28. 二人
本編完結です。
お付き合い頂き
ありがとうございました。
「これも食べて? ほら口を開けて」
何の拷問?
「あの、オーキッド様、自分で食べられますから! お、お気になさらず!」
向かい合って囲んでいるミニテーブルの上には、一口大にカットされたサンドイッチがあります。色とりどりの具材がサンドされたそれは、見ているだけでも心がウキウキしそうな感じです。
「本当かなぁ。じゃあ、これは何か判る?」
「玉子サンドですね」
「じゃあ、これは?」
「ターキーとレタスでしょうか」
「このオレンジ色のは?」
「それは……チーズですね」
「これはどう?」
「あの、オーキッド様! これでは食べられません。具材当てをしていたら、何時までも食事が終わりません。折角ですから、ちゃんと頂きましょう? ほら、スープもとっても美味しそうですわ」
席に着いてからずっとこんな調子なのです。ミニテーブルは可愛らしいクロスが敷かれ、サンドイッチが詰められたバスケットと、カットされたフルーツが美しく盛られたボール、湯気の立つ金色のコンソメスープが載せられています。コンソメスープの良い香りに、思わずお腹が鳴ってしまいそうですわ。
「そうだね。このままだと遅くなるばかりだね。じゃあ頂こうか? カレン嬢、どうぞ?」
テーブルセッティングしてくれていた従者達に、後は自分がするからお前たちも食事をしてお休むようにと声を掛け、オーキッド様は保温ポットから、香りのいい紅茶を注いでくださいましたわ。自らサーブして下さるなんて、恐れ多いのですけど!
「どうぞ」
「はい。ありがとうございます」
手渡されるカップを受け取ると、一口そっと口に含みました。爽やかなオレンジの香りがする紅茶は、スッキリとした味わいで、喉を潤してくれました。
その間もオーキッド様は、バスケットから数種類のサンドイッチをお皿に取り分けて、私の前に置いていきます。瑞々しいレタスや、ふっくらとした炒り卵の黄色が美味しそうですわ。
「いただきます」
パクリと玉子サンドを頬張ります。一口サイズのそれは、柔らかな白パンの甘みと玉子の塩味が絶妙なハーモニーを奏でます。ああ、なんて美味しいのでしょう。この玉子を和えているソースが効いているのですわ。
もぐもぐとサンドイッチを食べていると、ふと視線を感じて目線を上げました。
「!?」
嫌ですわ。オーキッド様は肩肘をテーブルについたまま、私をじっと見ているじゃないですか!?
何ですの? 恥ずかしいです! 食べている所をじっとご覧になっていたのですか?
結局、オーキッド様はのらりくらりと私をかわして、楽しそうに食事を続けさせました。ええ、私の抗議さえ微笑みながらですよ! デザートのフルーツを頂く頃には、
「じゃあ、お詫びにこれあげるね?」
そう言って、苺を摘むと私のお皿にポイっと入れました。私を揶揄ったお詫びが苺一つとか。随分じゃありませんか? まあ、苺はとっても甘くて美味しかったですけど!
精神的に少し削られた朝食を終えると、再び馬車に乗って現地を目指します。
「この調子だったら、昼前には着くかな。お腹いっぱいになったら眠くなるでしょ、眠ってい良いからね?」
どこから出したのか、馬車の中には沢山のクッションが載せられていました。少し硬めの筒型の物や、背もたれに出来る柔らかくて大判の物などです。
「ああ、このクッションはね前の馬車に入れてあったの。長時間の移動の時は必要だからね。これはね、こう使うの。ちょっといい?」
オーキッド様は立ち上がると、大きなクッションを持って私の隣に座りました!
な、何ですの!? ち、近いのですけど!
