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第22話 魔女の毒薬④

 

「『旅の施し』……ですか?」


 そういった単語を、カノキジさんが話していた気がする。


「魔法使いの間で伝わる、弟子が五十日を迎えたときに行なう儀式ですよ。これまでの旅の無事とこれからの旅の平穏を祈って、贈り物と御馳走で祝い事をやるんです」


 長椅子に座るディミトラさんはふんぞり返って、床で正座する僕を見下ろしている。


「正確にはあなたは私の弟子ではないんですが、まあ祝ってやらんこともないかと勤しんでいたところで、あなたが訳のわからないことをわめき始めたということですよ」


「でも……じゃああのさらに振りかけていた粉はなんだったんです」


「これですか?」


 ディミトラさんは懐から小瓶を取り出した。


「だから漢方だと言ったでしょう! 街で買い物をしているときに、バシカに会ったんですよ。『なんだか元気をなくしているようだから、飲ませてやったらどうだ』と譲ってくれたんです」 


「……でも、俺、見ましたよ。『毒』と書かれた小瓶! あれはなんだったんです?」


「毒ぅ?」


 ディミトラさんは右頬をなでながら視線を上に泳がせてから、「ああ」と合点がいったように手を叩いた。


「それはあれじゃないですか。飲みすぎると依存性が出てしまう薬味の注意書きを読んだんでしょう。用法・用量を守ってくださいという忠告です。お酒の瓶にも書かれてあるはずですよ」


 僕は額をぴしゃりと叩く。『中毒性』に似た言葉が、この世界にもあるのだ。


 俯いて額をこすってから、また顔をがばりと上げた。


「でもっ——」


「でもでもうるさいですねえ!」


「っでも! 見ましたよ! あの村で首を絞めるジャスチャーをして! そうだ、あのときから俺は疑い始めたんですよ、あれはなんだったんですか?」


 ディミトラさんは小馬鹿にしたように「はっ」と短く笑う。


「首を絞めるジャスチャーって、どんなのですか?」


「どうって、こう首を——」


 自分の首に両手を持っていって、ひやりと冷たいものが指先に触れた。


 自分の胸元を見る。


 ピカピカに磨かれた銀色の鎖に、八方向に尖った太陽のようなシンボルのついた、ネックレスがかかっていた。中心に、赤い宝石のような石がはめ込まれていた。


「あなたは魔法を使うときに、光を使うでしょう? だから、それがぴったりかと思いましてね」


 天井の光にかざしてみる。傾けるたびに、ペンダントは光を砕いてキラキラと瞬いた。


「最初はあの村で買おうと思ってたんですが、しっくりくるペンダントがなかったんですよ。この街で見つかってよかったです」


 そういえば、あの小箱にもペンダントが入っていた。


 僕はディミトラさんに向き直る。


「じゃあ、あの箱を見たときに焦ってたのは——」


「ペンダントに気づかれたのかと思ったんです。私だってあっと驚かせたいという遊び心はあるんですよ」


「最近よそよそしかったのは——」


「そっちが勝手にしょげてただけでしょう!? 私はてっきり遅めの十九病にかかっているのかな~とか、いろいろ考えたではないですか」


「十九病ってなんです?」


「旅の初心者が旅に出て二十日ほどたって発症する病ですよ。故郷が恋しくなって、心身ともに重たくなるんです」 


 なるほど。ホームシックってやつか。


 僕は肩の力が抜けて、がっくりと両手を床についた。


「ちょ、ちょっと待ってください。ってことはですよ? ディミトラさんは俺のためにサプライズを用意してくれた上で、体調がすぐれないのも察して薬を飲ませようとしてくれてたってことですか? おめでとうのクラッカー的なものまで鳴らして!?」


「その通りですけど」


 ディミトラさんは「『サプライズ』ってなんです?」と首を傾げた。


「それじゃあ魔女じゃなくてまるで——」


「まるで?」



「まるで女神様じゃないですか」



 見上げたディミトラさんの背後には西日が差し込んでおり、まるで後光のように輝いている。


 ディミトラさんは目を閉じて首を横に振る。


「その女神様に殺されるなどと勘違いした愚か者が私の目の前にいるそうですよ」


「聖母様——」


「とにかく今後は暴走する前に、ちゃんと私に相談して——」


「天女様——」


「わかったから少し黙りなさい! 褒め方下手くそか!」


 少し気恥ずかしそうに、杖を振るって僕の頭をこんと小突いた。


 僕は頭をさすりながら、頭を下げた。


「本当にごめんなさい、ディミトラさん。この間の一件から、どうにも自分の立ち位置を考えてしまって」


「この間の一件?」


「ほら、旅人に優しくなかった国があったじゃないですか。あの外で亡くなっていた方を見たときに言っていたじゃないですか。『弱いと外では生きていけない』的なことを」


「……」


「成り行きで魔法使いなんて名乗ってますけど、俺は魔法なんて使えないんですよ。写真なんて、このカメラがあれば誰でも撮れます。……この際言いますけど、ディミトラさん、最近カメラの使い方を詳しく聞いてきていたでしょう? だから、てっきり撮影方法を会得したら、俺は用済みなのかと——」


