第40話「闇夜の襲撃」
「ぐーぐー……」
「ごがー……ごがー……」
夕食が終わって数時間。
すっかり更けた夜の帳に、野営地も深く沈んでいた。
ライト達もあてがわれた天幕で毛布に潜り込む。
そこは物置兼用の天幕で、本来なら食糧庫に使われるはずだったところ。
なにせ、さすがに二人専用の天幕なんて要求できなかったため、一応例の隊長さんに物置用の天幕を所望すると快く貸してくれたのでその言葉に甘えることにした。
なんだかんだで隊商の連中もヤミーを気遣ってくれているらしい。一応女の子だしね……。
さすがにナニをするような無体な奴等はいないと思いたいが、男所帯の傭兵団だということもあるので、そこはきちんとするライト──。
え? ライトはいいのかって?
……やかましいですよー。
っと、そんな事情はさておき。
夜気の染み入る闇夜には傭兵たちが寝息を立てる小さな吐息のほか、見張り達の低い話声や身じろぎの音以外には何の音もしない静かな夜であった。
耳をすませば、近くを流れる細い谷川の水音のほかに──オーガの忍び寄る小さな唸り声…………。
『ごるるるるる……』
その声の後ろに赤い光点がいくつも灯る。
それは、静けさ中、谷間の深い森の中にはから忍び寄るオーガの奇襲部隊であった。
最初はその光点が、一つ。そして次第に、二つ三つと増えていき。闇だまりを伝いながら野営地まであと一歩という所で、ブワァ!! と、一気に膨れ上がる。
まるで蛍の洪水……!
その数────無数。
「……ん? なんだ? なんか、獣臭くないか?」
「そうか……?」
くんくん
鼻を鳴らす見張りの傭兵。
ちょっとでも高さを稼ごうと幌の上に組んだ櫓に上から鼻を突きだすと、臭いを探る────。
「んー。全員、臭ぇからわからんな」
「ぎゃははは! ちげぇねぇ!」
その後に、テメェこいたな!──とお道化て笑いあう傭兵たちであったが、
ふいにその匂いが強くなり、さすがに違和感に気付く。
「ん? 言われてみれば……」
くんっ
周囲の臭いに慣れた傭兵のその鼻に、明らかに混じった異臭にようやく気付いたその時──。
それらは人の体臭と獣臭は明らかに異なり、なんというか、この臭いって最近嗅いだような……。
「たしかに、獣っぽい────」
……ゾンッッ!!
ぶしゅ!!
一撃……。
ほんの一瞬。
見張り台から下をのぞき込んだ刹那のこと──。
突如として、その鼻をそぎ落とさんばかりに馬車の下方からの突き上げが、見張りの傭兵の鼻を────いや、首をそぎ落とした。ぞんっ!
「な?!」
その返り血を浴びた見張りの思考が一瞬停止する。
──な、何が起こった……?!
しかし、そのワンユニットが惜しい!
何が起こったも何も、そんなことはどうでもいい!
今起こったのは──異常が起こった! ただ、それだけでいいのだ────!!
「オ、オーガ……だと?!」
ようやく気付いた時には、野営地を囲む馬車列をさらに覆い隠すようにして密集したオーガの群れ!
黒い影法師にしか見えなくともそのシルエットは昼間嫌というほどみた……!
「か、囲まれているだと……?!」
……て、て、て、
敵襲ぅぅぅうううううううううううううう!!
『──ゴルアッァァアアアア!』
…………ブチィっ!
その声を発した瞬間、傭兵に意識は永遠に闇に閉ざされる。
そして彼は、首が胴体からちぎれ飛ばされたがゆえに、結局音を発するとこは出来なかった。
なぜなら、すでにちぎれ飛んだ首は肺と連接されておらず声が出せない。ついでに言えば声帯も失っていた──。
だから、ちぎれ飛んだ首で見る走馬灯の景色の中、ただただ無意味に最後まで、敵襲の声をあげようと動き続けていた…………。
ヒュンヒュンヒュン──どちゃ!
しかし、
警報を発せねばと最後まで働いた傭兵の働きなどなくとも、その破壊音とオーガの咆哮があれば十分だ。
そして、その音とともに一瞬にして野営地に警報が広まっていく!
カンカンッ、カンカンカンッ!!
いち早く気づいたのは朝飯の下ごしらえをしていた烹炊所の当番兵だった。
眠い目をこすりながら芋を向いていた時に、その破壊音を耳にして──次に見張りが血しぶきの中潰れたのを目撃して、慌てて警笛代わりの大釜を叩きならす。
そのため、せっかく水につけておいた芋も、玉ねぎの山も、そのがすべて無駄になったが、それどころじゃないのは明白だ。
「敵襲だ! 敵襲だぁぁああ! 起きろぉぉぉお!」
わーわーわーわー!
「総員起こし!」
「総員起こしッッ!」
武器をとれぇぇえええ!