「ちょっと、失礼するよ?」
そう言うと私の肩に手を添えて身体を前に起こし、背中と壁面の間にクッションを当て、別のクッションを腰の辺りにも押し込みました。
「そう、それで一回座り直して」
少し腰を浮かせて座り直すと、おお! さっきよりずっと楽です。
「でね、これを肘宛てに使うと丁度良いよ」
筒状のクッションを脇にセットして、私の肩を自分の方に傾けました。
「ねっ? こうすると随分楽でしょ?」
クッションを挟んで、私とオーキッド様は並んで座っています。確かに、これは楽ですけど……
「ああ、ゴメンね。狭いよね」
オーキッド様は再び正面の席に戻ると、にっこりと微笑んで私の様子を見ています。
何か、甘やかされてる?
「そろそろかな。カレン嬢、起きて?」
優しく肩を揺さぶられ、ふわふわと意識が上昇してきます。
「はっ!? わ、私ったら眠ってしまいましたか!?」
はっきりと目が覚めました。確か窓の外を眺めながら、他愛もないお話をしていたと思いますけど。いつの間にか眠ってしまったのでしょうか。
「ううん。そんなには眠っていないよ? 30分位かな」
「さ、さんじゅっぷん。も、ですか……」
ああ、呆れてしまいます。人前で、それも男性の前でうたた寝をしてしまうなんて! 恥ずかしいどころの話ではありません。お母様に知られたら、何と言われるか!
「ごめんなさい。載せて頂いている身で居眠りなど……お恥ずかしい限りです」
居た堪れない気持ちで謝ると、くすりとオーキッド様が笑うのが判りました。そうですわね、可笑しいですわよね。
「可愛らしい寝顔を見せて頂きましたよ。ご褒美ですね。でも、余りに安心されている様なので、悪戯しそうになりました」
「い、イタズラ?」
思わず私は顔をペタペタと触りました。何か付けられたり書かれたりしていませんか?
「ふふふ。してませんから。でも、私以外の男の前で、そんな無防備な姿はお止め下さい。どうなるか判りませんよ? まあ、そんな事は私が絶対させませんけど」
悪戯を仕掛ける様な目でそう言うと、馬車の窓から外に視線を向けました。
「さあ、着いたようです。行きましょうか」
「うわぁ! 凄い! 何て大きさなのでしょう!!」
オーキッド様に手を取られて、工事現場を案内してもらいます。
実は、馬車を降りてからずっと手を繋がれています。理由は、危なっかしいから。だそうです。手を繋がなければ、抱き上げるというですよ? どんな二択ですか? 頑として譲らないオーキッド様に、遂に根負けして手を繋ぐことで折り合いを付けました。長い指はしなやかそうに見えましたけど、やはり騎士様ですね。大きくて思いのほか、がっしりした手でした。
工事現場というには、余りにも広域的なエリアです。幾つもの大きな建物があちこちに建設されていて、まるで一個の街を作っている様に見えます。まあ、確かに都市計画というからには大規模な物なのですけど。
こんな大きな事業の陣頭指揮を執っているなんて、オーキッド様はどれだけ優秀な方なのでしょうか。こんな方が、辺境のご領地で長く引き籠り生活をしていただなんて、一体どんな理由があったのでしょうか。
「カレン嬢、どうしました?」
きっと、私は変な顔でオーキッド様を見詰めていたのでしょう。
「ううん。何でもありませんわ。こんな事業を指揮しているオーキッド様は、凄いなと感心していたのですわ」
見上げて答える私に、オーキッド様は目を丸くしました。
「本当?」
「はい。実際に目で見ると、この事業の大きさが判りますもの。これを纏めているなんてオーキッド様は凄いです」
