10. 思わぬ情報 -オーキッドサイドー
カーンさん登場です。
カーンさんも別話の登場人物ですが、
こちらにも登場して貰いました。
オーキッドさんの友人の一人で、
元舞台俳優の美丈夫です。
吹いた。思いっきり珈琲を吹いた。
「きゃあ、大丈夫ですか!?」
「ゲホッ! ゲホ! ゴホッ!」
まさかの登場人物の名前に、思いっきり吹いてしまった。幸い飲み込んだ一口が少なかったから、目も当てられない大惨事にはならなかったけど、いやはや参った。
ナプキンを口に当てて、涙目になった目元も拭う。ああ、本当に危なかった。ドレスも何とか汚さずに済んだかな。
「大丈夫ですか? 随分激しく咽られましたけど」
私を咽させた張本人のご令嬢が声を掛けて来た。ミルクカフェ色の髪の少女だ。彼女たちのテーブルにあった紙ナプキンを寄越してくれた。
「あ、ええ。ありごとうございます。大丈夫ですわ。失礼致しました。珈琲が器官に入ってしまったようですわ」
何事も無かった様に取り合えず取り繕うと、大人の微笑みでお礼を言った。少女達の頬がポッと赤くなった様に見えたよ。
「ああ、珈琲ですか。私はまだ飲んだことが無いのですけど、とても苦いのですってね? お兄様がそう言っていましたわ」
「まあ、さすがセーヴル様ですわね。もう珈琲をご存じなのですね?」
うん? 良く聞く名前が耳に入って来たけど? 私は、ミルクカフェ色の髪の彼女をよく見た。味の感想を聞きたくてかキラキラの瞳で見てくる。確かにこの顔には見覚えがあるかも。
「ええ。とても苦いけど、香ばしい香りと相まってこの苦みは癖になりますのよ。ところで、大変失礼ですけど、貴女はセーヴル様の妹君ですの? タンザール侯爵家の」
私はにっこり微笑むそ、紙ナプキンを彼女に返しながら尋ねた。まさかと思うけど、ね。
「あら、兄をご存じなのですか? はい。セーヴル・タンザールは私の兄です。あの、あの、貴女は兄のお知合いですの?」
一瞬警戒された様な気がしたけど。そうだよねぇ、セーヴル殿は確か女騎士だった奥方と新婚だものね。
「ええ。仕事仲間です。私も王宮に出入りしているので、良くお会いしますの」
誤解させてはセーヴル殿が可哀そうだから、ここはちゃんと言っとかないとね。
「そうですか。兄がお世話になっているのですね? えっと、失礼しました。私はアリシア・タンザールですわ」
「私はオーキッド。オーキッド・フォン・パ---」
遮られる様に声を掛けられた。名乗り終わる寸前だった。
「オーキッドッ!!」
いきなり声を掛けられて、声のした方に視線を向けると……
「カーン。君か……」
颯爽と近づいてきたのは、私の友人の一人であるカーンだ。
本当はカルバーン・ハイドという名前だけど、仲間内ではカーンと呼んでいるね。今はルイと一緒に私のタウンハウスにいる事が多いけど、パルマン領の本邸との連絡係もしているから、今は月の三分の一位は出掛けている様なものだね。
カーンは背も高く、彫りの深いエキゾチックな美貌の青年だから、こういった場所ではとにかく視線を集めてしまう。ほら、ほとんどの女性達が注目しているじゃないか。
「どうしたの? こんな所で会うなんて珍しいね?」
カーンは私のテーブルの所まで来ると、チラリと隣の少女達に視線を投げた。とってもイイ笑顔と共にね。
「貴方の仕事が思いのほか早く済んだみたいだから、早く本邸に出発しようと思って。それで、色々頼まれていた買い物をしに来たんです。そうしたら、通りから貴方が見えたので」
ああ。そう言う事。お買い物ね。
「で、オーキッド、貴方も帰るなら馬車を待たせているから、一緒に帰りませんか? って誘いに来たんですけど……」
キラキラした8個の目が私とカーンのやり取りを見ていた。好奇心丸出しだね、お嬢様達?
