第39話「野営地」
ほーほーほー。
キャラバンの野営地にて、夜行性の鳥が静かに泣く暗い夜──。
あの昼間の襲撃を防衛してから数時間後、馬車列はいまだ谷間のあい路にいた。
この谷間の道は教会都市~王都の近道ではあるが、一日二日で抜けられる旅程でもない。
だからこんな風に、道の所々に野営地点が設けられているのだ。
もっとも、野営地点といっても、水場と雑に整地された広間があるだけの簡素なものではあるが──。
「次、交代だぞ」
「う~い、ありがてぇ」
ブルブルと身を震わせる見張りの傭兵が、夜間標識ごと交代と入れ替わる。
冒険者組はともかく、商会が雇う傭兵は昼夜交代制の24時間体制だ。
いま、この谷の底には多数の天幕が居並び、その周囲を馬車列がぐるっと半円状に囲んでいる状態。
間隙はなく、馬車の中には武装した傭兵が外周に目を光らせている──……いわゆる、襲撃が予想される場所での即席の野営地陣形というものらしい。
昼間の体たらくとは別に、その練度だけみれば流石は練達の傭兵たちだ。
こういった事態に慣れているのか、馬車という馬車に弓兵や魔法兵が配置され2マンセルを組み、交代で休みを取るようにしている。
……ちなみに、半円の反対側が谷間を流れる、流速のある川と高い崖があるため襲撃の心配はないんだとか。
そして、休める時はきっちり休むをモットーに、
傭兵たちは交代の合間に、谷底の冷え冷えとする空気を払うべく、要所要所にたかれている焚火に駆け込み、粗末なスープを受け取り顔を綻ばせていた。
わいわい
ざわざわ
ちなみに今は夕食時。
野営地の中心は、弛緩した空気の流れる中──食事時特有の活気に満ち溢れていた。
そこかしこで火がたかれ。思い思いの場所──気の合う仲間で固まる傭兵たち。
そして
そんな傭兵たちから離れて、一人で起こした火にヤミーと当たるライト達は、火にあてたヤカンをボーっと眺めていた。
パチパチパチッ……。
焚火の火は落ち着いており、竈に掛けられた鍋が沸騰していた。
「さてっと……」
ライトは、適当にしつらえた枯れ木の椅子に腰かけると、さっきから火に当てていた鍋から湯を注いでやった。
こぽこぽこぽっ
「ほら、あったまるぞ」
ヤミーが両手で包み込むように抱えるカップに注がれる白湯──。
「むー! あったかい」
にっこぉ!
満面の笑みを浮かべるヤミーの頭を撫でるライト。
「……ふっ。ヤミーは野営が好きだな」
「うん」
じっさい、宿で寝るよりもこっちのほうが性に合っているのか、火を起こしてからずっとウキウキとしている。
もっとも、ヤミーは表情に乏しいのでライトくらいの付き合いがないと中々気付かないだろうけどね。
「はは。いいことだ。冒険者向きだぜ」
「にー」
褒めると屈託なく笑うヤミー。
そうして、見て見てと言わんばかりに取り出したのは、ぺったんの胸──でなくて、胸元から誇らしげに冒険者認識票だ。
「Eらんく」
「あーはいはい。エライ偉い」
なでりこなでりこ。
ヤミーが見せびらかしてくるのは、E級の冒険者認識票。
新人に配られるやつで作りは木製。
ちなみにライトさん、C級に昇格し、いっぱしの中級冒険者となっています。
首から垂らした冒険者認識票は、銀のそれ。
そう。
ヤミーさん、こうみえて冒険者です。はい。
……まぁ、身分証代わりだ。
ライトが建て替えた銀貨1枚を冒険者ギルドにおさめて、チャチャっと作った奴。……後見人は当然ライトです。
そして、なぜかヤミーさん鼻をふんがふんがしてお気に入りだ。
「おそろい」
「そうだな」
先日貰ってからはしゃぎ倒しのヤミー。
なんでも、本人曰く初めて貰った「あくせさりー」なんだとか……。
あーうん、ごめんね、ヤミーちゃん。
うん。……ライトさんも服作ったよね?
いいけどさ。
今でも、貰った時のヤミーのはしゃぎっぷりと、ジト目のメリザさんを思い出して寒気が──。
しゃーないやん!……拾ったとき、この子素っ裸だったんだもん!
