第三話:天空のトータルコーディネート【前編】
早朝の柔らかな日差しが、石畳の路地とエルウィン洋品店の木製扉を優しく包み込んでいた。
「よし……! ディスプレイのチェック、完了です!」
私が店内のレイアウトを確認して声を張ると、カウンターの奥からエルウィンが焼きたてのパンとハーブティーを載せたトレイを持って顔を出した。
「お疲れ様、茜さん。今朝も完璧な配置ね。……そういえば、ここ数日、街の噂で聞いたんだけど」
「噂ですか?」
「ええ。先日アンジェリカの指輪を買っていかれた奥様がね、近所のお友達に『あそこはただの服屋じゃないわ、人生の迷いを解決してくれる特別なお店よ』って大絶賛して回っているらしいの」
「えっ……! あ、あはは……」
私は思わず頬を掻いた。まさかあの浮気撃退劇が、巡り巡ってお店の良質な口コミになるとは。人生何が幸いするか分からないものである。足元では、三毛猫のモモが「ふにゃあ」と欠伸を噛み殺しながら、私のキャメルの革ブーツにふさふさの体をすり寄せていた。
「でも、そのおかげで通りがかるお客さんが店内を覗いていくことが増えたわね。茜さんが整えてくれたディスプレイのおかげで、入りやすくなったみたい」
「良かったです! それじゃあ今日も気合いを入れて、在庫を整理していきましょう!」
私は袖を捲り上げると、先日整理した『アクセントコーナー』のさらに奥、厳重に鍵がかけられたガラスケースへと向かった。ケースの中には、古めかしい革製のブーツと、繊細な鷹の羽をあしらった美しいケープ(羽衣)が綺麗に並べられていた。
「エルウィンさん、ケースの中のこの二つって……?」
「ああ、それね。……実は、うちの店にある数少ない『超高級品』なのよ」
エルウィンがケースの鍵を開け、慎重な手つきでそれらを取り出した。
「こっちの羽衣と、このブーツ……仕入れがものすごく高くてね。いわゆる高額在庫ってやつよ。せめて金貨8枚くらいで、どちらか一つ売れるだけでも、今月の資金繰りが一気に楽になるんだけど……」
エルウィンが困ったように肩をすくめる。私はそっと手を伸ばし、それらの生地と革に触れてみた。指先が触れた瞬間、脳裏に透き通るような情報が流れ込んでくる。
『鷹の羽衣。着用者を鷹の姿へと変身させ、大空を自在に飛翔できる。変身時、着用者が身につけている装備品は魔力空間に一時保管され、人の姿に戻ると元の状態で復元・装着される』
『ロキの靴。空中およびあらゆる悪路において、まるで平地を歩むかのように自在な歩行・疾走を可能とする。風の魔力を帯びた超軽量の脚絆靴』
(鷹の羽衣と、ロキの靴……!)
羽衣はまるで本物の鳥の羽のように軽やかで、光の加減で深緑から黄金色へと美しく色を変える。一方の靴は、しなやかな革で作られており、足首をしっかりとホールドしつつも羽のように軽い。
「これ……神話に出てくる、ロキのアイテムですね?」
「あら、茜さん知っているの?」
エルウィンが少し驚いたように目を丸くした。
「故郷の本にも、似た名の道具が出てきました。羽衣の方は、ロキがフレイヤ様から借りたという話だったような」
「その通りよ。どちらも素晴らしい効能を持っているわ。羽衣は一瞬で鷹の姿になって空を飛べるし、靴は空中を地面と同じように蹴って走れる。でもね……」
エルウィンは溜息をついた。
「高価すぎるのよ。空を飛ぶアイテムなんて、相当腕の立つ冒険者か、特別な任務を請け負った人しか買わないでしょう? それに魔道具店でも同じ効果のアイテムは手に入るし。わざわざうちみたいな小さな服屋にそんな大物客が来るはずもないって、諦めかけていたの」
「なるほど……単価が高いうえに、ターゲット層がかなり絞られる商品なんですね」
アパレル的にも、高額なアウターや特殊なギアは需要が限定される分、ただ飾っておくだけでは動きにくい。だが、性能と価値は間違いなく本物だ。どう見せるか、どう提案するかが試される。私が商品の使い方を考えていた、その時だった。カウベルが勢いよく鳴り響いた。
「頼もう!」
店内に滑り込んできたのは、背に大きな長弓を担いだ、背の高い青年だった。鋭い鷹のような目つきに、引き締まった体躯。全身に着用している革の軽甲冑は使い込まれており、かなりの修羅場を潜り抜けてきた熟練の冒険者であることが一目で分かった。
「いらっしゃいませ!」
私が笑顔で出迎えると、青年は少し焦ったような様子で店内を見回した。
「急ぎで探しているものがあるんだ! 空中を移動できるような、特別な装備品はあるか!?」
「空中移動の装備ですね。どのような用途でお探しでしょうか?」
「街のギルドからの緊急依頼だ。東の断崖絶壁に、凶悪な魔物、『涎鳥』の群れが巣を作りやがった。近々、近隣の村を襲う気配があるんだよ」
「涎鳥……ですか?」
「美味しそうですね」
「「え?」」
「いえ、なんでも」
二人に同時に首を傾げられた。私からしたら美味しそうな名前に聞こえてしまうが、エルウィンが顔を曇らせている所を見ると。ただ事ではないらしい。
「嫌な相手ですね。あの鳥、巨体で大空を飛び回るだけじゃなくて、名前の通り凄まじい粘液、粘り気のある涎をダラダラ垂らしながら襲ってくるんですよね?」
「ああ、その通りだ!」
冒険者の青年は眉間に深いシワを寄せ吐き捨てた。
「あの涎が厄介極まりない。金属を錆びさせ、服や羽をベッタリ濡らして動きを奪う。しかも奴らの巣は、人間が足を踏み入れられない切り立った断崖の岩穴だ。下手に崖を登れば、上から涎を撒き散らされて滑落するのが目に見えている」
「だから、空中からアプローチするための装備を探していらっしゃるのですね」
私が頷くと、青年は力強く頷いた。
「そうだ! 俺は長弓での精密射撃が得意なんだが、地上が使えないとなると空中で戦うしかない。魔道具屋には今は在庫がないとのことで……何か良い装備はないか!?」
エルウィンと私は顔を見合わせた。私はカウンターの二つの品を見た。どちらも空を移動できるが、彼の弓を使えるかどうかは別だ。
「お客様、ちょうど素晴らしいお品がございます。こちらをご覧ください」
私はカウンターの上に、鷹の羽衣とロキの靴を並べて提示した。
「これは……!?」
青年の目がカッと見開かれた。
「鷹の羽衣とロキの靴です。どちらも大空や空中を移動するための、伝承級の逸品でございます」
青年は吸い寄せられるように歩み寄り、まず鷹の羽衣を手に取った。
「すごい……羽衣を羽織った瞬間、風の魔力が全身を包み込むのが分かるぞ!」
青年の顔に、パッと歓喜の色が浮かんだ。
「決まりだ! こちらを買い求める! これがあれば、断崖の巣まで一気に飛んでいけるぞ!」
青年が即決で革袋へ手を伸ばそうとした。エルウィンも「売れた……!」と嬉しそうに胸を撫で下ろしかけた。だが、私の脳内で、アパレル販売員としての警戒アラートが鳴り響いた。




