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第四十四話 『探り合い』

 階下で騒ぎまくった俺に対して、商会の長であるウォルターは、それでもなお余裕綽々といった様子で、俺の対面にゆったりと腰を落ち着けている。

 流石は、立ち上げからここまで商会を育て上げただけはある。

 それなり以上に有能でなおかつ肝が据わってなければ、そんなこと出来はしないだろうからなおぁ。


「先ほど階下の従業員へと伝えたが、私に対して脅迫行為を行った三人組が、ウォルター商会の運営する鍛冶屋の人間であったため、その責を問いに参った」


 俺が来訪目的を告げると、ウォルターは肩まで伸ばした青髪を指先で弄りながらニヤニヤと笑みを浮かべる。


「それでしたら、その鍛冶屋が直接責任を取ることになりますね。我々ウォルター商会が運営していると言っても、きちんと鍛冶屋ごとに責任者は置いておりますので、その者がきちんと責務を果たしますよ」


 責任を取るどころか、謝罪すらなしか。

 まぁ、ウォルターとやらの論理だと、やらかした店に責任があって、きちんと店に責任者も置いているのから、運営母体であるウォルター商会には責任を負う義務はないといったところかな。

 そのうえで、ウォルターの目に浮かぶ感情は、嘲笑。

 はした金目当てに店で騒いだ貴族のボンボンごときが、とでも考えているのが丸わかりである。

 もちろん、俺の目的ははした金ではないので、すぐさま行動へ移ることにする。


「つまり、苦情の窓口は実際にその従業員を働かせている店舗であると……。了解した。それではそちらへ赴こう」


 俺は、座ったばかりのソファから立ち上がる。

 すると、ウォルターは意外そうに目を丸くしながら、俺へと問いかけてくる。


「おや? おかえりですか?」


「えぇ。きちんと対応してもらえる窓口があるなら、そちらへ赴くのが筋でしょう。なにより、私としても責任のない人間にアレコレ苦情を言い立てるのは、心苦しいですから」


 俺は部屋の扉へと歩み寄り、そのドアノブに手をかけて――そうだ、と振り向き声をかける。


「責任を果たしてもらえるということですが、罪の重さはもちろん裁判で量られるわけですよね?」


「はぁ? いやはや何を仰って――」


「私は貴族ですから。今回の件は、平民である三人の鍛冶師が貴族である私を脅したという事件ですよ? その罪は本来、その場で当人たちを無礼打ちしても問題ないはずです。しかし、私は従業員が勤務中にしでかしたことであるので、その勤務先へ責任を求めるべきかと考えて、本日こちらへ訪れました。そして商会の長である貴方から、責任は店の責任者が負うと言われました」


 ここで一度言葉を切ってやる。

 さて、その人を見下した目がどんな風に変わるか見物だな。


「ですから、私は鍛冶屋の責任者には、裁判の場できちんと罪を償うよう要求します。断れば、王都にある行政府の司法部へと請求し、捕縛してもらい、裁判へ出頭させます」


 さて、最近俺も加害者と疑われて出頭した裁判であるが、あれは形式的には王国裁判という、国王自ら罪刑を決める裁判であった。

 一方で、今回のようなケースであれば、わざわざ国王が出張ってくる必要はなく、それゆえ一般裁判という形式になるだろう。

 一般裁判は、非常に多くの種類が該当するため、最も頻繁に行われる裁判の形式である。

 この裁判の特徴は、ずばり癒着である。

 金や権力を持つ者ならば、いくらでも裁判の結果を転がすことが出来る、腐りきったシステムである。

 一般裁判で罪やその刑を定めるのは、司法部の人間である。

 彼らに賄賂や出世の手助けを申し出ることで、望む結果を得た貴族の多いこと多いこと。

 平民同士の争いでは、賄賂や時には娘を宛がうなどの接待を行った者に有利な裁定が下るわけだ。


「そうなれば鍛冶屋の責任者も私も王都へ戻ることになります。私は、護衛兵としてメイガスへ赴いておりますので、当然護衛対象の方にもご迷惑をおかけすることになります」


 そして、貴族対平民の場合も同じ条件である。

 つまり、積み上げられる利益の重さによって、天秤がどちらへ傾くかが決まる。

 ただ、どちらが有利かと言えば、やはり貴族だろう。

 同程度の利益を積み上げたとき、貴族からの評価が高い方が何かと仕事がやりやすくなるのだから、司法部は当然貴族有利の裁定を下す。

 つまり、平民は貴族よりかなり多く利益を積んでいく必要がある。

 鍛冶屋で責任者として雇われているというだけでは、それだけの利益を積み上げるのは不可能だろう。


「私の護衛対象は、レオン・クラーベ助祭。クラーベ伯爵家のご子息です。……二つの貴族家を相手に、責任者だけで話が済むとよいですね」


 その点、これほど儲けている商会であれば、賄賂を積み上げるのは容易いだろう。

 並の貴族であれば、ウォルター商会と裁判沙汰になっても勝つことは難しい。

 しかし、二つの貴族家を相手にすればどうなるか。

 それが分かったのだろう。

 ウォルターは立ち上がり、幾分か慌てた様子で話し出す。


「確かに、当商会の運営する鍛冶屋での不始末ですが、私や商会が責任を負う必要などありましょうか?」


「それは――それは、私が判断することではないですね」


 俺は素知らぬ顔で問い返す。


「それを判断するのは、裁判を取り仕切る司法部の人間だと思いませんか?」


 俺は扉を押し開き、引き留めるウォルターの声を無視して、階段を下りていく。

 わざとゆっくりと足を進めれば、部屋を飛び出してきたウォルターは俺へと必死に説明を始める。


「わ……我々の商売は、運営に必要な商品等を鍛冶屋へ卸すのがメインであり、なにかしら問題があれば責任はその店舗にあるという契約を交わしています。きちんと契約を交わしているのですから、問題はないでしょう?」


 俺は、階下へとたどり着くと、窓口の客や従業員たちに聞こえるよう大声で話す。


「私が一度として問題あると答えましたか? 私は窓口も責任の所在も鍛冶屋であるという貴方の説明に納得しているから、鍛冶屋の責任者相手に裁判を起こすことにしたのですよ?」


「それは……」


 絶句するウォルター相手に、俺は笑って見せる。


「問題があるかどうかは、司法部の人間が判断してくれますよ。真っ当な商売をされている自信があるなら、そんなに怯える必要なんてないじゃないですか」


 俺の笑顔に、先ほどまでの余裕は影を潜め、奥歯をギリリと噛みしめるウォルターは、低く唸るような声で俺にしか聞こえぬように囁いてきた。


「……いいんですか? 私のバックに誰がついているかご存知ないのですか?」


「知らん」


 一言、切り捨てる。


「知らんが、誰がバックについてようが、俺のすることは変わらんよ」



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