 ディミトラさんは「ああ」と肩を落とす。


「やっぱり。……なにか勘違いしていますよ、あなた」


「勘違い?」


 ディミトラさんは立ち上がって、手をこちらに突き出してきた。


「カメラ、貸してください。……で、ここに座って」


 自分が座っていた長椅子を指し示した。


 僕は言われるがままに、カメラを手渡して、椅子に腰かけた。


 ご丁寧にネックストラップを首にかけてから、ディミトラさんがカメラを構えた。腰を落として、下唇を吊り上げている。


 レースゲームに慣れずにコントローラーを振る老人のように、カメラを縦に横に忙しなく傾けている。夕日にレンズがきらりと瞬いて、僕は目を細めた。


「ディミトラさん、そっちからだと——」


「静かに」


 助言するより前に、唇の前に人差し指を滑らせた。黙って見守ることにする。


 ディミトラさんは、「ふんっ」と奇声を発しながらシャッターを切った。数秒間そのまま動きを止めた後、背を伸ばしてカメラの画面を確認した。「ふっ」と力ない笑みで息を漏らしてから、僕の隣に腰かけてきた。



「どうですか?」



 今しがた撮った写真を見せてくる。


 暗い。窓から差し込む西日が強すぎて、被写体の顔が影になってしまっている。完全なシルエットなら幻想的でよい場合もあるが、この写真は中途半端に顔が写ってしまっている。


「——だから、逆光なら露出補正をプラスにするか、部屋の明るさを——」


「待ってください、ギャッコーってなんです?」


「被写体の真後ろから光が差し込むことですよ。光が被写体の表面を影にしてしまうんで、うまく撮るにはコツがいるんです。フラッシュを使うって方法もありますけど、夕焼け空だと——」


「——わかりました、わかりました、もういいです」


 ディミトラさんは背もたれに首を預けて天井を仰いだ。


「『わからない』ということがわかりました」


 カメラを僕に返しながら、言葉を続けた。


「ミタカ、あなたは写真を撮ることは簡単だ、カメラさえ使えれば誰でもできるだなんて思っているかもしれませんがね。私から言わせれば十二分に魔法の領域です。あなたがカメラを撮るときにあれこれ考えていることは呪文で、あっちこっちに立ち位置を変えている様は儀式そのものです。もっと自信を持ちなさい。あなたは王族の一筆を拝受した魔法使いです」


 言いたいことはわからないでもない。理解したうえで、僕は反論する。


「でも、本当に誰でも撮れますよ。少なくとも、雷は誰にでもおこせるものじゃないじゃないですか」


「おこせますよ、この杖があれば」


 ディミトラさんは右手で杖を持ち上げた。


「やり方さえ覚えれば、あなただって電撃ぐらい放てますよ」


 僕は目を見開いて、両手を突き出した。


「え、俺でも雷出せるんですか! やってみたいです!」


「誤って自身が丸焦げになる可能性はありますけど」


 両手をひっこめた。


「……やっぱり遠慮しておきます」


「それがいいでしょうね。……ミタカ。あなたは自分が当たり前にできていることだからわかっていないのかもしれませんが、あなたのその撮影技術?とやらは立派な技術ですよ。剣を振るうより強力な力です」


「……でも、外の世界では無力ですよ」


「どこが無力なんです。そこらの村なら、馬鹿でかい荷物を背負って歩き回れるだけで、屈強な若者としてモテモテですよ、あなた」


「……でも」


「まーた、でもでもって、うるさいですねぇ! ほら、料理が冷めますから、さっさと夕食にしましょう! 鍋に火をかけなおさないと——」


 ディミトラさんが立ち上がったので、僕も慌てて身を起こした。その拍子に、首にかけたネックレスがチャリンと揺れた。


「……ディミトラさん」


「もう、今度はなんです!」


 振り返ったディミトラさんに、ネックレスの光り輝く装飾を持って見せた。



「ネックレス、ありがとうございます。大切にします」



 ディミトラさんは、気恥ずかし気に「ふん」と鼻を鳴らした。



「肌身離さず、持ち歩くんですよ」




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