第23話 魔女の毒薬⑤
せっかくだから、一緒に写真を撮ろう、と夕食の後に提案した。 ディミトラさんは、スープを口に運びながら首を傾げた。
「一緒にって……誰が撮るんです?」
「セルフィーで撮れますよ」
僕がカメラを設置して、調整をしている間に、ディミトラさんは帽子をかぶり、白い肩掛けを羽織ってくれた。モデル役としての自覚が芽生えていることに少し胸が熱くなる。
「そういえば、その帽子はお弟子さんだって聞きましたけど——」
世間話のつもりで話題を振って、一瞬ひやりとする。お弟子さんは亡くなったと聞いている。触れないほうがよかっただろうか。
しかし当のディミトラさんは特に気にしていない様子で、帽子を膝元に置いて埃をふるうようにぱんぱんと叩いいた。
「ああ、そうですね。あの子のなかで魔法使いの規範があったらしく、『かぶれ、かぶれ』とうるさいもんで。しかしこれもずいぶん古ぼけて——あ、なんだこのベトベト種は! なんだって帽子の中に入っちゃってるんでしょう?」
やべ。僕がずいぶん前に入れた種の悪戯がバレた。追究されないように言葉を重ねた。
「お弟子さんって、これまでに何人も取ってきてたんですか?」
「……いいえ。あの子ひとりだけです」
種を摘まんでは、長椅子の横に置いてある小皿に種をことんと落としていく。
「そもそもずっとあの子が弟子を勝手に名乗ってただけですしね。正式な契りなど結んでいませんし」
ことん、ことんと、種が落ちる音が部屋に響く。伏し目なディミトラさんの顔に、ピントを合わせる。
「あの子はあなたと違って、お喋りで人懐っこくて、行く先々で私の弟子を名乗るもんだから大変でしたよ」
(背の高い、栗毛の綺麗な姉ちゃんだったよ。あんたと違ってやたらと元気で明るかったな)
バシカさんの言葉を思い出す。どんな人だったのだろう。写真があれば、わかるのに。
そうだ。この世界には写真がないから、この世を去ったら、その表情を残せないのだ。
ことん、ことんと種が落とされていく。
「だから、きっとあなたが想像しているような、師匠と弟子の関係だなんて大層なもんじゃないです。私はなにも教えていません」
ことん。最後の種が皿に落とされた。
「——そう、師匠らしいことは、なにもしてやれなかった——」
俯いたまま、そうつぶやいた。
覗いていたレンズから目を離して、ディミトラさんを見る。俯いたまま、動かない。
「ディミトラさん——」
かける言葉を探している間に、ディミトラさんは帽子をかぶり直して、僕のほうに向きなおった。
「……ほら、撮らないんですか?」
水色の瞳と視線が合わさる。泣いてはいなかった。潤んだ様子もない。遠い宇宙に佇む星のような水色は、いつも通り眠たげに、瞼によってその円形を狭められていた。
「あ、すみません。撮ります——」
僕はセルフタイマーをセットしてから、急ぎ足で長椅子に歩み寄ってから、ディミトラさんの隣に腰かけた。
ディミトラさんはレンズを見たまま、問いかけてきた。
「……え、これ、どう——いつ撮るんですか?」
「あと十秒ぐらいです。時間経過で自動で撮ってくれるんです」
「……カメラがですか?」
「そうです」
「すごいですね。カメラが自分で撮るなんて。ミタカいらないじゃないですか」
僕は一瞬言葉を反芻してから、ディミトラさんのほうへ首を回した。
ディミトラさんは、正面のカメラを見据えたまま、悪戯っぽく口元に笑みを浮かべていた。
「冗談ですよ」
「……今いちばん笑えない冗談ですよ、ディミトラさん」
「ほら、前向かなくていいんですか——」
僕が慌てて向き直ったときには、すでに「カシャリ」とシャッターが切られた後だった。
カメラの画面を確認すると、狼狽した僕の顔がぶれていた。立ち上がって背筋を伸ばすディミトラさんに抗議する。
「見てくださいよ、俺の顔。ぶれちゃったじゃないですか!」
「男前に撮れてるじゃないですか。さすがミタカは技量が違いますね」
「もう一回撮りましょうよ」
「もう疲れましたよ、片付けもしないといけないんですから、今度にしましょう」
カメラを抱えて非難めいた視線を浴びせ続ける僕に、ディミトラさんは優し気な笑みを浮かべた。
「まだまだ旅は続くんですから。撮る機会はいくらでもありますよ」
*
国境脇の見張り台の裏側、高い塔の影に隠れるようにしてディミトラは立っていた。
ディミトラは、軟殻性自律駆動車P-六四に積載した積み荷を確認しながら、交易先と個数を紙に書き留めていた。出立前の何百回と繰り返された作業。羽ペンは淀みなく紙の上を走り続ける。
そのペン先が文字の途中でピタリと止まった。行き場を失ったインクが紙ににじんでいく。
羽ペンをインク瓶に差し、今しがた書き留めていた小箱に手を伸ばす。
かさりと葉が擦れる音がして、箱の中から小瓶が掴み上げられた。
三鷹が三日前に見て戦慄した、あの小瓶だった。ラベルにトカゲの絵が描かれた小瓶。ディミトラが三鷹に、薬味だと説明した小瓶。
商人の走り書きによって書かれた文字は、三鷹にはまだ読むことができない。
ラベルには、商会文字でこう書かれていた。
猛毒 自決用 幸運を!
ディミトラは、その文字列をしばらく眺めていた。さあっと家屋の間を風が通り抜ける。ややあって親指の腹でその文字を撫でてから、ぽつりとつぶやいた。
「そちらに行くのはもう少し先になりそうですよ、ミズキ」
水色の瞳に暗い意思が灯ったとき、大通りから三鷹の張り上げた声が届いた。
「ディミトラさーん! ちょっと教えてほしいんですけど!」
ディミトラは腰ポケットに毒薬をしまって、大通りのほうへ歩いていく。
陽光に照らされたディミトラは、無聊に塗られた顔でため息をついた。
「なんですか、今忙しいというのに——」
序盤でいちばん書きたかった話を書き切ることができました。
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