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メタ子、宴会に参加する。

「かんぱーいっ!!」


「「「「かんぱーい!」」」」


ガラスジョッキが乱暴に打ち鳴らされそこから僅かに溢れたビールが宙を舞う……その日居酒屋の広間には何十人分もの社員の声が一斉に響き渡っていた。


現在は金曜日の夜八時、仕事を無理やり切り上げ課長先導の元やって来た営業部の面々はすでに出来上がった空気の中でジョッキを傾けていく。


「いやーっ今回もまた見事にうまくいったぞ!ははははは!みんなよくやったなーっ!」


上座の中央ではすでに顔を赤く染めた課長が満面の笑みでビールジョッキを掲げている、ネクタイを頭に巻いているという定番過ぎる姿はしていないものの服は乱れ完全に酔いが回っているようだった。


「前回のプレゼンで先方の役員陣を完全に唸らせてやったからな!これもひとえに俺の綿密な戦略と現場の統率力……そしてお前達の底力のおかげだ!俺はお前らならやり遂げると最初から信じてたぞーっ!」

 

「課長流石です!」

 

「やっぱり課長は素晴らしいですね!」

 

課長を取り囲む太鼓持ちの同僚達は間髪を入れずに拍手を送り彼を褒め称える、そのおかげで上機嫌の極みに達した課長は豪快に笑いながらすぐ隣に座らされていた部下達の背中を叩き始めた。


「おう!お前も、お前もだ!よくついてきてくれたな!」

 

「うぐっ…!あ、ありがとうございます!」

 

「課長のおかげです…ゲホッ」

 

鈍い打撃音が響くたびに叩かれた社員達は苦笑いを浮かべていく、そしてその軌道上には当然メタ子の姿もあった。


「メタ子もだ!あの朝イチの追加資料よく間に合わせたな!やっぱりお前はできる奴じゃないか!」


「ふぐぅぅ…!?」

 

パァァン!と小柄な彼女の背中に課長の掌が炸裂すると同時に、あまりの衝撃に視界が一瞬チカチカと点滅する。


「は、ははは……課長の"ご指導"と"的確な指示"のおかげです……」


「がはは!謙虚だなメタ子は、だが確かにそうだ!お前も俺の下で働けて幸せだな!」


「………ははっ」


(よくもまあそんな言葉が舌先から滑らかに出てくるものです…)


そもそも今回の宴会の名目は大型クライアントとの新規契約成立を祝う祝勝会である。

数ヶ月にわたって難航していた交渉だったが先日提出した最終提案書と追加プレゼンが決め手となり、正式に契約を結ぶ旨が先方から通知されたのだ。

それにより今期の会社全体の業績は大幅に上方修正される見込みとなり、経営陣は大いに喜び営業部フロアには拍手が鳴り響いていた。


……だがわその華々しい契約成立という結果に至るまでの過程は一体何で構成されていたのか?

──メタ子達の削り取られた睡眠時間でありプライベートである、深夜のオフィスの床に転がりコンビニ食で胃袋満たし体調も無理やり誤魔化しながら決死の思いで作成した血と涙の結晶によって成り立っているのだ。


それらの犠牲をすべて『俺の統率力』という一言で上塗りし現在美味い酒の肴にしている目の前の課長を見つめながらメタ子は目を細め溜息をつく。


(誰の功績か考えるだけ無駄ですね…)


評価などどうでもいい、メタ子には出世欲など最初から存在しない………今の彼女が求めているのは落ち着ける静寂と冷えた酒と温かい揚げ物だけだった。


「良いか?俺がお前らくらいの時はな、毎日毎日……」


「わーすごいですねー…」


課長は今別の社員に注がせたビールを煽り今度は自らの武勇伝を語り始めていた。

メタ子は喉元まで出かけていた課長への文句を必死に押し殺し、彼の話に適当な相槌を打ちながら腰を浮かせてそろそろとその場から移動していく。


目指すはこの場の喧騒の渦から最も遠く離れた部屋の最奥にある角席である。

幸い酔っ払っていた課長はメタ子が離れた事にも気づかず延々と同じ様な話を繰り返しているようだった、移動中も誰にも呼び止められる事なく角席へと滑り込んだ彼女は壁に背中を預けるとそこで安堵の息を吐いた。

  

「……ふぅ」

 

ようやく落ち着ける場所に来られた、目の前のテーブルにはまだ誰の手もつけられていない料理の大皿がいくつか残されている、そこにはメタ子が望んでいた山盛りの唐揚げやポテトの山が積み上げられていた。

 

「素晴らしい…ありがたくいただきましょう……」

 

メタ子は誰に遠慮することもなく割り箸で一番大きな唐揚げを一つ挟み上げ思い切りかぶりついた。


「はふぅ……美味しい…」


ザクっとした心地良い破砕音がメタ子の耳に届き肉汁がとめどなく口の中へ溢れてくる、味付けが特殊なのかいつも食べているものとはまた違った香りや風味にメタ子の箸は止まることを知らずに次々と唐揚げを摘んでは胃に収めていった。


「んんっ……!」


唐揚げを咀嚼しながらメタ子は間髪を入れずに一緒に避難させたビールジョッキを傾け、まだ冷えているビールを流し込んでいく。

 

(やはりあそこから離れて正解でした……)


きっとまだあそこにいれば課長の話し相手にされてこうして飲んだり食べたり出来なかっただろう。

現に課長の傍にいる社員は特に何もする事なくひたすら課長を持ち上げている、よくああやって話を合わせられるものだとメタ子はある意味尊敬しながらポテトを摘んでいた。

その後もビール、唐揚げ、ポテトの三種の神器を回しながら一人宴会をしていると……


「…メタ子ちゃん」


「あ、佐藤さんに鈴木さんも……」

 