うーぶるり。
「そ、そんじゃ冷えるし……、このマツの葉をゆがいてみな」
白湯だけだと味気ないしね。
「ん? こう」
その辺で毟って来た松葉をゆるゆると茹がくと、柑橘系のような匂いと薄い緑の爽やかな色合いになる。
「ほわぁ……」
その様子に目を輝かせるヤミー。
……いわゆるマツバ茶だ。簡単な割にあたたまるし、僅かに栄養も獲れる。
なにより、ノンカフェインだしね!
「舌火傷すんなよ」
「あちッ!」
ふふっ
言った傍からやると思ったぜ。
「むー……ちょっとにがい」
「大人の味ってやつだ」
……苦ッ。
「──へっ。おめぇも苦そうな顔してんじゃねーか、慣れないもん飲んでんじゃねーよ」
じゃりっ。
「あ?!」
そこに足音高くやって来たのは昼間の傭兵隊長。
「……なんだ、アンタか」
「ご挨拶だな」
ひっく
おいおい、
「──まさか飲んでんのか?」
「は! 飲まずにやってられっかよ」
グビリ。
傭兵隊長が、赤い顔をしてライトに絡む。
酒臭い息とともに、肩に手を回したかと思えば、その首元でチャラリと音が鳴る、
そこに目を向ければ、首にかけられた大量の認識票──。
「それは……」
「ん?……あー。おっちんじまった奴等の成れの果てさ」
キャリン──。
適当に外したやつを指に駆けて一回し。
くるんとさせて手に握りこむと、火にかざしてなんとなく名前を読もうとする──……。
しかし、血のこびり付いたそれは、もはや判読不能だった。
(成れの果て……か)
傭兵の認識票は冒険者のそれと似ているが、つくりはもっと簡素だった。
……おそらく、戦死者の分を回収してきたものだろう。
「ふっ。そんな顔すんな──お前さんのせいじゃないし、それが俺たちの仕事だ」
昼間はワンサイドゲームだと思っていたがそれなりに被害が出ていたらしい。
そういえば戦闘後の出発がやたらと遅いと思ったがそういうわけか……。
「別に気にしてねぇよ」
ライトのクエストはあくまでも商会の護衛だ。
傭兵を守ることは任務外──荷物と商人が守れればそれでいい。
「ふん、そうかい? ま……死傷者は、数人ってとこかな。むしろ、オーナーがお前さんを雇ってなけりゃ、こんなもんじゃすまなかったろうな」
下手すりゃ全滅してたさ。そう言って、小さく笑いながら、認識票を弾く傭兵隊長。
その言葉には重みがある。
……なにせ、オーガの奇襲だ。単体でも脅威となるオーガが群をなしていたのだ。全滅というのも誇張ではないだろう。
つまり、間違ってもランクB程度のクエストではないってことだ。
「変なとこでケチりやがって」
「しゃーねぇだろ。平民向けの食料輸送なんて安い仕事──大店じゃなきゃ引き受けんさ」
王都向けの安い穀物の大量輸入だ。
どっかで経費をケチらないと儲けが出ないのだろう。
そのツケが現場に来ているというわけだ。
傭兵の数ないし、
危険な近道を通るリスクないし、
低ランクながら使えそうな冒険者を騙くらかして雇うないし──。
「お互い大変だな」
「へっ。若ぇのに韜晦しやがって」
大きなお世話だよ。
何度も失望し、騙されて死にかければそうもなるさ。
「……で、その苦労人の傭兵隊長さんがなんのようだよ」
こちとら、これからヤミーちゃんとお茶タイムだ。
ぐー
「ごはん……」
「──だと思って、持ってきてやったぜ、感謝しろ」
ほれ。
そう言って飯盒に入った粥をドンとライトとヤミーの前に置く。
「わー!」
目を輝かせるヤミー。
さっそく、手を伸ばそうとしたところをムンズと掴んで止めるライト。
「待て。……なんでわざわざ隊長のアンタがパシリしてんだよ」
「そりゃーこうして、パンを持ってくるのとついでに、だな──ほれッ」
ポイッ。
「うぉ! なんだこりゃ?」
……ずしっ!