「て、敵襲だと?!」
「くそっ! オーガにちげぇねぇ!」
いそげ!!
「どこだ! 敵が見えないぞ!」
「何番の馬車がやられた?! 探せッ、壁を突破されるぞ」
わーわーわー!
わーわーわー!
一瞬にして喧騒に包まれる野営地。
見張りについていたものは迅速に、そして、飛び起きた傭兵たちも枕にしていた剣を抜いて立ち上がる。
もちろん、あの傭兵隊長もいち早く事態を掌握しようと配下に激を飛ばす。
「どうした! なぜ明かりがない!」
天幕を乱暴に跳ね上げて飛び出した時、周囲は喧噪に包まれているというのに、なぜか灯り一つない。
普段なら燃料代をケチらずい薄暮時期まで灯りは絶やさないというのに……!
「わ、わかりません! 気付いた時には不寝番の姿も……!」
ちぃ!
「なら報告だ! 答えろッ!」
「は、はいぃ! て、敵の場所、規模──全て不明です!」
「馬鹿野郎! そんな意味のねぇ報告するくらいなら、固まってろ!!」
す、すんません!
「くそッ! 照明は?! 篝火はどうなってる!」
不寝番はどこへ行ったぁぁ!
野営地が闇に閉ざされたため、互いの顔すら見えないほど暗い。
それを回避するために、数か所に分けてにかがり火を焚いておいたはずなのに!
「こ、交代の隙をつかれたようです! 隅に不寝番の死体が……」
「アホぉ! そのために時間をずらしてんだろうが!!」
一斉に篝火が消えるようなタイミングを作るはずがない。
こうなったのはミスか、敵の妨害のどっちかだ!
「ちぃ! 急ぎ魔法使いを集めろ! 弓兵は、スキルで火矢を撃ちあげろ!──残りは松明をおこせぇぇえ!」
『『『グルアァッァアアアアア!』』』
どかーーーーーん!
どこかで破壊音が響く。……どうやら、ついに侵入されたらしい。
外周を守る防壁代わりの馬車が吹っ飛ばされたようだ!
「くっそがぁぁあ! あの音を頼りに突っ込め! 少なくともあそこに敵がいる!」
「む、無茶言わんでください! 敵味方の識別もできませんよ」
無茶でもなんでもやるんだよ!
やらなきゃ全滅だ!!
オーガは夜目が利く。
もちろん、昼間ほど見えるわけではないので、人間と同じく、夜間の行動はあまり活発ではないが、それでも現状オーガの方が有利だ!
「くそ……!」
昼間あれだけやられたら懲りて攻めてこないと思ったのが運の付きか。
「ぎゃぁぁああ!」「うわぁぁあああ!」
──今度はなんだ?!
別方向から上がる悲鳴に、指令所代わりに天幕を飛び出した傭兵隊長。
その目には、川のほうから光る赤い目が見える。
「……な、なんてこった! 川を泳いで来ただと?!」
どうやら、最初に侵入したオーガがいたらしい。
そいつが篝火をつけて回っていた傭兵を仕留め、最後の篝火が交換されるタイミングで、奇襲攻撃を仕掛けてきたのだろう。
残りはその後続で、ついに正面から侵入してきた組と連携して野営地全体の分断を図るつもりらしい。
「ちぃ……! 奴等、ずっと見張ってやがったのか!」
でなけりゃ、正確に交代を襲うこともできないし、
ましてやこのタイミングで挟撃なんて思いつきもしない……。
いや、そも──。
「──こりゃ、噂のユニークモンスターがいるな!」
オーガの卓越した部隊指揮に舌を巻く傭兵隊長。
正体不明で目撃情報もないが、群を統率するユニークモンスターがいうというそれだ。
その噂が噂を呼び、
最近ではこの道を使うものがいなくなってきたところに、これだ。
「総員、落ち着け! まずは灯りだ!」
明かりさえつけば全員落ち着くはず──。
「弓兵がきました!」
「とっとと打て!」
ヒュンヒュンッ!
部下の報告のあとに、
スキル持ちの弓兵が火矢を上空に放つ。
すると、スキル『火矢』がか細い炎を纏って空に打ちあがる──。
よ、よーし!
僅かな光だがないよりまし────……。
ぞるぅ……。
「な、なんてこった────」
そのわずかな明かりに灯ったのは、野営地をぐるっと囲むようにして包囲しているオーガの黒い影と、無数に光る赤い目だった。
数にして無数!
「ひ、昼間より多いんじゃないのか?!」
こ、こいつぁ……やべぇ!
ただでさえ、明かりがなくて不利だというのに、数でも負けている!
──ちぃぃ……。
「全員集まれ! 野営地中心に集合し、互いに背中を預けろ!」
これはまずいぞ……!
戦う前から全周防御なんて、負け戦じゃねぇか!
「くそ!」
せめて、
せめて灯りだけでも──────!
「……明かりがいるのか?」




