其々が過ごす時間
「あら四郎様、どちらに?」
「あぁ、桔梗か。今後の動きを皆に伝えにな」
四郎が千紗達の休む住居を出た丁度その時、四郎と入れ違いに千紗の元を訪ねて来た桔梗と、入り口の所で鉢合わせした。
「そうですか。今、千紗姫様や小次郎様方にお食事をお持ちしたのですが、四郎様はお食事は?」
「俺は後で良いや。外にいる皆と食べるからそっちに運んで」
「承知いたしました。では、四郎様の分は、後程ご用意いたしますね」
「あぁ、ありがとう」
四郎と二、三言葉を交わした後、桔梗は手に円形で底が浅めの壺を持って、彼と入れ替わるようにして家へ入って来た。
そして、部屋の中心にあった炉に火を付けると、食材の入ったその壺を温め始めた。
「さぁさぁ皆さん、お待たせいたしました。お食事をお持ちしましたよ」
桔梗の呼び掛けに、千紗が興味深げに壺の中を覗き見る。
中には、肉やら魚やら、山菜、茸類、ありとあらゆる食材がグツグツとごった煮されている。
そう、これはいわゆる鍋料理だ。
それを桔梗が手際よく、木をくり貫いて作られたお椀に取り分けて行く姿を見ながら、千紗は突然ある事を思い出し、「あっ!」と大きな声をあげた。
「ど、どうしたのですか千紗様、急に大きな声を出されて」
目を丸くして驚いた様子の桔梗に問われて、千紗は慌てて袖から何やら取り出すと、小次郎にそれを手渡した。
「……これは?」
「握り飯だ。豊田の館から逃げる時、お主に食わせようと思って持ってきてたものだ」
包まれていた竹皮を開き、二つ入っていたうちの一つの握り飯を手にとる小次郎。どこか歪なそれをマジマジと見つめる。
「それ、姫様が兄上の為にと、ご自分で作られたものなんですよ」
「………千紗が?」
横から口を挟んだ秋成の言葉に、小次郎は思わず驚きの声を漏らす。
貴族の姫である千紗が、わざわざ自分の為に?
「うむ。戦で腹を空かせて帰るだろうお主に、食べさせてやりたくてな。慣れてないから形は不格好だが……気持ちだけはこもっておるぞ」
確かに形は歪ではある。でも、慣れない手付きで一生懸命握ってくれた千紗の姿を想像すると、小次郎は胸の奥底から込み上げてくる、何か熱いものを感じた。
気を緩めたら、一気にこぼれ落ちてしまいそうなそれを必死に押し込めながら、パクンと一口大きくかじり付いた。
「どうだ?美味いか?」
「……あぁ。美味い。こんな美味いにぎり飯は食った事がない」
「ふふふ。それはちと言い過ぎだ」
照れ笑いを浮かべながら千紗は謙遜する。
だが小次郎の口から溢れた感想は、冗談でもお世辞でもなく小次郎の本心から出た言葉。
千紗を奪われ、望まぬ身内との戦は終わる気配はなく、度重なる敗走に加えてついには屋敷を焼かれ、帰る場所さえも失ってしまった。
心はとうに疲れ果てて、冷えきっていた。
けれど、そんな小次郎の心に、この一つのおにぎりが微かな灯火となって温もりを与えたのだ。
再び結ばれた千紗との縁が、小次郎の心を溶かして行く。
……かない。
負けるわけには、いかない。
この窮地から脱する為に。
自分を慕い力を貸してくれる仲間達に報いる為に。
そして、大切な人と紡ぐ未来を掴む為に。
千紗が自分の為に握ってくれた握り飯を噛み締めながら、小次郎は再び己を奮い立たせた。
***
千紗達が、明日の戦に備えて、力を養っていたのと同じ頃――
それぞれが、それぞれの思いを胸に抱え、決戦前夜を過ごしていた。
芳泉の元で、怪我人の手当てを手伝っていたこの二人はと言えば――
「ヒナ、お疲れ様。そっちはもう終わりそう?」