「ボーナスだよ。奇襲を潰したのをボスはいたく喜んでたってことだな。一本付けとくってよ」
投げよこされたのはずっしりと思いハムだった。
「特別配給だとよ。パンに挟んで食いな」
「そりゃどーも」
傭兵隊長自ら運んでくれたのは、飯盒に入った傭兵たちと同じ配給飯──麦粥にデッカイ黒パン。
それと、王都の有名どころで作られている何とかっていうメーカーのハムだそうだ。
どうせなら金がいいけど。
ま、ヤミーが喜んでるみたいだし、良しとするか。
それにしても、気前のいいこって。
単独のクエストじゃこうはいかないだろうから、護衛クエストのいいところかもな。
……わずらわしいっちゃ煩わしいけどね。
それに、クエスト難易度を誤魔化してたのも気になるところだ。まぁ、襲撃がなければ危険もないのだが、この谷間の道は明らかに危険地帯だ。
オーガが群れで巣くっていてなんの情報もないはずがない。
「……で、それだけか?」
「おう、それだけよ──」
あっそ。
「ま、次も襲撃があったら頼むぜ──『子連れ、」
ギロッ!
「……『光の戦士』さんよー」
「それもやめてくれ──」
なんだよ、『光の戦士』って。伝説の勇者かっての!
……子連れ魔術師よりましだけどさー。
「ったく」
後ろ手に手を振って去っていく傭兵隊長を見送りながら、ヤミーの飯盒に飯をよそってやろうとするライト──。
「ん? おいひーよ」
おおおい!
「勝手に食うなって!」
もー。
本当にくいしんぼうだ。
「くいしんぼ、違う……」
「違わねーよ」
食ってんじゃんよ。
「ほれ。パンだ」
モリっと、大雑把に、大き目に切ったパンをヤミーに握らせてやる。
切って分かったが、大量に焼いた黒パンらしい。
焼きたてなのはいいが、製粉が雑なのか、屑まじりで麦の毛だらけだ。
まぁ、柔らかいし、酸味があって味は悪くないんだけどね。
「中はあっついからな! 今度こそ気をつけろよ。あと、食ったら寝ろよ?……お前、夜は中々寝ないからなー」
「むー。あつッ!」
だから、熱いって言ってんだろ!
もー。
それでも、パンを手放さず、中の柔らかいところを手をほじくる様にして食べるヤミー。
もりもりもり。
(あのチッこい体のどこにそんだけ入るんだか……)
「ん! んまーい!」
そうかそうか、よかったよかった。
だけど、
「口は閉じて食え。……みっともないからな」
「ん!」
こくこくこく
いつも素直に言うことを聞くヤミー。
ちょっと素直過ぎて怖いくらいだ。
この前も、トイレを我慢しようとして、モジモジしていたから、
我慢しないで、漏らす前にトイレに行けって言ったら、今度は本当に我慢しないで、ライトが用を足しているときに入ってきて無言で、ジョロジョロと用を足していったことがある。
……あの時の恐怖といったら、一歩も動けませんでしたよ?
──ごほん。
幸いライトだけの時でよかったが、ギルドとかであれをやられたらひと悶着があっただろう。
おかげで、他人がトイレしているときは待つ、または別のところでトイレに行く! と教えることができた。
とはいえ、これ以外にも常識はずれなことがいっぱいあるのでなかなか侮れないのがヤミーと言う子だ。
「ほれっ」
──こんっ!
お次は傭兵団御用達の麦粥だ。
匙に掬った粥をヤミー用の食器によそってやる。具材は寂しいが、ホカホカの出来立てだ。
「うー」
「全部食ってからお代わりしろッ!」
量が少ないとふくれっ面のヤミーの額をツンとつつくライト。
まったく、飯の時は感情豊かで困るぜ。
「うー。わかった。ありがと」
すでにライトを見ずに粥とパンを交互にがっつくヤミー。
苦笑しながら、適当にモッソリとナイフで切り分けたハムを焚火であぶってやると、さっそく臭いにつられてヤミーが鼻をふんふんしている。
「もうちょいまってろ」
「うん!」
はいはい。元気元気。
「お前はなんでもうまそうに食うよな」
ヤミーは、
今日の夕食である配給の匙をペロペロ舐めながら、ハムから目をそらさない。
「うん、おいしい…………し、い?」
ん?