「貴女から、そう言われるのは嬉しいね。実際は大したことはしていないよ? この事業に関わってくれているのは皆優れた職員に技師や工夫達だからね」
言いながら現場を進むオーキッド様に、すれ違う方々が会釈をしてくれているのです。オーキッド様も片手を挙げてそれに応えていますけど。その姿には普段からの仕事への取り組みが判りますわ。だって、皆さんも顔には尊敬の念が見えますもの。決してお飾りの指揮者では無いのですわ。
「ほら、これが大図書館。もう少しで外装は出来上がるね。内装はまだ随分かかるけど、先が見えてきたよ」
ひと際大きくて立派な建物は、荘厳な雰囲気の石造りの建物です。壁面の彫刻や、太い柱には二つの国が総力を挙げて建設しているのが伺えます。ここに沢山の本が集められるのです。数千、数万、それ以上の蔵書がここに収まるなんて、身震いがするほどの感動ですわ。
「ね、ココの本を集めるの大変でしょう? だから貴女の力も貸して欲しいんだ。選定委員の件は、これから詳しく話すけど、ルイ君も委員の一人だから頼りにして貰って良いよ。結構な人数を集めているから、余り気を負わないでね」
私の心配を察したのか、オーキッド様は優しく言うと繋いでいた手をキュッと握りました。
見上げると、オーキッド様はキラキラした瞳で大図書館を見詰めています。
「じゃあ、次ね。劇場を見に行こう」
大図書館や大学の建物から少し離れた所に、大きな広場がありました。四方に伸びる街道が、この場所が街の中心部である事を示していますわ。
神殿を思わせる、何本も重なるように連立する柱。大理石で出来ている白い壁には、美しく細かな彫刻が施されています。こちらも外装はすでに出来上がり、今は内装工事中だという事です。王都にある大劇場を超えた立派な建物ですわ。
「さあ、こっちから入ろう」
手を引かれて足場をゆっくり進むと、そこはステージ、舞台の上でした。
「まあ、ステージですのね。何て立派で大きなのでしょう!! 素晴らしいですわ!」
つい余りの素晴らしさにはしゃいでしまった私は、オーキッド様に繋がれた手を引き寄せると、その手を両手で思いっきり握り締めました。
だって、本当に感動したのですもの。
「本当? そう言って貰えると、作った甲斐があったね」
こんな素晴らしい劇場は、どこの国にも無いでしょう! ここで上演される舞台や、演奏会はどんなものになるか、想像できませんわ!
「カレン嬢」
感動の余り我を忘れて周囲を見廻していた私に、オーキッド様がそっと名前を呼びました。
「はい、何でしょう?」
「私が、私的に劇場を手伝って欲しいと言った事、覚えていますか?」
ああ、そうでした。確かにそうお願いされました。忘れてなんていませんわよ。
「ええ。覚えています。そうですわ、私は何をお手伝いすれば宜しいのでしょうか?」
「……」
「オーキッド様?」
少し間を置いて、じっと私の顔を見ています。真剣なその瞳に、胸がドキリとしました。
「カレン嬢、貴女にこの劇場の杮落しの脚本を書いて欲しい」
「……えっ?」
「脚本を書いて欲しいんだ」
「……きゃくほん?」
「そう。舞台の脚本」
はい? オーキッド様は何をおっしゃっているのですか? 私に脚本? 舞台の?
確かに私は、趣味で小説を書いています。既に数冊の本を刊行していますけど、如何せんそれはアマチュアのやっていることです。人様の目に極力触れることの無い様に、隠密に続けている極めて特殊な趣味です。
そんな私に、こんな立派な舞台の、ソレも杮落とし用の舞台の脚本なんて。出来るわけありませんわ!! オーキッド様は何を言っているの!!
無理! 無理! 無理! 無理! 無理! 絶対無理! ムリですわ!
