一役を担うのですよ?」
さすがにお母様も驚いたのでしょう。オーキッド様に顔を上げさせると、私に向かって言いました。
確かに、大きな責任ある役目です。正直どうすれば良いかなんて、今の時点では判り兼ねます。でも、隣国との共同事業で、大好きな図書に関われる事は、物書きの端くれとしても大変興味のある役目だと思います。
だって、国家予算を投じての図書館ですわよ? きっと歴史に残る素晴らしい図書館になるはずです。それに協力できるなんて、物凄く光栄な事では無いですか?
私は、意を決して答えます。
「もし、やらせて頂けるならばやってみたいです。私に出来るかどうか、不安はありますけど」
「本当ですか? カレン嬢」
立ち上がったオーキッド様が、私の前で膝まづきました!
「えっ!?」
思わず目を見開いて、オーキッド様の顔を凝視してしまいました。
「受けて下さいますか? 本当に?」
「はい。私に出来る事ならば」
じっと見詰められているせいか、頬が熱くなってきたのが判ります。きっと、私の顔は赤くなっているでしょう。
「侯爵夫人。カレン嬢からは了承を頂きましたが、如何でしょう。お許し頂けますか?」
膝まづいたまま、オーキッド様はお母様の方に顔を向けました。じっと見詰め合う二人の間には、妙な緊張感の糸が張っています。気のせいでは無いですわ。
「……カレンがそう言うならば良いでしょう。一度承った役目は、侯爵家の名に懸けてもやり遂げなさい。お父様には、私から言っておきますから」
お母様はほっと息を吐くと、にっこり微笑んでそう言いました。まるで、自分の思い通りになったと安心した様に見えましたよ?
「ありがとうございます。これで選考委員が全て揃いました。侯爵家のご協力に感謝致します。カレン嬢、これからよろしくお願いいます」
オーキッド様はそう言って、膝の上に置いていた私の右手を執ると手の甲に唇を寄せたのです!!!
「あ、あのっ!?」
チュっとキスをされて、咄嗟に手を引きそうになりましたけど……出来ませんでした。だって、キュッと握られた力は、その笑顔からは想像できない程強かったのですから。
目を細められて、滲むように微笑まれると胸の奥がキュンとなります。美形の憂い顔? は何て罪作りなんでしょうか。私の様な地味で枯れた小説オタクにも、ときめきを届けて下さるなんて、美しい上に尊いお方でしょう。
「それから、これは私的なお願いなのですけど……」
手を握ったまま、オーキッド様が私を見上げます。これ以上、何を?
「私の劇場の手伝いもお願いしたいのですけど。如何ですか?」
多分、私の顔は間抜けな顔だったと思います。劇場? 私的なお願いって、劇場、ですか?
何でもオーキッド様は、学術都市の中に大きな劇場を建設しているのですって。学術都市には多くの大学が設立される予定で、美術や芸術から医術、薬学迄の幅広い学びの場になるそうです。そして多くの学生の育成や、著名な芸術家の招聘の為に立派な劇場を建設しているのですって。
「芸術に造詣の深い夫人ならば、興味を持って頂けると思います。因みに、支配人兼俳優には夫人もご存じの、カルバーン・ハイドが着任予定です。新劇場の杮落としは彼にやって貰います。今から楽しみにして下さい」
お母様は驚いた様に目を丸くすると、すぐに表情を改めてこれまた完璧な淑女の微笑みを浮かべました。傍から見るとお見事ですわ。
「まあ、カルバーン様が。そう言えば、彼は貴方とは懇意でしたわね? 再び彼の舞台を見る事が叶うなんて素晴らしいわ。とても楽しみですわ。カレン、貴女はお手伝いするの?」
そこで、はたと気が付きました。もしかして、オーキッド様がお願いと言っていたのは、選考委員の事じゃなくて、こちらのお手伝いの事じゃないでしょうか? そんな感じがしてきました。
「カレン嬢、如何ですか? 私を手伝って下さいますか?」
ずーっと握られたままの手を、再度きゅっと握られました。やっぱり、こちらの方が本題なのでしょう。
「判りました。私に出来る事でしたら、お手伝いしますわ」
それこそ、何を手伝うのか見当も尽きませんが、出来る事ならお力になりたいです。
嬉しそうに頷くと、オーキッド様はお母様に向かって言いました。
「それでは、大図書館と劇場を見学に行きましょう。夫人、カレン嬢と外出することをお許し頂けませんか?」
お母様がうっと言葉に詰まったのが判りました。だって、侯爵家の名に恥じ無い様に協力しろと言った手前、現地の見学をノーとは言えなくなりましたのね?
「今度の金曜日、早朝にお迎えに参りますね」
物凄い笑顔でそう言ったオーキッド様のお顔が……眩し過ぎます!
ええそうです。
そんなこんなで、今、私はパルマン辺境伯の馬車に乗っているのです。
目指すは、学術都市建設現場。なのですわ。
ブックマーク、誤字脱字報告
ありがとうございます。
そして、前話の冒頭に戻るという感じです。
次話で完結できるかな?
楽しんで頂けたら嬉しいです。




