13. 再び夜会に
「おおっ! 凄いですわ! 何ですかこのドレスは! この前と全然違いますわよ!」
メゾン・ド・カレムで作った若草色のドレス。
とっても評判が良くて、私自身も気に入ってましたけど1シーズンの夜会では、そうそう回数を着ることは出来ません。だって、お呼ばれする方々は必ずどこかの夜会でお会いしますから。特に、人気のある主催者や、高位の方々からのお誘いは、お呼ばれする人数も多いですけど、大体仲の良いメンバーで塊がちですから。
いつも同じものを着ている訳にはいかないのですわ。残念ですけど。
「デザイナーのレディ・パトリシアからのご指示ですわ。このドレスは変化。いえ、進化するのです。
襟も袖も、スカート部分もドレープも付け替えが可能なのですわ。それに、リボンやレースも別バージョンがあるのでこの前とは別物にできます」
クララはそう言って、私をトルソーの前に押し出しました。
確かに、この前のスタンフォード公爵家の夜会と全然変わっていますわ。胸元を飾っていた立体的な花の刺繍は、腰の幅広いリボンに綺麗に絡められています。寂しくなった胸元には、新たに肩から胸元を覆うように、チュールレースの細かなドレープ飾りが付けられていて、あら、袖が無くなっていますわ。
まさか、取り外しが出来るなんて!! 何てアイデアでしょう!
「胸元のドレープと同じチュールレースのドレープを腰から下にも付けてみました。これも付け替えのスカートなんですよ。この前はタフタそのままでしたけど、今回はチュールレースが3重になっていますから、ふんわり加減が絶妙です!」
興奮したクララが、ドレスのあちこちを捲りながら説明してくれます。確かに、色んな部品が付け替え出来て、まさか同じドレスだなんて誰にも判らないでしょう。持ち主の私でさえ、信じられませんから。
「この前は、春爛漫の花園と言った感じでしたけど、今回は若草の森の滝の岸辺。そんなイメージですわ。微妙に濃淡の付いたチュールレースが煙る様に煌めいてます。可愛らしさよりも洗練された感じが良いと思いますわ! やっぱり若草色はカレン様に一番よくお似合いになります。さすが、レディ・パトリシアですわね!!」
確かに、こんな事が出来るドレスは他に聞いた事がありません。これなら、一着のドレスも何回も着回し出来そうですわ。節約しろとは言われていませんけど、無駄な出費をしなくてもいいならそれに越したことはありません。浮いたドレス代で、私としては文学全集や博識辞典などを揃えたいです。貴重本はとっても高価ですもの。
「さあ、カレン様。そろそろお仕度しましょう。今日は、今までにないカレン様を演出しますよ!!」
そう言うのと同時に、クララの指がパチン! と鳴らされ、いつもの4人のメイド達が部屋の中に入ってきました。4人、いえクララも含めて5人の目が私に注がれています!
「「「「「ご覚悟なさいませ!」」」」」
ハイ。どうぞ宜しくお願いします。ですわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「カレンお姉様!!」
タンザール侯爵家に着くと、さっそく声を掛けてくれたのはこの家のご令嬢、アリシア様です。
「アリシア様、御機嫌よう。今日はお招き頂いてありがとうございます」
実は、今日の夜会にはアリシア様もホスト側として参加されています。デヴュタントも無事終わって、晴れて夜会に出て来られたのですわ。
「いらして下さって嬉しいですわ。後でじっくりお話しさせて下さいませんか? カレンお姉さまにお会いしたくて堪らなかったのですもの」
両手を握られてキラキラした瞳でそう言われると、私としては断るなんて出来ません。
「ええ、喜んで。後でおしゃべりしましょう? その前に、ほらお客様がいらしてよ? ご挨拶なさるのでしょう」
このままずっとお喋りが続きそうだったので、アリシア様に本来の今日の役目を告げます。そうですよ? 今日はホスト側の一員ですからね。
私はアリシア様から離れると、お母様を探してホールの中をゆっくりと移動します。
私くらいの年頃になると、ほとんどの方は婚約者や旦那様にエスコートされています。残念ながら、私には婚約者がいないので夜会や社交の場は、お母様や兄、そして極まれにお父様がパートナーなのですわ。
このままでいいのかしら? ああ、お母様と一緒だと情報収集とかも出来るし、小説を書く上でこれ以上無いくらい美味しい立ち位置ですし、お母様といれば変な方は近づいて来ないし、人間観察にはもってこいなのですけど……
「……良いのかしら……」
誰にも聞こえないくらい、小さく漏れた言葉のはずでした。
「何が良いのですか?」
耳障りの良い、涼やかな声が頭の上から聞こえました。
「は……い?」
目の前には黒と金。
いいえ、正確には黒い布地に金糸の刺繍が、目の前に立ちはだかっているのです。
「ちゃんと前を見ていないと、ぶつかりますよ?」
聞いた事のあるこの声。頭の上から聞こえるこの声。
私は、ギギギと音がするぎこちなさで顔を上に上げます。
「御機嫌よう。カレン嬢」
「えっ!?」
ウソ! うそ! 嘘! 何て事! だって、目の前にいる声の主は!