セーヴル殿の妹君が、あの本の事を知っているのは判った。
今日の所はココらが引き際かもしれない。だとしたら、カーンと一緒に席を立った方がキリがいいね。
「そうですね。一緒に帰りましょう。アリシア様、彼もお兄様とは顔見知りですから。セーヴル様にも宜しくお伝えくださいね。じゃあ、お嬢様方、失礼します」
カーンは私の椅子を引いてくれて、少女達に向かって紳士の挨拶をする。溜息ともつかない声が洩れている。ああ、反対側のテーブルにいたご婦人達も見ているじゃないか。
さすがカーンだ。元人気舞台俳優のオーラは健在だね。
馬車に乗り込むと、そこにはカーンの言った通りに沢山の袋や箱があった。ピーコック商会の大きな紙袋の中には、王都で流行り菓子や王室御用達でもある紅茶の缶もあった。確かに王都の菓子は洒落ていて美味しいから、女性達には喜ばれるだろう。その他にも化粧品や香水、ショールや手袋なんて物もある。
「すみません。少し寄り道しても良いですか? 頼まれていた物を届けたいんですけど」
「いいけど、どこに?」
ああ、こんなにある女性の物は頼まれか。別に時間は気にしなくてもいいから、全然付き合いますよ?
「秘密の花園です。本邸に行くため買物をしに行くと言ったら、マダムやお花達に頼まれまして。コレが頼まれ物です」
そう言って、私が覗き込んでいた紙袋を指差した。へえ、随分あるねぇ。
まあ、仕方ないね。あの店は、ずっと以前から私の王都での定宿だったし、マダムには無理も言って住まわせて貰ってた。それに、国中の情報が集まって来るのに、口は貝の様に硬くて信用できる。
持ちつ持たれつだから、買い物位手伝ってやっても罰は当たらないね。カーンはそういう細かな気配りが出来るし、マメな性格だからお花達にも人気がある。見た目だけじゃない、気持ちの良さがモテるんだよね。
◇◇◇◇◇◇
秘密の花園に到着すると、カーンが大きな紙袋を両手に抱えて店に入って行った。昼間の娼館は、ひっそりとして夜の妖しく煌びやかな雰囲気が嘘のようだ。
私もカーンと一緒にマダムの部屋に行った。
マダムとカーンが紙袋を開けて品物を確認していると、何人もの華やかな声が聞こえた。何とも賑やかな声だけど、随分たのしそうだ。
「カーン様! お待ちしていましたわ!!」
店の看板娘達がわらわらと部屋に入って来た。
「あら、オーキッド様もご一緒でしたのね? これは失礼しましたわ。御機嫌よう。ですわ」
各々が茶目っ気たっぷりに挨拶をしてくれる。全く以て元気で可愛いね。彼女らは私のドレス姿に驚かない。寧ろ、より美しくなる為の先生でもある。
ワイワイ、キャラキャラとマダムも混じって賑やかな女子トークで盛り上がっている。
「ねえ、カーン様。私がお願いしていた物が、見当たらないんだけど?」
この店一番の売れっ妓、チュチュリア嬢が袋の中を覗き込んで言った。
「ああ、何だっけ? ええっと、ああ思い出した。青緑色の小包ね? まだ届いていなかったよ? 」
「!?」
なに、なに、なに、何? カーン。今なんて言った? 青緑色の小包?
「そう……変ねぇ。月曜日には届くはずなんだけど。今日は木曜日よ? 変ねぇ、何かの間違いかしら」
「だから、直接ここに届けられるようにすれば良かったんだよ。俺宛てにタウンハウスに届けるなんて、面倒な手間を掛けるから」
カーンとチュチュリア嬢のやり取りをじっと聞いている。カーン宛て? 宛名なんて無かったけど。
「だって、王都の上流階級で人気の本なのよ? 色々手を廻して漸く注文して貰ったけど、届け先をお店には出来なかったのよ。だから、お宅のお屋敷に届けて貰ったの! 悪いとは思うけど……幾ら何でも娼館には届けて貰えないわ」
チュチュリア嬢の話を要約すると、王都の上流階級の女性達の間で人気の本があるが、一般の本屋には売っていない本だった。それで伝手を頼んで注文し、配達して貰って手に入れるらしい。その本は、青緑色の小包で指定先まで配達されるそうだ。
「だって、その注文をしてくれたのが貴族のお嬢様らしいから、私からのお願いだって知ったら、気の毒でしょう?」
ふーん。そう言う事なんだね。何だか繋がって来たね。
「ところで、チュチュリア嬢はその本を読んだ事があるの?」
一応、念のため聞いてみる。
「いいえ。まだ一度も読んだ事は無いの。でも、お客様から聞いて是非読みたいと思って! お客様が大絶賛していたのよ。登場人物が魅力的で、素敵なストーリー何ですって!!」
「……」
チュチュリア嬢の話を聞いて、他の嬢やマダム迄もが読みたいと大騒ぎになった。カーンですら興味を持ったみたいだ。
でも、でもね! チュチュリア嬢のお客って、男だろ!! その客が大絶賛ってアレを? マジか!? マジなのか!? そいつはどんな嗜好だ?
絶対、あの本は秘密の花園に持って来てはいけない。
絶対、阻止!! そう思った。
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カレンさんに行きつくのも時間の問題?
かもしれませんね。
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