其々が過ごす時間③
「最初はね、確かにあんたが望んだ通り、敵に降伏してあたしらの土地を明け渡したんだ。素直に降伏した事で何とか土地を追い出される事はなく、暫くの間は敵だった奴らの言いなりになって働いた」
「そういう約束だったからな。降伏すれば領民の命の保証と、生活の保証はしてくれるって。だから俺はお前達の命を守る為に身を引いたんだ。俺がお前達を戦に駆り立てる存在なんだとしたら、俺が消える事で、お前達の大事な土地を奪われずに済むはずだって。更には生活が確保されるなら、無駄に戦って皆殺しにされるよりずっとマシだろうって」
「マシなもんか! 負けた私達は、まるで奴らの奴隷のようにこき使われたよ。見ず知らずの人間が、我が物顔で私達の土地に住み着き、あたしらは隅に追いやられたんだ。それどころか畑仕事はあたしらばかりがやらされて、丹精込めて作った作物の殆どは、何もしない新しい領主やその家来達に奪われ食いつくされた。いくら働いたって、私達は食べることすらままならなかったよ」
「まさか、そんな事……」
「あるんだよ。実際そうだったんだ。おかげで何人もの仲間が死んでいった。このままでは、こき使われるだけ使われて、皆で飢え死にしてしまう。本気で命の危険を感じたあたしらは、生き残った一族の者達を連れて、新しい領主の元から逃げた。住み慣れた故郷を捨てて、必死で逃げたさ」
「……そんな……じゃあ、俺がした事は………意味がなかったってことか?」
動揺する玄明に、芳泉は恨みの籠った声で言う。
「玄明、戦に負けるっていうのはね、そういう事なんだよ。だから皆、死に物狂いで戦うんだ。戦には、生きるか死ぬかしかない。負けた者はどこまでも勝者に虐げられる。なのにあんたは、あたしらに一言の相談もなく、一人逃げたんだ」
「……」
「正直言えば、随分とあんたの事を恨んだよ。あの時あんたと戦い続けてたら、どんな未来があっただろうって、考えない日はなかった。それくらいあたし達の10年は、長く地獄のような日々だったんだ。……なんて、もう過ぎちまった事を今更愚痴ったところで何も変わらないがね」
「…………」
「それで? あたしらを捨てて逃げたあんたの10年間は、どうだった? 楽しかったかい?」
「……楽しいはずがない。流れ者の俺様は、どこへ行っても厄介払い。受け入れてくれる所なんて一つもなくて、10年間、ずっと一匹狼で生きて来た。生きる為に沢山悪さをしたが、いつの間にか、悪さをすることでしか、人と関われなくなっちまってた。恨まれる事でしか、人目を引けなくなっちまった。正直そんな人生は酷く虚しかったよ。一体何の為に生きているのか分からなくなって、俺は……俺は……」
言葉に詰まったように沈黙する玄明。
彼の肩は小さく震えていた。
そして暫くの沈黙の後、彼の口から出たのは「悪かった」と、短いながらも心からの謝罪の言葉。
「今更謝っても遅いよ。バカ領主が」
「…………悪かった……本当に……悪かった……」
だが、謝罪をしたところで、一度裏切ってしまった芳泉からの言葉は冷たい。
それでも謝る事しか出来ない玄明は、頭を下げ続けた。
「なぁ玄明、あたしらが欲しいのは謝罪じゃない。これから先の、未来だよ」
謝る玄明に、芳泉は小さく溜め息を吐きながら静かな声で言う。
芳泉の言葉の意味が分からなかった玄明は、「えっ?」と零した声と共に顔を上げ、芳泉を見た。
顔を上げた玄明の顎を、更にクイッと上げさせて芳泉は言う。
「本気で申し訳ないと思うなら、これから何年もかけて償っておくれよ」
「………」
「住み慣れた土地を捨てたあたしらは、新たな住み処を求めて土地を開墾したんだ。まだまだ小さな集落だけど、そこであんたにまた、あたしらの領主をやって欲しい」
