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第一話:最強のインナー提案【後編】

 猫に挨拶を済ませ、私はさっそく袖を捲り上げた。


「エルウィンさん、まずは在庫のチェックから始めさせてください。どんな商品があるのか把握したいです」

「頼もしいわね。じゃあ、奥の棚から見ましょ。売れ残りのアイテムがいっぱいあるの」

(そっか……)


 ふと、商品の手触りを確かめながら、私は心の中で小さく笑ってしまった。アパレル業界では、服や靴、バッグやアクセサリーといった商品のことを、アイテムと呼ぶことがある。今週のイチオシアイテムとか小物アイテムといった具合。


 そしてこの異世界でも、人々は特別な効能を持つ防具や魔法具、道具全般のことを、当たり前のようにアイテムと呼んでいた。こんなところに共通点があるなんて、なんだか可笑しくもあり、同時に少しだけ親しみが湧いてきた。


 呼び方は同じでも、ここにあるのはただの武器や道具じゃない。人が身にまとい、生活や冒険を彩るための『服屋のアイテム』だ。


「よし……!」


 棚に並ぶ商品を、一通り手に取って確認していく。生地に指が触れるたび、頭の中にぽつりぽつりと情報が浮かんできた。


『妖精の紡績糸。軽量、耐久度高』

『風精のブローチ。着用者の移動速度をわずかに上昇』


 どれも面白そうな効果を持っているけれど、畳まれ方が雑で機能性が客に伝わりにくくなっている。そして、棚の最下段、一番奥の埃をかぶった箱を引っ張り出した時だった。


「ん……? エルウィンさん、これなんですか?」


 箱の中から出てきたのは、くすんだ赤色の、一見すると少し厚手のシンプルな長袖の肌着だった。触れた瞬間、脳内にくっきりと情報が浮かび上がる。


『火鼠(ひねずみ)の皮衣。耐火、耐熱。伝承級』

(火鼠の皮衣……? うそ、まさか昔話に出てくるあの……なんだっけ、かぐや姫だっけ?)


 驚いて手繰り寄せる。しっとりとした手触り。ウールのような温かみを感じさせつつも、吸湿性と伸縮性がすごそうだ。ただ、金属のような硬さは一切なく、手に持った感触は「ただの柔らかい布」でしかない。


「ああ、それね……」


 エルウィンは困り果てた顔で、ため息をついた。


「それはね、うちの店で一番の不良在庫なのよ」

「不良在庫……? こんなに質が良さそうなのにですか?」

「だってさ、この街で火を防ぐなら、耐炎魔法を使うか、魔法をかけた鎧を着るのが普通でしょう? わざわざ高価な自然素材の服を買う人なんていないのよ。父が仕入れた品で、売値も安くできなくてね。三年も売れ残っているの……」


 三年。エルウィンの肩の落ちようから、その重みが伝わってきた。私は皮衣の生地を触りながら、考え込んだ。異世界の魔法文化や防具の知識は私にはない。だけど、服そのものの構造なら分かる。


(魔法や特殊な鎧は多分外側を守るもの……なら、これって、あの構造と同じじゃない?)


 前の売り場でも、暖かさや値段だけで肌着を選んだ人が、汗の冷えや縫い目の擦れに困って戻ってきたことがある。外側が頑丈でも、肌に近いところで困ることは別だ。この皮衣にも、鎧とは違う使い方があるのではないか。


「エルウィンさん。この皮衣って、魔法の鎧の下に着るインナーとしては使えないんですか?」

「え? インナー……肌着のこと? うーん、着られるとは思うけど、防具の下なんて誰も気にしないわよ?」

「気にしないからこそ、隙ができるんです。魔法の鎧が表面を防いでも、中の熱まで全部消せるわけじゃないですよね?」


 私が言いかけた、その時だった。ガチャン! と店舗のドアが荒々しく開いた。


「おい! 誰かいるか!」


 飛び込んできたのは、身長二メートルはあろうかという巨漢の男だった。全身傷だらけの鉄のプレートアーマーを纏い、荒い息を吐いている。


「あ、いらっしゃいませ……!」


 エルウィンが前に出ようとしたが、男は店内の陳列を見るなり、盛大に舌打ちをした。


「チッ……なんだ、ここは服屋かよ! 防具屋じゃねえのか!」

「あの、当店は衣類と装身具を扱っておりまして――」

「ハッ、軟弱な服屋なんぞに用はねえ! 時間の無駄だった!」


 男は吐き捨てるように背を向け、ドアノブに手をかけた。逃がすわけにはいかない。私は無意識のうちに、接客のスイッチを入れた。


「お客様!」


 呼びかけると、男の眉がわずかに動いた。不機嫌そうに振り返る。


「なんだ、小娘。俺は忙しいんだ」

「お客様、これから火を吐く強い魔物の討伐に向かわれるところですね?」


 男が怪訝そうに目を細めた。


「……なぜそれを知っている」

「甲冑の足元に黒い煤が付いています。それに、大剣の柄に巻かれた革紐が熱で縮んでいるみたいでしたから。火の近くで戦う方の装備に見えました」


 男は自分の装備を見下ろし、驚いたように鼻を鳴らした。


「……目ざとい小娘だ。そうだ、俺はこれから東の山に現れた大型の竜を狩りに行く。だから頑丈な耐炎の鎧を探していたんだが……この街の防具屋には、俺が使えるような耐炎防具が置いてねえんだよ」

