第四十五話 『緋青』
ウォルターの脅迫めいた呟きを切り捨てて、俺は商会の玄関口から外へと出る。
未だ後方で何やら騒ぎ立てる青髪の商会長、ウォルターを敢えて無視。
というか、何故最初からあそこまで他者を見下すような態度で出てきたんだろうか?
よほど商会の実力や、そのバックとやらに自信があるのだろうか?
王都における鉄の値段高騰に関しては、ウォルター商会が少なからず絡んでいるだろうとの推測は立ったが、どのような形で関わっているかまでは不透明である。
いずれにせよ、ウォルター商会について宰相ベルガル・ソラーシュへ伝える必要がある。
宰相に伝えれば、商会の情報に関しては宰相が調べてくれるかもしれない。
流石にバックやら商会の内情までこちらで全部調べるのは無理がある。
そのため、俺はウォルター商会がどのような不正を行っているか、不正でないならばどのようにして王都における鉄の値段を高騰させているか、についての調査に絞るべきだろう。
今後の方針について検討しながら、御者のゴーサさんが待機している馬車へと向かう。
そんな俺の前方、つまり馬車と俺との間に、緋色の髪をした女性が走りこんできた。
「ハァハァハァ……、やっぱりここにいたんだね」
肩で息をしながら俺へと話しかけてくる女鍛冶師スカーレットに対し、俺は何事かと問い返す。
「……一体どうしたんですか?」
「あぁ……。あの後、やっぱり気になってね。お偉い役人様がわざわざ問題を起こすわけはねぇと思いたかったんだが……」
スカーレットは言いながら俺の後方へと目をやると、本来の意志の強さを伴った美しい顔を苦々し気に歪ませる。
文句か弁明かは知らんが何やら俺へと言い募るために、わざわざ店外まで追いかけてくるウォルターの姿が目に入ったんだろうな。
「私は、私の問題についてしか話していませんよ?」
俺がスカーレットに応えれば、スカーレットはこちらを見て、呆れたようにため息をついた。
「あんまりこの街の人間じゃない奴に、問題を引っ掻き回して欲しくないんだがね」
スカーレットの文句に俺は肩を竦めることで返答とする。
俺とスカーレットがそのようにやり取りしていると、大声で騒ぎ立てていたウォルターが俺へと追いつく。
「聞いて……ッ! 聞いておられるのかッ! ハルト・アベール殿ッ!」
先ほどまでの余裕を演じていた仮面は剥がれ落ち、脇目もふらず言い募る様はいっそ清々しい。
……が、残念なことに俺が今喋りたいのはウォルターではなく、スカーレットなのだ。
なので、俺はウォルターを無視し、スカーレットへと返事しようとした。
しかしそれより早く、ウォルターがスカーレットに気付く。
「おやおや。これはこれは、スカーレット殿ではありませんか」
その声には、俺と話すときと同じように他者を見下す傲慢さと、俺と話すときとは違う下卑た欲望の両方が感じられた。
「私に会いに来て下さったのですか? 申し訳ありませんが、少し店内でお待ちいただければお時間を作ることもできますよ」
「あんたに会いにくるわけないだろ。私が用があったのはこちらの御仁であって、あんたじゃないよウォルター」
ニタリと音がしそうな嫌な笑みを浮かべるウォルターに対して、スカーレットは目線を反らし冷たい感情だけを声にのせる。
「おやおや。そのような態度でいいんですか?」
商会長ウォルターは俺を追い越し、スカーレットの眼前へと歩み寄ると緋色の髪を鷲掴みにして、無理やりに顔を引き寄せる。
「この私に、そのような言葉を吐いていいと思ってるのですか? 私はあなたの未来の旦那様だというのに」
スカーレットがその顔を歪ませたのは髪を鷲掴みにされる痛み故か、ウォルターの台詞が故か……あるいはその両方か。
俺は緋色の髪を鷲掴みにするウォルターの腕を掴む。
「何をやっておられるウォルター殿! すぐその手を離さないか!」
俺が声を張り上げたことで、道行く通行人や御者のゴーサさんが一斉にこちらに気付く。
「護衛兵殿には関係のないことですよ。私たち夫婦の問題です」
「先ほど、将来の旦那と口にしていたではないか。今は夫婦ではないし、仮に夫婦であったとしてもこのような往来で暴力をふるうのを見過ごすわけにはいかん。すぐにこの腕に離したまえ」
強い口調で俺はウォルターを責めるが、ウォルターは先ほど店の二階で話し出したときと同じ、傲岸不遜な態度で俺を嘲る。
「関係がないと言ってるじゃないですか。貴方は確かに貴族で護衛兵かもしれませんが、街の治安維持は軍の役目であり、貴族や護衛兵の役目ではありませんよ。私とこの女の問題に関係のないあなたにアレコレ言われる筋はないんですよ」
そう言ったあと、ウォルターはまるで今思いついたと言わんばかりに、表情を変えて俺へと一つの提案をしてきた。
「そうですねぇ。私も貴族であるハルト・アベール殿と揉めたくはないんですよ。だから……取引といきませんか?」
「……取引だと?」
俺が問い返せば、ウォルターは愉悦に目を歪ませて頷きながら、取引の内容を話し出す。
「えぇ。私が今この手に魔力を込めれば、スカーレット殿の美しい顔がどうなるか……想像することは容易いと思うんですよね」
そこで言葉を切る。
どうなるか想像させるための時間を与えるというのも、交渉のテクニックの一つであると言える。
そんなテクニックを駆使してまで、俺に呑ませたい要求は……まぁ想像に難くはない。
「ですから、私は護衛兵殿の仰るようにこの手を離しましょう。その代わり護衛兵殿には、先ほどの――」
「――裁判沙汰にするな、ということか」
ウォルターの言葉を引き継いでやる。
「えぇ。もちろん、相応の謝罪はもちろん致します。……如何でしょうか?」
完全に勝ったつもりなのだろう。
先ほどよりも、その顔に浮かぶ感情が醜悪なものになってやがる。
「……おい! いいから放っておいてくれ! 私は別に顔なんかどうなろうと困りゃしないんだから!」
その顔に苦痛を浮かべながら、それでもなお、媚びぬ態度を維持するスカーレット。
誇り高いその生き様に俺は、やっぱり素敵な女性だなと見直した。
「黙っていろッ! 貴様の価値など、その顔と体にしかないことを自覚しろッ!」
髪を鷲掴みにする手に力を込めて、脅迫の色を強めるウォルター。
……どうせウォルター商会とは喧嘩になるんだ。
今さらどれほど揉めようが気にする必要もないか……。
そして、俺は呟いた。
来い、酒呑童子――と。