ヤミーにしては珍しく、途中で匙が止まる。
「どうした?」
不器用に両手で抱えながら口の周りを汚しながらヤミーが飲んでいるのは、傭兵飯の代表格のうっすい麦の粥だ。
一応具材には野菜くずと乾燥豆が浮いている。
あとは、肉らしいものはあるが、何の肉だが分からないほど塩々のグズグズだ。
ぱく
「……ぶぇ、なんだこりゃ!」
ヤミーと同じく、飯盒から直接救った麦粥を一口食ってライトが渋い顔をする。
……こりゃ酷い。
「塩ッ気が酷いかと思えば、所々味が
薄いし──なにより、舌触りが最悪だ」
適当に麦だけぶち込んで、乾物と煮込んだだけの代物だ。
肉も野菜も塩抜きなんてしてないらしい。
こりゃまずいわ。
何でも食う、ヤミーの匙が止まるなんてよっぽどだ。
「なんでも、違う」
傭兵団の飯は雑だと聞いたが、これほどとは。
日中の行軍中は携行食を齧るだけだったから気付かなかったが、腰を据えてこの料理だと、腕前が知れるというもの。
「むー」
「ちょ、ちょっと待ってろ」
これはさすがにないな……。
「……パンたべゆ」
はいはい。ごめんごめん。
流石にパンなら大丈夫だろう。
……とはいえ、少々不安なので、手持ちに荷物からラードケースを取り出し、たっぷりと断面に縫ってヤミーに握らせる。
「これ食ってろ」
「うん! ライトすきー」
……ライトのご飯すきーだろ。
若干ジト目になるライトであったが、その様子をニヨニヨしながら傭兵たちが遠巻きに見ていることに気付いていない。
多少女傭兵がいるとはいえ、傭兵団ってのは基本女っ気が少ないのもあって、小さいとはいえヤミーがなんとなく人気者になっていたりする。
だが、そんな目に気付かないライトはいそいそと飯に手を加えていく。
……一口食べただけだが、麦粥は量重視で、パンと汁気の関係性のためかシャバシャバのクソまずいスープっぽい何かのようだ。
それならいっそスープを作れと言いたいが、パンだけだと物足りないのだろう。
なにより、何品も作る余裕も機材もないと来た。
……だからってなー。
「ったく。味付けだけでも、もうちょっとマシになるだろうに……」
よいしょっと。
いつもの調理セットを取り出すと、とんとんとんっ! とリズミカルにニンニクを刻み、刻んだそれをナイフの刃で潰して飯盒の蓋で、ラードと一緒に軽くいためる。
その間に、そのへんで毟って来たハーブを手で揉んでしぼり汁を一度出してから繊維状のそれを二、三度粥の中にくぐらせ香りをつけて、残りは捨てる。
あとは、ニンニクのラード炒めを入れて、岩塩で味を調えながら──もう一度煮込んで、具材をほぐしながら粥の水分を少し飛ばしながら全体になじませる。
「こんなもんか?」
ぱく
「うん」
「ん-! んまっ!」
目ぇキラキラのヤミー。
って、つまみ食いすんなって。
「はいはい、やるから。残すなよ」
「う、ん」
こんっ!
今度こそ、ヤミーの食器に山盛りにしてやるとさっとくモキュモキュ。
「ん、ん……!」
って、おいおい!
「ほらっ。こっちむけ」
口回りベッチャベチャやんけ。
それを拭き拭きしてやりながら、残ったパンに焼けたハムを挟むと、お湯で戻したリーキと刻んだピクルスをのせる。
……こんなもんかな?
「しあげに──」
ガリガリガリッ!
ナイフの背で削ったチーズをたっぷり散らすと、
「ほい!」
「すきー!」
食べる前から幸せそうな顔で、ハンバーガーもどきにかぶりつくヤミー。
もっもっも!
「んー!」
「うまいか?」
もぐ、もぐ、…………まぁまぁだな。
ハムはさすがに良い品質だ。
「うまー!」
そうかそうか。
あっという間に一つ平らげたヤミー様に、もう一つこしらえながら自分の分を口に放り込むライト。
(ちょっと味が濃くてもいいな。上品なハムは塩気がうすいんだよなー)
そう考えつつ、ちょっと強めに岩塩を利かしたやつをさらに一個追加するとヤミーはたちまち平らげる。
……これを食いしん坊と言わずに何という?
「むー。食いしん坊違う!」
いや食いしん坊やんけ。
「ほれ、粥残り食うか?」
「たべゆ!……むー、でも食いしん坊違うし、うまい」
モグモグ食べつつ、ご機嫌斜めなのか、ぷーと、膨らんだ頬。
「ほらほら、すねるな。喜ぶか、食うか、どれかにしろ」
なんとなく、それをつつくと、プシューと空気が漏れる。
「ぶふっ。くくく……」
「むぅ!」
ヤミーがちょっと怒った顔でライトをポカポカ。
「はは、悪い悪い──残りやるから機嫌なおせよ」
むー!!
食べもんにつられるもんかと言いつつも、パンを両手に握ったヤミーがライトを叩くか食べるかで悩んでいる姿をほっこりと眺めながら、野営地の夜は更けていく────。