「……芳泉……」
「やっぱりあたしらの頭は、あんただけだ。皆、今もあんたの帰りを待ってんだよ。その為にあたしらは、盗賊を名乗ってずっとあんたの事を探してたんだ」
「……許して……くれるのか?」
「それは、今後のあんた次第。許して欲しかったら、良い領主になって、皆の信頼を取り戻してごらんよ」
「…………芳泉……」
「やってみるかい?もう一度、あたしらの領主を」
「……やる。 やらせてくれ! 今度こそ良い領主になって、皆の生活を潤してやる!」
「言ったね。 今度こそ、あたしらの期待を裏切るんじゃないよ」
「おぅ!」
思いもしなかった芳泉からの提案に、玄明は力強く頷いた。
「さて、そうと決まったら、無事にここを抜け出さなきゃだね」
「抜け出すって、おい! 将門達を見捨てて逃げるつもりか? それは許さねぇぞ! あいつらは、唯一俺様を受け入れてくれた連中なんだ。見捨てるなんて俺には出来ねぇ!!」
「バッカ!見くびるんじゃないよ。あたしだって、ここまで関わった奴らを見捨てて行ける程、情の薄い人間じゃないんだよ」
大きな声を上げながら、パシンと玄明の頭を叩く芳泉。
「痛ぇ~!!何しやがる!」
「それに、とても他人事とは思えないしね……」
玄明の怒声を無視して、芳泉は10年前の自身と重ねているのか、ポツリとそう零した表情は険しい。
「……」
「それにね、将門が言ってたよ。もう少しお前の力を借りたいって」
「将門が?」
「あぁ。あんたなんかを頼りにしてくれる人間がいるってのに、その信頼を裏切るわけにはいかないだろ。乗りかかった船。あたしと四季も力を貸す」
「良いのか、芳泉?」
「あぁ。だから、ここにいる皆でこの窮地を乗り切って、皆で生きてここから出ようって話だよ」
「は、ははは。さすが!俺様の女だ!肝が据わっていやがる!」
豪快に笑いながら、嬉しそうに言った玄明は、四季の存在も無視して、目の前にあった芳泉の唇に強引に吸い付いた。
「んん??」
突然の事に目を丸くして驚く芳泉。
玄明の胸をバンバンと叩くが、解放する気配はない。
そんな二人を側で見ていた四季は口笛を吹いて、呑気にはやし立てていた。
やっと解放された時、芳泉はまるで腰が抜けたように座り込み、立場を一転させて玄明を見上げると、恨めしげに睨み付けながら、彼に奪われた唇を何度も袖口で拭いていた。
睨みながらも頬は乙女のように赤く染まっている。
そんな芳泉を見下ろしながら、玄明は楽しげに自身の唇を舐めた。
「っ?!……こんの……エロバカ野郎が~~!」
沸き起こる恥ずかしさに、芳泉は立ち上がると玄明の顔目掛けて盛大な拳をお見舞いした。
見事に顔面に打ち込まれた拳に、玄明は鼻血を垂れ流しながら怒鳴った。
「い~~~って~~~!何すんだよ、この凶暴女っ!」
「それはこっちの台詞だ!」
「だ~って、お前、俺様の許嫁だろ?こんな所まで俺様を追ってくる程、俺様の事が好きなんだろ?だからちょっと可愛がってやろうかと思って……」
「んなわけあるか!こんな髭面浮浪者が!気持ち悪いったらない!!婚約なんて、とっくの昔に解消したさ。調子に乗るんじゃないよ、全く!」
今なお袖で口の回りを拭きながら、鼻息荒く芳泉は言う。
「行くよ四季!そんな野蛮人、そのまま木にくくりつけておけ!」
「了解!」
主の命に、四季は糸目を更に緩めると、楽しげに玄明の股間を蹴り上げた後、「俺の初恋の人を辱めた罪は重いっすよ」と、捨て台詞を残して、芳泉の後ろ姿を追った。
痛みに身悶えている玄明を残して、芳泉と四季、二人はその場を去って行く。
「お、おいっ、この縄ほどけ……。お前らの主は俺様だろ? 俺様を置いて行くな……! お~~い……!!」
痛みに耐えた震える声で玄明は必死に二人に呼び掛けた。




