第45話「死闘」
──奴は?!
バッ!
慌てて、反射的に周囲の状況を確認しようと、急いで起き上がるライト────。
「奴はどこ────うぎっ!」
しかし、その瞬間ッッ!
足先から脳天にまで電流でも走ったかのような激痛!
思わず息すら止まるほど────。
「がぁッッッッ……! なッッ、う、腕が……?!」
お、おいおい。
おいおいおいおい、冗ッ談だろー?
ぶらーーーん……。
鋭い痛みに顔を顰めたライトの視線の先には、薄闇に沈んだ重傷の両腕があった。
右手は大木の下敷きになりピクリとも動かないし、
そして、左手はと言えば、何がどうなったのか──びっくりするくらい可笑しな方向に曲がり、少し動かすだけでも激痛が走る。
「ま、マジかよ……!」
よりにもよって腕が。
しかも、こんな……こんな敵地で──────!
ガラガラガラ……。
「ッッ?!」
も、物音?!
「ま、まさか……」
『ふしゅー……ふしゅー……』
ズシン、ズシンっっ。
「っ!」
こ、これは。
(まさか……まさか──)
『ゴルルル…………』
──ぞわっ!
(あ、あの野郎ッ……。い、生きてやがる──!)
暗闇の中に浮かび上がるシルエット。
あの姿は見間違いようもない──『谷の番人』だ。
「くそ、タフにもほどがあるだろ」
片手を切り飛ばし、腸がこぼれるほどの傷を負わせたんだぞ?!
……そのうえ、その重傷でありながらライトを仕留めようと捜索中というわけだ。
人間ならとっくに失血多量でくたばってるとこだ。
だけど、まずいぞ。
(……これじゃさっきと逆じゃねーか)
これこそ、攻守交替。
幸いなことに、奴はまだライトを見つけておらず、先にその動向をつかんだライトが有利ではある。
──あるけども……。
「ぐがが……! う、動け──……動け……」
……が、がぁっぁああ!
右手を潰す倒木はびくともしない。
そして、左手に至っては、少し動かすだけでも激痛が走る。
ま、まずい……。まずいぞ──。
「このままじゃ……!」
ズシン、ズシン……。
「ひッ」
ライトを捜索し、周囲をうろつく『谷の番人』。
その強い体臭が林内の緩い空気ん追って流れてくる。
これが刻一刻とライトに近づいてくる……。
「ぐ、ぐ、ぐぅぅ……」
冷や汗とも脂汗ともつかないものがブワリッとあふれ出す。
そして、心臓が鬱陶しいくらいに高鳴る。
急げ、急げ……いそげっ!
動け、左手ぇぇぇええ!
「ぐがぁぁ……」
痛みなんて忘れろ。
骨の一本や二本どうってことねぇ!
……まだ。まだ時間はある──!
「が、あああぁぁぁあああ!!」
バキッ!
激痛に意識が飛びそうになるも必死にそれをつなぎ留め、かろうじて動くその左手を震えるままに──握りしめて指鉄砲を作るライト。
その動きの緩慢なことよ。
その動きだけで激痛のはしることよ──……。
そして、間の悪いことにライトの魔力の残りはあと僅か。
そりゃあれだけ乱射して、チャージショットを打てばこうもなるとはいえ、ここまで追い詰められるのは想定外。
だけど、撃てる……!
魔力もまだある──!
……レーザーの魔力はせいぜいあと一発分。
それでも、一発撃てれば──十分ッ!
──ブシュッ!
握りしめた拳から、飛び出た骨から……割れた爪から鮮血がほとばしる!
う、撃てる……!
『グル……?』
だが、ついにドクドクと溢れる血の臭いに気付いたのか、奴が鼻をヒクヒクとさせて振り向いた。
その瞬間、地面に潰れているライトと、フラフラと彷徨う『谷の番人』と視線が、一瞬だけ交差すると──ついに『谷の番人』が猛烈な勢いで振り向いた!!
──バ、バレた!
血の臭いと、ボロボロになったライトの吐息を聞きつけ、そこにいたか!! まさにそう言わんばかり────……。
……だが、こっちの方が速い!!
先手必勝ッッッ!
「うわぁっぁああああああああああああああああああああ!!」
腕が折れてようが裂けてようが、知るかッ!
動け。動け、俺の左腕ぇぇえええ!
ベキベキバキィ────!!
「ぐが&%%&’&%──……ッッッッッッ!」
声にならない悲鳴。
──その瞬間から、刹那のチキンレース!!
『ゴガァァァァァァアアアアアアアアアア!』
『谷の番人』の残った片手が早いか。
ライトの折れた左手が早いか!
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
グォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
刹那の交差──ッッ!!
そして、
「──そこだぁぁぁぁああ!」
カッッッ!!