「この劇場はね、学術都市の象徴とも考えているんだ。若者達の学びと、希望の場所となる新しい街とするんだ。だから、古くて有名な脚本じゃなく若い作家の新しい作品で、杮落としをしたいと考えたいたんだけどね。中々若い作家というのが見つからなかったんだ」
……そう言う事ですか。
……それで、オーキッド様は私を探していたのですね。B・Bである私を。
「ようやく見つけた。カレン嬢、貴女を」
「……」
オーキッド様は、脚本を書けそうな若い作家を探していただけなんだわ。
別に、私でなくても、もっと探せばいるはずだもの。たまたま、私の事を知っただけで、丁度良かった。そう言う事なのでしょう……
ツン。っと鼻の奥が痛くなりました。
あんなに優しくして下さったのも、あんなに楽しくお話しできたのも、脚本を頼む為だったのですか。
「カレン嬢? ど、どうしたのですか? 何で泣いて---!?」
伸ばされたオーキッド様の指が、私の頬にそっと触れました。
涙が、涙が頬を伝っているのに気が付きました。
何で私は泣いているのでしょう。
「カレン嬢?」
おろおろした様子のオーキッド様。なぜそんなに慌てているのですか? 私が泣こうが構わないでしょうに。
「カレン嬢、私は何か失礼な事を言いましたか? 貴女を泣かせてしまう事を遣りましたか? ああ、ごめんなさい。私のせいですね? 嫌なら良いのですよ、別の事を手伝って下さい。ああ、泣かないで。貴女に泣かれると、私はどうしていいか判らない!」
オーキッド様は言い終わると同時に、私をギュッと抱き締めました。
「えっ!?」
抱き締められて、頭の後ろを優しく手で押さえられます。
「カレン嬢、泣かないで下さい。貴女が嫌なら、脚本も劇場の手伝いもしなくて良いです。しなくて良いから---私の傍にいて下さい!!」
はい? 脚本も手伝いもしなくて良い?
「で、でもそれでは、オーキッド様が私に声を掛けた意味が無いじゃないですか!?」
抱き締められているオーキッド様との距離を取ろうと、両腕を突っ張って顔を見上げます。心配そうな黒い瞳が、私を見降ろしていますけど……
「そんなことはありません。貴女が傍にいてくてたら、それで良いと思っています」
「でもっ!」
「ああ、はっきり言いましょう! 私はカレン嬢、貴女がとても気になるのです。
貴女と知り合ってから、貴女の事がとても気になっているんです。確かに、B・Bの事は探していました。でも、偶然にも貴方がその人だった事で、貴女に近づく口実が出来たと思いました。貴女と話して、貴女の笑顔を見ていると、私は初めての気持ちを感じるようになったのです」
「あ、初めての気持ち?」
「ええ。初めての気持ちです。それは、貴女の声を聴きたいし、貴女の笑顔を見たいし、貴女の手の温かさも、頬の滑らかさも感じたい。貴女の事をもっと知りたいという気持ちです」
オーキッド様は、そっと身体を離すと私の正面に跪きました。
そのお顔は真剣な様子で、そして、頬には薄っすらと朱が差しているように見えました。
「カレン・ミラノ侯爵令嬢。私、オーキッド・フォン・パルマンと結婚して頂けませんか?」
流れていた涙が引っ込みました。
嘘でしょう!? この方、ドレスを着る麗しの辺境伯様ですわよ? そんな方が、私にきゅ、求婚されていますか?
「……」
一体何をおっしゃっているのですか!? オーキッド様は女性に興味があったのですか? というか、同性愛者では無かったのですか!?
あああ、私の頭がグルグルと高速回転していますけど、ああ、どこから何を突っ込んだらいいか判りませんわ!!
でも、でもオーキッド様は、B・Bでない私でも良いとおっしゃって下さいましたよね?
「カレン、愛しています」
そう言って、オーキッド様は私の手の甲にキスを落としました。
もしかして、私、とんでもない方に掴まったようです!!
何とか完結です。
甘ジレの雰囲気が
少しでも感じて頂けたら
いいなぁ。
カレンさんとオーキッドさんは
恋愛経験が少なすぎですね。
婚約とかしたら、オーキッドさんが
もっともっとカレンさんを
甘やかすんでしょうね。
番外編を書こうと思いましたけど
もう良いかな? と思いました。
だって、後は何でオーキッドさんが
カレンさんに惚れたかでしょ?
もうお腹いっぱいです(笑)
なので、これで完結です。
楽しんで頂けたら
嬉しいです。
またお会いしましょう。