「あ、ハル。お疲れ……様……。うん、丁度今……終わる……ところ。はい、これで……大丈夫……ですよ」
最後の怪我人であろう中年の男性の腕に、添え木をしながら細く千切った布で巻き終えたヒナが、手当ての終わりを告げる
「ありがとうごぜぇました」と感謝を口にしながら、中年の男性は二人の元を去って行った。
辺りを見渡せば、先程まで手当てを受けようと、長く伸びていた列もすっかりなくなり、人の姿は散り散りになっている。
少し疲れた様子で、ふうと小さく息を吐いたヒナに、春太郎は「はい」と、手に持っていた木の器を差し出した。
「……これは?」
「今日の晩御飯。この広河江に住む女の人達が用意してくれたんだって。ヒナの分も一緒に貰ってきたよ」
「あ、ありが……とう、ハル」
そう言って、春太郎の手から、それを受け取ろうとした時、ヒナは春太郎の手のひらに、切り傷があるのを見つけて、差し出された椀ではなく春太郎の手をとった。
「えっ?!」
突然のヒナの行動に、春太郎は肩をビクンと跳ね上げ、狼狽える。
「え? え? ヒナ? どうしたの??」
「ハル……怪我してる……」
「あ、あぁ、これは……たいした怪我じゃないよ。戦場から逃げる途中に転んで擦りむいちゃっただけ。へへへ、情けないだろ。皆傷だらけになって戦ってる中で、僕がした怪我は転んでできたこの擦り傷だけなんて……」
笑いを浮かべながらも、自虐的に語った春太郎の肩は小刻みに震えていて、ヒナは心配になって俯く春太郎の顔を覗き込んだ。
「……ハル?」
「ごめん……あんなに偉そうな事言って戦場に連れて行ってもらったのに、結局僕は何の役にも立てなかった。それどころか、四郎の兄貴や、周りの大人に守られて……足手まといにしかなってなかったんじゃないかって。そう思ったらなんか、情けなくて……」
「……そんな事……ない。ハル……カッコ良かった。私や、屋敷の女の人達を……ここまで連れて逃げて来た時のハル……は……凄く逞しくて……カッコ良かった。
戦に連れて行ってって……お願いしてるハルも、勇ましくて……一年前までのハルとは……印象が……全然違って、ちょっと驚いたけど……でも、凄く……凄く……カッコ良かったよ。ハルは……ハルが思っている程……情けなくなんて……ないよ。自信持って」
「……ヒナ……それ、本当? 僕、少しはカッコ良くなれた?」
「うん、ハルは……カッコいいよ」
好きな子が言ってくれた“カッコ良い”の褒め言葉は、春太郎を喜びに打ち震えさせた。
たとえそれが、励ます為のお世辞であったとしても、彼に勇気を与えるには十分すぎる程の力があって、ヒナの言葉に背中を押されるように、ずっと心に秘めていたある感情を、ついにヒナに伝える決意を固めた。
「ヒナ」
「……なぁに?」
緊張した面持ちで、名前を呼ばれたかと思うと、大きな瞳でじっとこちらを見つめてくる春太郎に、ヒナはキョトンと首を傾げた。
「ねぇ、ヒナ。戦に行く前にさ、僕が言った事覚えてる? 無事に帰って来たら、ヒナに伝えたい言葉があるってやつ」
「勿論、覚えてる……よ」
「そっか、良かった。無事に帰って来られたかと言えば、戦はまだ終わってないし、帰る場所もなくなっちゃったんだけど……でもどうしてもヒナに伝えたい事があるんだ。この先、何が起こるか分からないし、今言わないときっと後で後悔する。だから今ここで、ずっと伝えたかった言葉、伝えても良いかな?」
真剣な顔で話す春太郎に、未だキョトンと不思議そうな表情を浮かべながらも、ヒナはコクンと頷いた。
「実はね……僕……」
「うん……」
「僕……」
「…………?」
「僕、ヒナの事が好きだ! 好きなんだ!!」