ライトの左手が光る!!
そして、発射される強烈な光────……勝った!!
ほんの僅か。コンマ1秒程度、ライトの動きの方が勝っていたのか、『谷の番人』の拳が届くよりも一瞬早く発射!!
そして、
見事に命中────────……し、しない?!
「なん……だと?!」
『ゴルルルウルルル』
ニィィ。
あの半欠けの顔で暴力的に笑う『谷の番人』。
コ、コイツ……。
コイツ────!
この状況で、
……フェ、
「フェイントだとぉぉぉぉおおおおおお!」
なんと、あの一発が外れた!!
最後の最後の大事な大事な一発がッッ!
ライトがレーザーを撃てて、あと一発と言ったうち、あの一発がッッ!
なんということか、明後日の方向に飛んでいき、木に命中する!!
──そう、『谷の番人』を外れて!!
『ガッガッガッガヵァァァァアア!』
まるで甘いわとでも言わん気に笑う『谷の番人』。
奴は直前で急停止し、顔を逸らしていたのだ!!
ライトが焦って一発撃つのを予想して、突っ込んで見せたこと自体がみせかけ。
死にかけている以外は、全てこの布石だったのだ!!
「あ、あ、あ、あぁぁっぁあ…………!」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!
な、なけなしの魔力が……。
あと一発分の魔力が────。
魔力の総量が多いことに胡坐をかいて、無茶な戦闘を繰り広げたツケが今来たのだ。
そして、いつもならこんなライトにも手を差し伸べてくれる人がいた。
らいとー
ライトー?
ごはんー。
『ゴルアァァァアアアアア!!』
ライトの甘っちょろい走馬灯をかみ砕く様にして、
乱暴に土砂と倒木に埋もれかけのライトを引っ張り出すと、一息に食ってやるとばかりに大口を開ける。
グ、ガパァ──……。
「や、ヤミー…………」
そう、ヤミーがいれば魔力をくれた。
ヤミーの魔力さえあれば……。
ヤミーが、
ヤミーの、
ヤミーは、
ヤミーさえ、いれば──────────!
……はっ!!
闇の中で弱々しくニヒルに笑うライト。
……だってそうだろ?
「…………それじゃーよぉ……。ヤミーを魔力タンクとして見ていない、アグニールのクソと同じじゃねーーーーーーーかぁぁあ!!」
──ジャキンッッ!
『グルァ?!』
大口を開けた『谷の番人』のそこに、右手に作った指鉄砲を突っ込むライト。
ヤミーはヤミー!
魔力タンクじゃねぇ!!
「……ふん。お前はフェイント────そして、俺は、」
──キュィィィイイイイイイン!
「ブラフだ」
『──ッ?!』
ライトの視線の先、
そこには、左手からぶっ放した 『光球』 が煌々と輝いていたのだった。
そうとも。
光魔法Lv2の『光球』!
焦って撃った一発が外れることを予想して、
ライトは、最初からのこの超々至近距離での一撃に賭けていた。
だから、左手から撃つのは、魔力消費の僅かな『光球』にして、
近づいてきたところを本命のレーザーで迎え撃つ!!
ただそれだけ!!
だけど、それだけでも、十分だろうがぁぁぁあああああああああああああ!!
「──こいつが本当の最後の一発だぁっぁぁああああああああああああああああああ!!」
ッッカ!
「ドキューーーーーーーーーーーーーーーーーーン♪ だぜぇぇ!」
ドキューーーーン♪
外しようのない距離!
ゼロ距離!
いま、口の中なので寧ろマイナス距離!!
それが今まさに炸裂!!
ライトは自前の魔力だけで十分に戦えるッッッ!!
「おぉおあああああああああああああああああああああああああ!!」
……ボンッッ!!
科学の光が『谷の番人』の顔面で輝き、目、鼻、耳──そして口から真っ赤に輝く光線となって噴き出すと、そのすべてが爆散する!
「ハッッ!」
……汚ねぇ、花火だぜ!!
そのまま、『森の番人』の手から離れて、スローモーションのように倒れて地面に落ちる最後の瞬間に、指鉄砲を、指一本だけ残して挑発。
あの世で悔しがるんだな!!
──〇ァック!
ビシィ!!
それを突き付けて、地面にドゥ! と倒れたところでこの戦いが終結するのだった。
「「「うぉぉおおおおおおお!」」」
「「「うぉぉおおおおおおおお!!」」」
直後、どこか遠くで歓声が上がる。
……どうやら、野営地の方でも撃退に成功したらしい。
オーガの群れが、こちらがボスを倒したことに気付いたのか、
あるいは、なんらかの形で信号を送っているのか──ともかく、統制を失ったオーガの群れが足音高く、バラバラと谷間の森へと消えていく音だけがいつまでも響いていた──。




