第四十二話 『敵情視察』
鍛冶師ブラミスの娘で、女鍛冶師であるスカーレットから齎されたのは、メイガスの最大産業を占有する大手商会の名前であった。
ウォルター商会……か。
残念ながら王都にいたときには聞いたこともない商会であり、俺の知識から引っ張り出せる情報は何もない。
「ウォルター商会というのは、鍛冶屋をいくつかオープンしているとのことでしたが、どこに本店を構えているんですか?」
俺がスカーレットへ問いかけると、彼女はこちらへ振り向きもせずカウンターへと戻ると、紙に何かを書きつけ、そして俺へと渡してきた。
「メイガス以外にどこで店を構えてるかまでは分かんないね。メイガス支店の場所ならここに書いておいたよ。……こんなこと言うのも可笑しな話だけど、もう十分助けてもらってるし、変に首を突っ込んだりしないでいいからね」
力なく笑うスカーレット。
……その表情に少し違和感を覚える。
たしかに、仕入れ値が上昇したり売り上げがなくなれば、生活に支障が出るだろう。
このままではいずれ、ブラミスの鍛冶屋も閉店へと追い込まれるだろう。
だから、苛立つのも落ち込むのも分かる。
しかしながら、現状だと直接邪魔をしてきていた三馬鹿どもを蹴散らして、少し息をつけるのではないだろうか?
しかしながら、スカーレットの表情は悲壮感に溢れていて、とても状況が好転したとは言えそうにもない。
「……もちろん、皆様の邪魔になるようなことは私もしたくありませんので。そのうえでお聞かせいただきたいのですが、メイガスの問題は鉱石絡みだけではないのですか?」
「……メイガスの問題というか、あたしら鍛冶屋が困ってるのは鉱石絡みだけさ」
「そうですか。では、貴女のお困りごとはなんですか?」
俺の問いに、スカーレットは髪と同じ緋色の目を大きく見開く。
「貴女には他に困っていることがあるんじゃないですか?」
「……仮にそうだとして、それがあんたに何か関係があるかい?」
まぁ、確かに関係ないといえる。
初対面の異性になんの理由もなく、わざわざ自分の抱えている問題を話す人間も少ないだろう。
逆にそんなことを聞いてくる奴とか怪しいと思われても仕方ない。
何か裏があるんじゃないか、そういう不信感を抱いて当たり前だ。
それを払拭したければ、本当のことを話して信用してもらう他ないのだろう。
「……表向きの理由を話せば、私は護衛兵としてメイガスへ赴いております。つまり、護衛対象が今この街へ滞在しております。それ故、何か問題があるのであれば、それが護衛対象へ害を為さぬように注意を払う必要がありますので」
「なるほどね。……それで、本音は?」
その顔に挑戦的な笑みを浮かべて問いかけるスカーレットに対し、俺は居住まいを正す。
「……言えません。ですが、表向きの理由以上に譲ることのできない理由です。もちろん、無理に答えてもらう必要はありませんが……」
俺は一度言葉を切り、一歩だけスカーレットへ近づく。
「私は、私の武具を製作してくれているブラミス殿にも、そのご息女である貴女にも敬意を抱いております。ですからその問題を知っていればお二人の力になったり、最悪でも邪魔になることは避けることができます。しかし、その問題を知らなければ私はお二人への影響を考慮することなく行動し、結果としてお二人に悪影響を及ぼしてしまう可能性があります」
スカーレットの緋色の目を見つめながら、俺はフッと笑う。
「お二人とは今後も縁を紡いでいきたいのです。なので、出来たら教えて頂ければ嬉しいですね」
◇◆◇
スカーレットはその後、まったく口を開いてはくれなかった。
黙って床へと視線を落とし、力いっぱいに握り締められた拳は震えていた。
やがて店の前に馬車が止まる音がして、その音を契機として、俺はブラミスの鍛冶屋を辞去することとした。
十分以上に情報は手に入ったと言えるし、彼女たちが抱える問題というのが、本当にプライベートな問題であれば、初対面の俺が口を挟んでも良い結果にはならないだろう。
店の前に止まった馬車は、やはりというかゴーサさんが操る馬車であった。
俺は、ゴーサさんに礼を言い、そして馬車へと乗り込む。
「お疲れ様です、ハルト様。レオン坊ちゃんにはお手紙をきちんと渡しておきました。本日は特に用事を申し付けられませんでしたので、どこへでもご案内いたしますよ」
人好きのする笑みを浮かべた御者のゴーサさんに、俺は改めて礼を言ってから目的地の場所が書かれた紙を渡す。
……人生で初めて異性から手紙をもらったけど、ラブレターってことにしてもいいかな?
◇◆◇
ゴーサさんは、俺が渡した簡易地図の描かれた紙を頼りに、目的地へと俺を運んでくれた。
ブラミスの鍛冶屋から馬車で揺られること十五分ほどで、到着したのはかなりの大店。
店前で停めてもらった馬車の中から様子を窺えば、大勢の人間がひっきりなしに敷地を出入りしているのが目に入る。
仕入れた鉱石を倉庫へ運んだり、逆に売り先へと運ぶためであろうか、かなりの台数の馬車が敷地内で待機している様子であった。
俺は馬車から下りると、その店の正面玄関へと足を向ける。
玄関には、大きくウォルター商会と書かれた看板が掲げられている。
俺は大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐く。
――さぁ、敵情視察と洒落込みますか。




