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第三話:天空のトータルコーディネート【後編】

(待って。鷹に変身して空を飛ぶ……? 彼は弓が得意で、相手は狭い断崖の穴に巣を作る、粘液を垂らす怪鳥……)


 頭の中で、彼の戦うシチュエーションを具体的にシミュレーションする。そして、一歩を踏み出した。


「お客様。鷹になって巣へ近づいた後は、どこで弓をお使いになりますか?」

「岩棚だ。あそこへ降りて人に戻れば、弓は使える。……装備も戻るんだよな?」

「はい。ですが、涎で濡れた岩棚へ降りるのは危険ではありませんか?」


 青年は窓の外を見ながら、指先でカウンターに崖の形を描いた。


「あそこしか足場がない。落ち着いて狙う前に、群れに寄られるかもしれないな」

「でしたら、こちらの靴も試してみてください。地上で片足ずつ、少しだけ浮かせることから」


 エルウィンが使い方を説明し、青年は靴へ履き替えた。カウンターを支えにゆっくり片足を上げると、床から離れた位置で靴底が止まる。


「……踏める。宙に足場ができるのか」

「これなら、岩棚へ降りずに弓を構えられます」

「靴だけでも行けそうだが、あの高さまで駆け上がるのは脚を使うな。巣へ着いた時に息が上がっていたら、狙いがぶれる」


 青年はもう片方の足を慎重に持ち上げ、弓を構える姿勢を取った。空中で止まった踵を見て、私は羽衣を手元へ寄せた。


(二つ売れれば、お店としてはもちろん助かる。……でも、売上のためにセットにするんじゃない。彼が足場を気にせずに弓を構えるためには、二つを使い分ける方法が合っている!)


 私はふわりと微笑むと、二つの商品をそっと手繰り寄せた。


「だからこそ、です」


 私は二つの商品を、彼の目の前で綺麗に並べて見せた。


「移動は羽衣に任せ、射撃の足場は靴で作る。二つを使い分ける方法をご提案します」

「装備の……トータルコーディネート?」

「はい」


 私はアパレル販売員としての情熱を込め、提案を重ねた。


「まず、目的地までの移動や、大空での高速追跡・接近は鷹の羽衣を羽織って行います。圧倒的なスピードで涎鳥の群れを追い詰め、間合いに入ったその瞬間、鷹の姿から人の姿に戻るのです」

「姿を、戻す?」

「はい。こちらの鷹の羽衣は、着用者が身につけている他の装備品を魔力空間へ一時保管する仕組みになっております。ですので、人の姿に戻った瞬間には長弓まで元通りに装着されていますわ」

「なっ……! そうなのか!?」


 青年が驚いてエルウィンを見ると、エルウィンも深く頷いた。


「そして、人の姿に戻った瞬間に足元を支えるのが、あらかじめ履いておいたこのロキの靴です! 宙でも地面と同じ安定感を作り、空中でピタリと立ち止まる。そのまま、得意の長弓で涎鳥を射抜くのです!」

「おぉっ!」


 青年の瞳が、雷に打たれたかのように見開かれた。


「涎鳥が粘液を撒き散らしてきた時も、対処の幅が広がります。鷹の姿で飛行を続けるのが危険だと判断したら、即座に人の姿へ戻る。そこからは空中に留まりながら、攻撃を続けられます」

「この組み合わせなら、お客様が得意な射撃姿勢を、空中でも保てます。変身の切り替えは、安全な場所で練習してからお使いください」


 静まり返る店内。青年は自分の手を見つめ、それから二つの神話のアイテムを交互に見比べた。やがて、その口から深々とした感嘆の息が漏れた。


「……すげえ。完璧だ……! 頭の中で、空中で弓を射る自分の姿がハッキリとイメージできたぞ……!」


 青年の顔に、迷いは一切なかった。だが、ふと我に返ったように、彼は少し気まずそうに財布の革袋を握りしめた。


「だが、この二つを両方買うとなると、相当な金額になるんじゃないか……? 俺の予算で足りるかどうか」

(あとは予算だ。無理に買ってもらって、ほかの準備に困らせるわけにはいかない)

「ご安心ください、お客様!」


 私はニコリと微笑み、エルウィンと視線を交わした。エルウィンも力強く頷いてくれている。


「当店では本日、こちらの伝説級アイテム二点をご一緒にお買い上げいただくお客様限定で特別割引を適用させていただきます!」

「特別割引?」

「はい! 本来なら金貨十六枚のところ、セットでお買い上げでしたら金貨十四枚にさせていただきます! さらに高額商品ですので、初回のメンテナンスはサービスで承りますわ!」

「じ、金貨十四枚……! メンテナンス付きだと!?」


 青年の目が輝いた。


「十四枚なら出せる。手入れを頼めるのも助かるな」


 青年は革袋の中を確かめ、今度は自分から二つの品を並べ直した。


「買う! 両方買わせてくれ!」


 青年は一切の躊躇なく、ずっしりと重い革袋から輝く金貨十四枚を取り出し、カウンターにドサリと置いた。


「こんなにいい買い物ができたのは生まれて初めてだ!」

「お買い上げ、誠にありがとうございます!」


 私は丁寧に二つのアイテムを布袋に包み、両手で手渡した。


「涎鳥の粘液は本当に厄介ですから、お気をつけて行ってらっしゃいませ。討伐のお話と、お洋服のお手入れ、楽しみにお待ちしておりますね」


 エルウィンも丁寧にお辞儀しながら声をかける。


「ああ! しっかり戦果を持ち帰ってやるぜ! 俺の名は勇者ロダン! 伝説になってやるから覚えときな!」


 ロダンは背筋をピンと伸ばし、誇らしげな笑顔で店を去っていった。カウベルが、晴れやかに鳴り響く。静けさが戻った店内。カウンターの上に置かれた、ズッシリと重い金貨十四枚の山。


「……売れちゃった……」


 エルウィンが、夢でも見ているかのように呆然と呟いた。


「うちの店の資金を圧迫していた高額在庫が……一度に二つとも売れちゃった……!」

「あ、でもごめんなさい、流れで割引を……」

「全然いいわよ、茜さん!」


 エルウィンは叫ぶなり、私の身体にバシッと抱きついてきた。


「すごい……凄すぎるわ! 二つとも必要だって、お客さん自身に納得させちゃうなんて! 茜さん、あなた本当に凄腕の商人ね!」

「あはは、私はしがない販売員ですよ。服も靴も、組み合わせることで何倍もの価値が生まれるんですから」


 足元でモモが「ふにゃ〜ん」と甘い声で鳴き、私の靴にすり寄ってきた。二本の尻尾がご機嫌にゆらゆら揺れている。


「これで仕入れの資金も、お店の運転資金もバッチリね! 茜さん、今日の夕飯は奮発して街で一番のレストランでご馳走するわ!」

「わーい! やりました!」


 私たちは手を取り合って大喜びした。爽やかな風が、窓から吹き込んで店内を心地よく通り抜けていく。私は空いたガラスケースに、二つの品の名前を書いた札を残した。戻ってくる時は、どんな汚れ方をしているだろう。手入れの道具も揃えておかなければ。


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