第二話:アンジェリカの指輪【前編】
爽やかな朝の光が、石畳の路地を柔らかく照らしていた。
「あ、茜さん! おはよう!」
作業場の奥から出てきたエルウィンが、私を見るなりポンと手を打った。
「そういえば、ずっと気になっていたんだけど……茜さんのそのお洋服、この街だとちょっと目立ちすぎるわよね?」
「あ……やっぱりそうですよね」
自分の格好を見下ろす。元の世界ではごく普通のカジュアルな服装だが、この石畳と甲冑の街では、どこからどう見ても異物だった。
「せっかくうちの店で働いてくれるんだもの。お店の服、どれでも好きなものを自由に選んで着てちょうだい! 売れ残りばかりで申し訳ないけれど……」
「えっ、本当ですか!?」
胸が踊る。元アパレル店員にとって、
「お店の服を自由に選んでコーディネートしていい」
というのは、何よりのご褒美だ。
「ありがとうございます、エルウィンさん! さっそく選ばせてもらいますね!」
私は袖を捲り上げ、宝探しのようなワクワク感で店内の棚へと向かった。
(さて、どう組もうかな……)
ただファンタジーっぽい服を着るだけじゃ面白くない。この街の無骨な雰囲気に馴染みつつも、動きやすさと「服屋のスタッフらしさ」を両立させたスタイリングにしたい。棚の奥をガサゴソと探り、まずはベースとなる一枚を引っ張り出した。
(あ、これ良い! アイボリーのスタンドカラーブラウス! こういうのもあるんだ)
肌触りが良く、少し落ち感のある柔らかい生地だ。袖口がほんのり膨らんでいて、上品な可愛らしさがある。ボトムスには、棚の隅で折りたたまれていたダークブラウンの細身のワークパンツをピックアップ。ストレッチが効いていて、作業がしやすそうだ。
(上下の量感はいい。でも、ブラウスの裾で腰の位置が隠れると少し重く見えるかな……。あ、そうだ!)
アクセントとして、深いフォレストグリーンのショート丈の革ベストを重ねることにした。さらに、細身のレザーベルトで高めの位置にウエストマークを作る。足元には、サイズがピッタリだった深みのあるキャメルのショートブーツを合わせる。
(よし……完成!)
奥のフィッティングスペースで着替えを済ませ、姿鏡の前に立つ。くるりと一回転してみると、我ながら完璧な仕上がりだった。ブラウスのふんわりとした袖と、キュッと絞られた革ベストのメリハリ。アースカラーでまとめているので街の雰囲気にもしっかり馴染みつつ、野暮ったさは一切ない。
「エルウィンさん、着替えてみました! どうでしょうか……?」
カーテンを開けて店内へ出ると、カウンターにいたエルウィンが息を呑んだ。
「……嘘でしょ、茜さん……!?」
エルウィンは両手を口元に当て、目を丸くして私をまじまじと見つめた。
「それ……棚の奥でずっとバラバラに眠っていた服よね!? なんで……なんでそんなにおしゃれになるの!?」
「ふふ、ポイントはレイヤード、異素材の重ね着 とシルエットのメリハリです! 柔らかい布のブラウスに、硬質な革のベストを合わせることで、お互いの質感が引き立つんですよ。ベルトでウエストの位置を高く見せているので、スタイルアップ効果もあります!」
「すごい……! 組み合わせがすごく上品だし、動きやすそうなのにちゃんと可愛い……! みんな振り返るわよ!」
エルウィンは感極まったように私の手を取り、何度もぶんぶんと振った。
「その服、そのまま茜さんにあげるわ! ううん、むしろお店の看板衣装として毎日着てほしいくらいよ!」
「ありがとうございます! マネキンになりますね!」
足元を見ると、木箱から顔を出したモモが「ふにゃ〜ん」と喉を鳴らし、私の新しい革ブーツにすりすりと顔を寄せていた。
「よし! 気分も新しくなったところで、茜さん、店内全体のディスプレイ見直しを始めましょう!」
数時間後。
「うん、すごく良いわ! 茜さん、なんだか別のお店みたいに見えるわね!」
エルウィンが両手を合わせて、感心したように店内を見回した。
「ふふ、良かったです。仕入れた商品はどれも素晴らしいんですから、あとはお客様から見て『何が売りなのか』がすぐ分かるように整えただけですよ」
「これがディスプレイなのね……やり方一つで、服の魅力の伝わり方が変わるもんなんだね」
「その通りです! お客さんが見やすく買いやすい動線を作ってあげるのが、販売の基本ですからね」