突然メタ子の耳にそんな小声が聞こえ顔を向けると、そこにはビールジョッキを片手に抱えながらコソコソ歩いてくる同僚の姿があった。

困った様な顔を浮かべる佐藤にチラチラと課長の方を見ている鈴木……どうやら二人ともメタ子同様課長の近くから避難してきたらしい。


「さっきまでずっと絡まれててさ、中々立てなくて……隣良い?」


「僕も一緒にいいかな?お腹空いちゃって」


「どうぞどうぞ、まだ食べ物もありますから好きに摘んでください」


「ありがとメタ子ちゃん」


二人はメタ子に笑いかけながら彼女の隣と向かい側の席へそれぞれ座ると早速ジョッキに残ったビールを一気に飲み干していく。

 

「んぐ……ぷはぁ!ほんと助かった…もうずっと胃に穴が空きそうで困ってたの」


「僕もまだ早い段階で抜けられて良かったよ、きっとあの調子だとまだまだ課長の話は止まらないだろうからね」


二人ともジョッキをテーブルに置くと解放された安心感からか自然と愚痴が溢れ始めた。


「課長もう五回くらい同じプレゼンのくだり話してるの、『俺の統率力がさあ!』ってそれしか言えないのかって話よ……あの時は朝まで資料ができてなかったの誰のせいだと思ってるのよ」


「本当ですよね…殆どの作り終えた所で追加ねと言われた時は本気でキーボードを投げつけようかと思いました」


「あはは、その時のメタ子ちゃん凄い顔してたもんね」


「でもメタ子さんを怒らせたらどうなるか興味あるかも」


「確かに!普段から怒らないものね怒るとどんな感じなのかしら」


「や、やめてくださいよ二人とも…変に期待されても応えられませんからね?」


三人は笑いを漏らしながら話を続けていく、普段から同じ地獄を味わって来ていたからこそ通じ合える独特の連帯感がそこにはあり、気づけば目の前にあった食べ物は消えジョッキも空となっていた。


「あ、すみません店員さん!生ビール三つおかわりお願いします、あと唐揚げも追加で!」


「はい生三丁に唐揚げですね」


これでは物足りないと佐藤が店員を手招きし追加の注文を行っていく。

手際よく空いたジョッキが下げられそれから数分もしない内に冷えた中ジョッキが三つ運ばれてくると、三人はそれらを手に顔を見合わせ頷いた。


「よし、皆ジョッキは持ったわね?それじゃあ改めて…私達だけの祝勝会を始めましょうか」

 

「賛成、本当にお疲れ様」

 

「お疲れ様でした…!」


カチン…と小さなグラスのぶつかり合う音が鳴り響く。

上座から聞こえる大騒ぎに紛れるような密やかな乾杯ではあったが、三人は無言でジョッキを口に運ぶと中身の半分以上を一息に胃袋へ……


「ぷはぁっ…!あーこれこれ、これよ!」

 

「生き返る…やっぱり自分のペースで飲むビールが一番美味しい」


「ビールを作った方に感謝ですね……」

 

その顔には先程までの疲労の色は消え去りどこか穏やかな充足感が広がっていた。

 

「他にも何か頼もうかしら、メタ子ちゃん何が食べたい?」

 

「……ではポテトフライとチキン南蛮…あと鶏皮の盛り合わせを」

 

「いいわね、私も今夜はカロリーなんて気にしない!じゃあゲソ揚げと天ぷら…あとだし巻き卵も!」

 

「僕ホルモン炒め頼んでいいかな、それとプライドポテトも追加で」

 

「よし決まりね、すみませーん!」


やがて届いた大量の料理に三人は目を輝かせながら黙々と食べていく、更にあらゆる旨みが凝縮された状態の口へ何度もビールを流し込む。

  

「……最高という言葉しか思いつきません」

 

「揚げ物ってなんでこんなに裏切らないんだろうね……」

 

「無限に食べられる気がする…僕生おかわりで、二人はどうする?」


「私もお願いします」


「そりゃいくでしょ、まだまだ飲むわよ!」


テンションが上がりに上がり食べ飲みのペースも早くなる、完全に酔いも回った三人の間では業務時間中は交わすことのできない世間話が増えていた。

休日の過ごし方、最近買って失敗した便利グッズの話、近所にできた美味しいパン屋の話……他愛もない言葉がアルコールと共に流されていく。

 

会社という組織に属している以上明日からもまた理不尽な要求は降りかかるだろうし、これからも終わらない残業に身を削る日々が待っていることは変わらない。

…それでも、こうして同僚達と共に肩の力を抜いて美味い酒を飲み料理を囲んで笑い合う……そんな時間があるだけでこの世界もあながち捨てたものではないと思えてくる。

 

「……幸せですね」

 

「え?メタ子ちゃん何か言った?」

 

「なんでもありません、ビールがとても美味しいなと思いまして」

 

「そうね、ならもう一杯いっちゃおうか!」

 

「お付き合いします」


「二人とも凄いね……僕も負けてなれないや」


今夜はこのまま平和に、穏やかに…最高の気分のままお開きして帰宅できるはずだとメタ子は思いながらおかわりしたビールをまた口に含んだのだった。



……宴会がお開きとなった後、タクシーを捕まえるまで千鳥足で暴れる課長を全員で宥めるという地獄の時間が待ち受けていることを知らずに………。

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