「オーキッド……さ、ま?」
オーキッド・フォン・パルマン辺境伯ではないですか!?
でも、でも、この前お会いした時と全然違います! だって、オーキッド様は黒に金色の刺繍が美しい軍服姿なのですから!
そうですわ。王妃様のお茶会で初めてお見かけした時と同じ、黒の辺境騎士団の礼服ですわ。さすがオーキッド様は辺境騎士団の団長のはずですから、肩飾りや胸飾り豪華で凝った作りです。細身のスラリとした体躯に、礼服がこれ以上無い位にお似合いですし、今日はその長く美しい黒髪を背に流していらっしゃるので、今までで一番艶っぽく見えますわ。
ええ! ドレス姿よりも美しくて妖艶って、どういうことですの!?
「……カレン嬢? どうかしましたか?」
オーキッド様のお顔を見上げたまま、ポカンとしていた私はその声に我に返りました。何て失礼な事をしているのでしょう。お顔を凝視したまま、お返事もしないなんて。
「あ、ご、ごめんなさい。先日お会いした時と全然違うので、一瞬どなたかと思ってしまいました。御機嫌よう、オーキッド様。先日はメゾン・ド・カレムで失礼しましたわ。レディ・パトリシアにご用事だったのでしょう?」
そうです。レディ・パトリシアは、オーキッド様御用達のデザイナーと言っていましたのに、私が伺ったせいで、この前は彼女を独占してしまいました。結局オーキッド様は、追い出された(失礼)感じになってしまいましたもの。
「ああ、お気になさらず。あの後良い発見もあったので。
ところで、今日のドレスもレディ・パトリシアの作品ですか? 良くお似合いですよ。やっぱり貴女には若草色が良くお似合いですね? 先日のドレスも良かったですけど、今日の方がもっと素敵ですよ」
オーキッド様は、私から一歩後ろに下がって姿全体をご覧になりました。何だか照れてしまいますけど、同じメゾンの同じデザイナーという共通点が、距離を近しくしてくれている感じがします。
「あ、ありがとうございます。その、オーキッド様も素敵です。
この前も素敵でしたけど、今日は黒騎士といった感じですね。どちらも本当に良くお似合いです」
ええ。よく見ておかなければ。エルメーヌ様が夜会に参加できない今、私がエルメーヌ様の目になるのですわ。
「ところでカレン嬢、立ち話も何ですから、少しあちらでお話ししませんか? 私の連れもご紹介しましょう」
そう言うと、オーキッド様がスイッと手を出されました。もしやのエスコートですか? そして、その視線の先には、見覚えのある銀髪の美青年がいるではありませんか!? 紹介して下さるのですか!?
でも良いのでしょうか。私もオーキッド様も独身ですから、こういう夜会でエスコートされるという事はそれなりに噂になってしまうかもです。
でも、でもですよ? この機会を逃すのは勿体ないです! だって、情報の少ないオーキッド様の事を知る事ができるチャンスなんですもの。
迷っている場合では無いですよね。次回作のネタ集めは、足で地道に稼がねばなりませんものね。
オーキッド様が、迷っている私に気が付かれました。
ふっと。小さく微笑まれると。私の耳に唇を近付け……
「オーランド・ヴィスタ・バルモント。彼の事をご存じですか?」
身体がビキッと固まりました。
ナゼ、アナタガ、ソノナヲ、ゴゾンジナノデスカ?
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さて、のほほんとしていたカレンさんですけど
オーキッドさんの網に引っ掛かっちゃうのか。
どうなるでしょうか。
因みにセーヴルさん家のタンザール侯爵家主催の
この夜会には、アレッド王太子、シリウス&リリ、
そしてクラウスもお呼ばれしていますが、オーキッドさん
には敢えて近づきません。視界に入れない様にしています(笑)
カマを掛けられたカレンさんが、どうなるのかは
次話をお楽しみに。
楽しんで頂ければ嬉しいです。




