第56話「それぞれの事情」(閑話)
ライトが去ったあと。
「ぶはー……」
思いっきりタバコの煙とため息を同時に就いたエルフの姉さんがガックシとカウンターに突っ伏して項垂れる。
その下では形の良いオパイが潰れている。
「あぅー……やっちまったー。くっそー。まさか、こんな頻度で来るとは思わないじゃんかよー」
──いつも使っている認識阻害に失敗したと嘆くエルフさん。
「始末書もんだー」
あーもー。
……魔道具を使った認識阻害は、使用しているだけで魔力がごっそり持っていかれるのだ。
それも、対象の魔力量によって使用魔力が比例することから、ライト相手には大変苦労するのだが、まさかまさか、さらにパワーアップしてそのうえ、あの小娘までもがあの、魔力量ときたら、常時使っているだけの魔道具では何の役にも立たなかったというわけだ。
それでも、補助具をつければ何とかごまかしは利いたはずだが……。
「ちっ。油断したぜ──」
あーあーもー。
やんなっちゃうぜ。
ライトをはじめ、
見どころのある魔法使いには噂を流して、店に来るように仕向けていたが、まさか先日来たばかりの今日に来るとは予想していなかった。
それもこれも本国からの指令による情報収集の一環だ。
だから、少なくとも、普通の客が来るような店構えにはしていない。
だってのに──ミスったぜ……。
「ちっ。本国にバレたらうっせーだろうなー」
こーん
カウンターで威容を誇る『谷の番人』の首を指ではじくエルフの姉さん。
「しかし、まいったね……。ライトか」
急成長にもほどがある……。
「しかも、いつの間に身に着けたのか。……ネームドをものともしない、魔法とはねー……しかも、」
ふーむ、と顎に手を当てて考え込むエルフさん。
「……ライトだけではない。まさか、二人? いや最低でも三人か……。同時代に、こうも属性進化した魔法使いが現れるとは──」
もっとも、ライトの片割れはまだそこに至っていなさそうだけど、あの魔力量はやばい……。
ぶっちゃけ兵器レベルにヤバい。
「──いやはや。まいったまいった」
ぽりぽり
「ふーむ、こりゃ、波瀾がありそうだねー」
しゅぼっ。
「ふはー」
ぴこぴこぴこ……。
口だけでたばこをくわえると、道具もなく指から出す魔法の火をつけると、プラプラと口先で弄びながら虚空を見つめるエルフさん。
「……時代かねー。いつまでも抑え込んではおけないのはわかっていたけど、いやー参ったまいった、しかも、一人二人ではすまなさそうだねぇ」
紫煙が漂う中、そこに映るそれぞれのビジョン。
ダンジョンで戦うアグニールの姿と、
レーザーを乱射するライト。
そして、
鬼の巣穴で「闇魔法」を駆使してサバイバルを展開しているヤミー。
「……どいつもこいつも規格外だねぇ──」
特に、あのすさまじい魔力を感じさせるあの少女。
あれもまた、『属性進化』の片りんを感じさせるものであった。今はまだ、ただの通常属性のようだが、それだけなものか……。
「もっとも、今はまだ自覚はないだろうけども、」
……生まれ持った魔族の総量は桁外れだ。
ぷかー
「ふん。……魔力がなくとも、狂気で進化するものもいれば──。……魔力と怒りの大きさだけで進化するものもいる」
どれもこれも、エルフにはない感情の組み合わせだ。
だから、人間しか属性進化の恩恵にはあずかれないとも言われている。
……それだからこそ、人間は侮れないし、面白いのだ。
「まぁ、いいか。こっちはいい加減、町での生活にも飽き飽きしてきたところだしねー」
そうと決まれば、ライトに言ったからではなく、有言実行。
そもそも、正体がばれちゃいずれは撤収しなければならない。
──さて、それでは行きますか!
バサッ!!
一人ごちるとエルフの姉さんは、カウンターの下から美しい仕上げのマントを羽織る。
そこにはエルフ文字で『高貴な血筋』と描かれている。
言わずと知れた、エルフの中だけで通じる組織名。
中央情報機関を兼ねる、スパイ組織のそれである──。
「くっくっく。魔塔のアグニールに、外れ属性のライトか……。そして、員数外の少女──ヤミ1号ねぇ」
……こりゃー面白くなってきた。
くーっくっくっく。
大昔の『属性進化』の成れの果て、リッチが残した遺産をめぐる戦いもこれからし烈さを極めることだろう。
もっとも、
「杖を除けば、──アーティファクトの数でライトが一歩リードといったところかね?」
ふふふふふ。
くひひひひひひひ。
『本国』が動き出す前にことが始まる気がするねぇ──くっくっく。
「高みの見物とさせていただこうかねー。なにせこっちには時間だけは腐るほどあるからねぇ」
あーっはっはっはっはっはっは!
──ポイッ。
去り際にタバコを投げ捨てると、一際強烈に紫煙を吐き出すと、それらが店の中の家財道具を舐めつくし、エルフの姿が消えると同時に紫煙にまとわりつかれた家具たちが急速に劣化していく。
いや、劣化したというよりも初めからそうであったかのように、
そこには数年間放置されたような風化した家具と家屋が残るのみであった──。




