外伝3:血塗られた刃の記憶
ご覧いただきありがとうございます。「迷宮の底、復讐の血脈はモンスターを屠る」外伝3――血塗られた刃の記憶です。
ルインが抱える消えないトラウマの深さと、彼を心配しながらも引き留められないガルドの複雑な心情を描きました。静かな夜に交わされる二人のやり取りをお楽しみください!
月明かりも届かない深い夜のなか、崩れかけた古代神殿の廃墟で、ルインはひとりのこま切れになった魔物の死骸のそばに立ち尽くしていた。
手元の短剣からは、まだ温かい黒い血がポタポタと石畳を叩く音だけが響いている。
(――どうして、僕は生きているんだろうな)ふと、そんな澱んだ思考が脳裏をよぎった。
幼い日の記憶。あの村を襲ったあの巨獣の喉の奥。
暗く、温かく、そしてすべてを溶かす胃液のなかで、仲間たちの叫び声が混ざり合っていたあの感覚。自分だけがなぜか吐き出され、泥まみれの地面に放り出されたときから、ルインの時間はずっとあの暗闇の中で止まったままだった。
肉体がどれだけ傷つき、骨が折れようとも、不思議と痛みは感じない。
あるのはただ、胸の奥底で消えない焦がれるような渇きだけだ。もっと深く、もっとおぞましい化け物を引き裂けば、あの日の絶望を少しは埋め合わせることができるのではないか。そんな狂った錯覚だけが、細い手足を動かす原動力になっていた。
「……ルイン」
背後から、低くくぐもった声が聞こえた。
振り返ると、月の光を背にしてガルドが立っていた。重そうな戦斧を肩に担ぎ、彼の表情にはいつもの呆れではなく、どこか痛ましげな色が滲んでいる。
「こんな夜中に、一人でこんな古い廃墟の魔物を狩って……お前、休むことを知らねぇのかよ」
「休む必要はない」
ルインは冷たく言い放ち、血に染まった短剣を乱雑に布で拭い取った。
ガルドはため息をつきながら、ルインの数歩手前で足を止めた。そして、何か言いたげに口を開きかけ、再びそれを飲み込んだ。
「……昔の夢を見るか?」
ガルドのその問いに、ルインの動きがわずかに止まった。
答えはしない。だが、その背中がすべてを物語っていた。毎夜、目を閉じればあの巨大な牙とねっとりとした胃液の感触が蘇る。悪夢の中で何度も食べられ、何度も窒息しかけ、冷たい泥の中で目を覚ます。
「俺にも昔があったさ」ガルドはぽつりと呟いた。
「大切なものを守れず、自分だけが生き残っちまった夜にな。……だがな、ルイン。いつまでもその血のなかに浸かり続けていたら、お前自身が本当に化け物になっちまうぞ」
「化け物でいい」
ルインは振り返り、凍りついたような鋭い瞳でガルドをまっすぐに見据えた。
そのあまりに冷酷で、一切の救いを拒絶するような眼差しに、ガルドはそれ以上言葉を続けることができなかった。
「僕が化け物になって、すべてのモンスターをこの手で引き裂き尽くすこと。それが、あの暗闇で死んでいった奴らに対する、僕の唯一の弔いだ」
それだけ言い残すと、ルインはガルドの横をすり抜け、さらに暗い廃墟の奥へと歩き出した。
月光が少年の小さな背中を照らし出し、その足元には、どこまでも続く血の足跡が長く伸びていた。
ガルドはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて小さく首を横に振ると、闇の中へ消えていく少年の背中に向かって低い声で呟いた。
「……勝手なガキだ。だがよ、せめて地獄へ行くときは、俺がその道連れになってやるよ」
夜の闇は深く、少年の復讐の足音だけが、静寂のなかに冷たく響き渡っていた。
外伝3「血塗られた刃の記憶」最後までお読みいただきありがとうございました!
ルインの心の奥底にあるトラウマと、そこから抜け出す気など最初からないという彼の頑ななまでの復讐心が浮き彫りになるエピソードとなりました。彼の生き様を見守るガルドの背中もまた、このダークな世界観の中で大きな存在感を放っています。