「防具屋で鎧を探されるのは当然だと思います。でも――」


 私はカウンターの『火鼠の皮衣』を持ち上げた。


「その立派な金属の鎧、竜の火炎ブレスを浴びたら、表面は無事でも中の温度が一瞬で跳ね上がりませんか? 鎧の中が蒸し風呂状態になって、動けなくなっちゃうんじゃないでしょうか」


 男が言葉を詰まらせた。図星だったらしい。


「それは……耐炎魔法を身体にかければ防げる……」

「でも、魔法だって万能じゃないですよね。戦闘中に効果が途切れたり、限界を超えた熱が侵入したら……鎧の中の服に火が移るのが一番怖くないですか?」

「ぐっ……」


 男の顔が歪んだ。実際にそういう危険な目に遭ったことがあるのかもしれない。


「だから、一番内側に着るインナーが大事なんです。表面の防具が防ぎきれなかった熱を、肌の一番近いところで遮断する。これ、火鼠の皮衣っていう肌着なんですけど……試してみますか?」

「試す……? そんな薄い布で何が試せるってんだ」

「エルウィンさん、燭台の火を貸してください」

「えっ!? あ、ええ!」


 エルウィンが慌てて大きな燭台を持ってきた。揺れるオレンジ色の炎。


「お客様、両手を出していただけますか?」

「手を……? おい、何をする気だ」

「まずこちらで試します。熱くならないことを確認してから、お手に乗せてもよろしいでしょうか」


 私は皮衣を燭台のそばへ広げ、端に炎を当てた。焦げず、裏側に触れても熱は伝わってこない。エルウィンにも確かめてもらい、男が頷いてから、炎を離した。私は男の大きな手の上に、折りたたんだ火鼠の皮衣をふわりと乗せた。そして、皮衣の上から、燭台の炎をそっと近づけて当ててみた。


「おい、何を!?」


 男が叫びかけたが、すぐにその表情が凍りついた。炎が皮衣の表面を舐めている。だが、皮衣は焦げる気配すらなく、男の手もまったく動かない。


「……いかがですか?」

「……熱くない、な……?」

「はい。熱も火も、肌に届く前に遮断してくれます。……あ、でも、これただの柔らかい布なので、剣で斬られたり殴られたりの物理攻撃には全く効果がないです。だからこそ、お客様のその頑丈な鎧の下に着るのが一番なんですよ」


 男は皮衣を巻いた自分の手をじっと見つめ、それから炎を取り除いた生地を触った。煤ひとつ付いておらず、ぬるま湯程度の温もりすらない。


「鎧の下に……これを着る……」

「はい。汗もすぐに吸ってくれますし、ごわつきません。命を守るための最後の保険にいかがですか?」


 静寂が店内を包み込んだ。男は皮衣を握りしめ、やがてハッと息を吐くと、豪快に破顔した。


「……ハハッ! 小娘! まさか服屋で命の拾い方を教わるとは思わなかったぜ!」


 男は腰の革袋から、ガシャリと金貨を取り出してカウンターに置いた。


「これ、買わせてもらう! いくらだ!?」

「えっと、値段は……」


 しまった。値札のようなものもないから値段は把握していない。エルウィンの方をちらっと見る。


「金貨五枚……本当に払ってくれるのかい?」

「よし、取っておけ! これで心置きなく竜をぶん殴ってこれるぜ!」

「「ありがとうございます!」」


 男は皮衣を大事そうに抱え、満足そうな笑顔で店を去っていった。カウベルが鳴り、店内には再び静けさが戻ってくる。カウンターの上に残された、五枚の金貨。


「……売れた……」


 エルウィンが、ぽつりと呟いた。


「……三年よ。三年間、ずっと棚の奥にあったの……」


 エルウィンは金貨を見つめたまま、へたり込むように椅子に座り込んだ。その瞳には、長年の重荷が下りたような、心の底からの安堵が浮かんでいた。


「ありがとう、茜さん……」

「いいえ、いい服だったからです。私、ただの販売員ですから」


 私が微笑むと、足元で「ふにゃ〜」と甘い声がした。見下ろすと、モモが満足そうに私の足に身体をすり寄せていた。


「よしっ! エルウィンさん、しんみりしてる暇はありませんよ。まずはこの散らかった棚の整理から始めましょう!」

「えっ、今から!?」

「当たり前です! せっかくの良い商品が泣いてますからね。さ、モモも手伝って!」

「にゃーん」


 モモが返事をするように鳴き、棚の上から軽やかに飛び降りた。モモが尻尾で埃を払った箱を、私はもう一度棚から引き出した。まだ、手をつけていない在庫がある。

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