25. 辺境伯と令嬢と花束と
さすがに終われませんでした。
もう少し、お付き合い下さいませな。
カレンさん目線です。
「大丈夫? 眠かったら遠慮なさらず寝て下さって結構ですよ」
目の前には麗しの辺境伯が、にっこりと微笑んでいます。ああ、うっすらと差してきた朝日が辺りをほんのりと染めて来ています。
今、一体どんな状況ですって?
はい。私とオーキッド様は向かい合わせで馬車に乗っていますの。
◇◇◇◇◇◇
オーキッド様が私の手帳を届けて下さったあの日から、何だか色んな事が変わってきました。
まず、夜会やお茶会のお誘いがとっても多くなったのです。確かに、今までも社交界の情報通ミラノ侯爵夫人の娘として、数多くのお呼ばれを受けて来ました。でも、ここ数日はエスコートのお誘いが凄いのですわ。今までの私には、特に決まってエスコートをして下さる男性はいませんでした。この年で婚約者もいないですし、お付き合いを申し込んで下さるような奇特な方もいませんでしたから。
だって、地味。目立たない。普通。霞んでる。埋もれてる……それが私への評価だと思いますから。
それは面と向かってそう言う不躾な事を言う方はいませんでしたよ。仮にも侯爵家令嬢ですし、お母様の社交界での影響力? とかのお陰で。
そんな私にですよ? ここ最近のお誘いの数は未だかつて無かった事なのです。それも、あのタンザール侯爵家の夜会の後からです。
ナンデ? 何ででしょうか。あの日の私は、外向けには『体調不良で夜会中に倒れた』ことになっていますが、実際はシャンパンの飲み過ぎで酔っ払って意識を飛ばした娘ですわよ?
ご令息方の目に留まるようなアピールもしていないです。まあ、ドレスはレディ・パトリシアのお陰で素晴らしかったと思いますけど。
それに、あの日だってオーキッド様とクラウス様、ルシェール様位としかお話しもしていませんし。思い出しましたけど、ダンスだって誘われてもいなければ、踊ってもいませんよ!?
一体、何が原因なのでしょうか? 謎です。それとも、何か罠なのでしょうか?
とにかく、あの日から沢山のご招待受けているのですけど、珍しくお母様が何の興味も示さないのです。差出人をご覧にはなりますけど、エスコートのお誘いにはことごとくお断りをしています。一応、私にもそれらは見せて下さいますけど、私に選択権は一切ありませんので。
今の私は、オーキッド様とのお約束、金曜日の事で頭が一杯です。だって、オーキッド様はどこか遠くにある何かを私に見せたいとおっしゃっていたのです。
何かって何でしょう? 持ってくることも出来ないと言っていましたけど。
朝早く出掛ける為、お母様に許可を頂くから待っていて欲しいと言っていましたわね。それまで黙っていてね。とも念押しされましたけど……
オーキッド様は、私がビビアン・ビルドレッドで小説を書いていることも、ご自身を勝手にモデルにしている事も黙って許可をして下ると言いました。私にとっては作家であることもモデルであることも容認して下さるのは、とっても有難いです。でも、オーキッド様にとっては何もメリットが無いですわよね?
「カレン、オーキッド・フォン・パルマン辺境伯がこれからいらっしゃるそうよ。貴女にも同席して欲しいとおっしゃっていますからね」
お母様がそう言って、一通の手紙を渡してきました。
手触りの良い上質の封筒の上に置かれた、一枚のカード。多分ご本人が書かれたであろう文字は、お美しいお姿同様に綺麗な文字ですわ。綺麗な方は、どこもかしこもお綺麗なのかしら。
「はい。判りました」
何やら意味深な目で見られている様な気がしますけど?
「カレン。オーキッド様がいらっしゃる理由を、貴女は知っていて?」
「いいえ」
あら、いけない。返事が早すぎましたわ。お母様の目がキラリンと光ったのが判りました。
「本当? 先日オーキッド様は、貴女に忘れ物を届けて下さっただけでは無いのでしょう? まあ、いいわ。言いたく無いのであればそれでも構わないけれど、貴女はオーキッド様の事をどう思っているのかしら?」
「ど、どうって?」
お母様は一体何を聞きたいのでしょう。私がオーキッド様をどう思っているかなんて、決まっていますわ。
『小説のモデルと思っていますわ。あんなに作家心をそそる、希少キャラクターはありませんもの』
とは、口が裂けても言えません。
「ドレスのデザイナーが一緒なのですって。あの若草色のドレスのメゾンが、オーキッド様御用達のメゾンだったのですわ。その関係で、先日もお話しさせて頂きましたから……女友達? といったところでしょうか」
お母様に封筒とカードを戻すと、そう答えて小首を傾げました。
「……そうですか。まあ良いでしょう。オーキッド様が何の御用で見えるかは判りませんけど、楽しみに待っていましょう」
何とか誤魔化せたでしょうか。やれやれと思った一瞬の隙でしたわ。
「ところで、貴女とオーキッド様の噂が凄いことになっているわよ?」
ああ、もう! 苦笑いしか出来ませんよ!!
それから数時間後、オーキッド様がいらっしゃるとの前触れが知らされると、お母様は興味津々に私の反応を見ています。
「あら、素敵ね。そのドレスは初めて見るかしら?」
先日、メゾン・ド・カレムに行ったときに買ったワンピースドレスです。午後のお茶の時間にはピッタリな、若草色の小花が刺繍された軽やかなワンピースドレスです。スカート部分のシフォンがふんわりとしていて、座っていても綺麗なラインが出ていると思います。
「はい。オーキッド様と同じメゾンのデザイナーの物です」
「そう。とっても良く似合っていてよ。最近の貴女はとても綺麗になったわね?」
「メゾンのお陰ですわ。私に似合う物を誂えてくれますから」
本当に有難いです。レディ・パトリシアには感謝ですわ。
「ふふ。それだけでは無いように思いますけど。まあ、無自覚なのも貴女の良い所なのよね」
はて? 何を言っているのかしら?
そんな事を話していると、執事のモルダーが来客の訪問を知らせに来ました。
「オーキッド・フォン・パルマン様がおいでになりました」
モルダーの後ろから、長身の人影が部屋に入ってきました。
「こんにちは。ミラノ侯爵夫人、カレン嬢」
おおうっ!?
『宵闇の王子』 様、参上です!
そこには、明るく艶のあるグレイの上着に、黒い絹のドレスシャツに黒のスラックス。磨かれた黒のブーツ姿のオーキッド様が立っていらっしゃいます。
今日の出立に合わせて、この前の騎士服では下ろしていた長い髪は、緩くまとめられて肩先から胸の前迄垂らされています。ああ、髪を纏めているのは、上着の共布で出来たリボンではないこと? それも繊細な刺繍が黒糸でされていますわ。
まるで、宵闇の王子様。騎士姿とはまた違った凛々しい美しさですわ!
「御機嫌よう。カレン嬢、貴女にこれを」
そう言ってオーキッド様は、ふわりとリシアンサスの花束を差し出しました。白と淡いグリーンが上品に纏められた美しい花束です。
こんな素敵な花束を初めて頂きましたわ!
「まるで、貴女の様でしょう?」
「!?」
優美に目の前で微笑まれて、目が離せなくなった……私です。
ブックマーク、誤字脱字報告
ありがとうございます。
もう少しお話が続きます。
お付き合い下さると良いのですが……
感想なども頂けると嬉しいです。
恋愛に不慣れな二人は
甘ジレるのかしら?
楽しんで頂けたら嬉しいです。