昨日までの店内はせっかくの素敵な服や小物が暗い棚に乱雑に積み上げられ、まるで倉庫のようだった。そこで私は、入り口近くに日常使いの服をまとめた『デイリーコーナー』を。奥の落ち着いたスペースに装身具や小物を光が当てるように配置した『アクセントコーナー』を作り、全体をすっきり整理したのだ。足元では、ちょっと太った三毛猫のモモが、日当たりの良くなった木箱の上で、
「ふにゃあ」
と満足そうにあくびを噛み殺していた。二本の尻尾が、パタパタとご機嫌に揺れている。
「よし、これでいつお客様が来ても大丈夫ですね!」
「ええ! 昨日の金貨五枚で仕入れの準備もできたし、今日から気合いを入れていきましょ!」
エルウィンがキュッと口元を結んで微笑んだ。カウベルの爽やかな音とともに、二日目の営業が始まった。
昼下がり。静かな通りから、カウベルの音が響いた。
「いらっしゃいませ!」
店内に入ってきたのは、三十代半ばほどの品の良い女性だった。上質な深い紺色のドレスを纏い、首元には控えめなレースの刺繍。仕立ての良さからして、裕福な家庭の奥様であることがひと目で分かる。だが、女性はどこか気まずそうに、居心地悪そうに店内をキョロキョロと見回していた。
「あの……すみません。こちら、服屋さんで間違いないかしら?」
「はい! 衣類と装身具を扱っております『エルウィン洋品店』です。何かお探しですか?」
私は営業用の柔らかい笑顔を浮かべ、つかず離れずの絶妙な距離感を保ちながらお辞儀をした。
「実はね……今度、夫の誕生日があるの。それで、何かプレゼントを選びたくて」
「旦那様への贈り物ですね! 素敵です。どのようなお品をお考えですか?」
女性は少しだけほっとしたように胸を撫で下ろし、店内の一角にあるデイリーコーナー、シンプルな肌着や靴下が並ぶ棚へ視線を向けた。
「ええ……あまり高価なものじゃなくていいの。普段使いできる、地味なインナーか何かがあれば……あそこに並んでいるような肌着を、二、三枚いただこうかしら」
棚の肌着は銀貨で買える品だ。奥の魔法具とは、値段も使い方も違う。女性が指した肌着を一枚広げた。普段使うものを贈るのも、もちろんいい。ただ、棚を見る目には迷いがある。何を選べばいいか決めかねているのなら、話を聞いてみたかった。
「かしこまりました。肌着以外もご覧になりますか? よろしければ、旦那様のお仕事や普段のお召し物を少し教えてください」
「え? 仕事……? ええ、夫はね、宮廷魔導士をしているの」
「宮廷魔導士様ですか! すごいですね!」
エルウィンが奥から声を弾ませて顔を出した。女性は苦笑いを浮かべながら、小さくため息をついた。
「すごいと言っても、家では本当に無頓着な人でね。職場では重たい魔導士のローブを着ているけれど、非番の日や家では、もう何年も着古した地味な服ばかり着ているのよ。おしゃれにも装飾品にも、まったく興味がない人で……」
「なるほど……」
「本当はね、お友達に『魔道具店で何か役に立つ魔法のアイテムでも買ってあげたら?』って勧められたのよ。でも、魔道具店って……なんだか色んな物がゴチャゴチャ置いてあって、お店の人もいかつくて、あたしみたいな普通の女には敷居が高くて……」
女性は肩をすくめた。
「だから、結局何を買っていいか分からなくなっちゃって。それなら、毎日着る肌着でも新しくしてあげようかしらって思ったの」
「ご予算は、どのくらいでお考えでしょうか?」
「気に入るものがあれば、金貨十枚くらいまで。セリアと申します。夫の物はいつも本人に任せていて、選ぶとなると難しくて」
「セリア様ですね。では、その範囲で、肌着もほかのお品も見てみましょう」
私は広げていた肌着をカウンターへ置いたままにした。こちらを選ぶことになっても、すぐ手に取れる。
「奥様。旦那様はお仕事中、何かでお困りになっているようなことはございませんか? 例えば、お召し物に飽きてるとか、動きにくいですとか」
「あ……!」
女性はハッとしたようにポンと手を打った。
「そういえば! 宮廷での魔法実験や訓練のせいで、あの人、しょっちゅう袖口を焦がしたり、同僚の魔法の暴発に巻き込まれて服をダメにして帰ってくるの! 『またローブを新調しなきゃならん』って、いっつも愚痴をこぼしていて……だから本当はローブを買おうと思ったけど、仕事道具の一環だからこだわりがありそうで私は買うのを諦めたのよ」
「袖口の焦げと、予期せぬ魔法の暴発……ですね」




