追撃へ向けた作戦会議
「あ~おほん。お取り込み中の所、申し訳ないんすけど……」
小次郎と千紗、それから秋成の3人しかいなかったはずの室内から、突然新たな四人目の声がした。
「うわぁぁっ?!」
背後から聞こえたその声に驚き、はっと我に返った小次郎は、慌てて千紗から体を離すと、声のした方を振り返る。
振り返った先には、入り口の所でばつが悪そうな顔をして立つ四郎の姿があって、その右隣には彼に支えられながら立つ忠輔の姿もあった。
小次郎は、思いがけず勢いで告白してしまった所を、実の弟に見られた恥ずかしさに、片手で顔を覆い項垂れる。
四郎もまた気まずそうに視線を逸らしながら、「あーっと……兄貴、忠輔もここで休ませてもらっても良いかな?」と、ここに来た理由を口にした。
「……勿論だ。忠輔殿の具合はどうだ?」
必死に恥ずかしさを押し隠し、努めて冷静さを取り繕う小次郎が四郎に訊ねた。
「……あぁ、何とか血は止まったよ。けれど、暫くは安静にしておいた方が良いって翁が……」
「……そうか」
なんとも言えない気まずい空気が漂う二人の会話に、千紗が後ろから口を挟む。
「小次郎、あの者は?」
「……あぁ、千紗は初めてだったな。忠輔殿と言って、俺と四郎の従兄弟にあたる方。一族の中で唯一俺達の味方になってくれてな、ここまで共に戦って来た仲間だ」
「怪我を負ったのか?」
「俺を庇ってくれたんだ。俺がこんな足で戦場に立ったばっかりに、敵の攻撃を避けきれなくて……」
「そうだったのか。四郎、早くその者をここに横にさせてやれ」
小次郎の話に、千紗はさっとその場から移動すると、忠輔の為の場所を提供する。
四郎も、千紗が空けた場所に忠輔を連れて行くとすぐに仰向けに寝かせてやった。
「悪いな、姫さん。姫さんも具合悪いのに」
「いや、構わない。私の事は気にするな。小次郎の命の恩人の為ならば、なんだってするぞ。忠輔殿、小次郎が世話になった。私からも礼を言わせてくれ」
仰向けに横になる忠輔の顔を覗き込みながら、千紗は言った。
「そんな……滅相もございません。小次郎様の奥方様に礼を言われるような……そんな大層な事……私は何も……」
忠輔の勘違いに、恥ずかしさのあまり再び手で顔を隠し項垂れる小次郎。
そんな兄に代わって四郎が淡々と訂正する。
「あぁーっと忠輔、違う違う。この人は藤原千紗姫様って言って、兄貴が京で世話になっていた貴族の姫君様。残念ながら兄貴の奥方ではないんだ」
「そう……なのですか? これは、とんだご無礼を……」
四郎の訂正に、忠輔は体を起こして謝罪しようとするものだから、千紗が慌ててそれを止め言った。
「よいよい。謝罪は不要じゃ。だからゆっくり休んでお主はお主の体を労ってやれ」
忠輔を気遣う千紗の言葉に、難しい面持ちで四郎が口を挟んだ。
「ところがどっこい、そうも言ってられないんだ」
「え?」
「今、敵の動きを見張らせてた奴らから報告が入ったんだけど、敵がここを見つけるのも、もう時間の問題だろうって」
「真か?」
驚きに満ちた千紗の問い掛けに、いつになく深刻な顔で四郎は頷く。事はそれほど深刻なのだろうと、千紗は不安に顔を歪めた。
「まぁ、幸いな事に夜もかなり深まった。この暗闇の中、迷路のように入り組んだこの広河の地に足を踏み入れる事は多分ないと思う。けど、夜が明けて明るくなる頃には、きっとここにも捜査の手が伸びるだろう。その前に、何とかして逃げないといけないわけなんだけど……」
四郎は忠輔の顔をチラリと見た。
「四郎殿、私が居ては邪魔になってしまいます。私たち村岡の事は捨て置いて、豊田の皆さんは急いでここから逃げて下さい」
四郎が言わんとした事が分かったのだろう、忠輔は何の迷いもなく自分を見捨てて逃げろと言った。
「そんな事出来るわけがない! 命の恩人を見捨てて逃げるなど、そのような不義理、絶対に出来ぬ! 忠輔殿も我らと共に逃げるのだ」
忠輔の発言に、小次郎が声を荒げて言った。
慌てて四郎が興奮した様子の小次郎を制す。
「兄貴、落ち着けって。勿論忠輔達も連れて行くに決まってるだろ。そうじゃなくて、今問題なのは、忠輔や怪我人が多くいるこの状況で、どうやって、どこへ逃げるのかって話だ。勿論、兄貴も含めてな!」
最後の言葉には、少し棘が含まれているように感じられて、小次郎は「う゛っ」と言葉に詰まった。
確かに怪我人を多く抱えた今の小次郎軍には、これ以上遠くへ逃げる事は難しいだろう。だからと言って、敵を迎え撃ち、再び戦うだけの力はもう残ってはいない。
ではこれから、どう動くべきなのだろうか?
小次郎は頭を悩ませた。
暫く考えた後、小次郎は覚悟を決めた顔で言った。
「仕方ない。この広河の地に身を隠しながら、逃げ切るしか道はあるまい」
「うん、俺もそう思う。この迷路のように入り組んだ土地の利に賭けるしかないと思う。幸い俺達には、桔梗や翁をはじめとした土地に詳しい人間が味方についているから、隠れきれない事はないと思う」
「あぁ、そうだな」
「けど、怪我人が多い不利な条件があるのも事実。正直、上手く行くかは分からないよ」
「それでも、可能性があるのなら、その可能性に賭けるしかあるまい」
「兄貴ならそう言うと思った。分かった。なら、その方向で逃げる準備を進めておくよ」
「あぁ、頼んだぞ、四郎」
「夜明けを待ってから身を隠したんじゃ、敵に追い付かれる危険性が高まるから、俺たちが動き出すのは夜中のうち」
「そうだな」
「そうなると、兄貴も、忠輔もそう長くは体を休めていられなくなるけど……」
「私は構いません」
四郎と小次郎の会話に、忠輔が口を挟んだ。
「取り敢えず、出発のギリギリまで二人はここで休んで、少しでも体力回復させといて」
「あぁ」
「はい」
四郎の言葉に小次郎と忠輔がそれぞれ返事をする。
「姫さんも、悪いけど今夜は長い夜になるからね」
その後で、千紗にも突然四郎から話題が振られ、千紗もまた真剣な顔で頷いた。
「よし、じゃあ俺は、この事みんなに伝えてくる」
作戦会議を終えた四郎は、最後にそう言い残すと忙しそうにこの藁で作られた家を出て行った。




