第四十一話 『緋色』
翌朝、俺は岩鶏亭の一階で朝食を取りながら、御者のゴーサさんに、レオンへ手紙を届けてもらいたいとお願いした。
ゴーサさんは快く引き受けてくれた。
それだけでなく、俺が改めて鍛冶屋街へ行く予定であることを知ると、先に俺を鍛冶屋ブラミスの店へと送ってくれるとまで申し出てくれた。
俺はゴーサさんに甘えることにした。
◇◆◇
「……いらっしゃい」
ブラミスの店先でゴーサさんの馬車を降りると、ゴーサさんに礼を言う。
ゴーサさんは、このまま手紙をレオンへ届けた後、俺を迎えに来てくれるとのことだった。
そのあとは、レオンから特に用事を言われない限り、俺の予定に付き合ってくれるそうだ。
……俺にも専属でこんなに優しい御者が欲しい。
レオンへの嫉妬を抱きながらブラミスの店へと入ると、カウンターと思しき机で気だるげに頬杖をつく女性がこちらを一瞥すると、やる気の一切ない声で呟く。
こんなにウェルカム感のない、いらっしゃいませなんて聞いたことねーよ。
……ていうか、誰だこいつ。
俺は店内をぐるりと見回し、ドワーフ爺ことブラミスの姿が見えないことを確認する。
とは言っても、受付の奥からは鉄を叩くような甲高い衝突音が聞こえてくるので、ブラミスは鍛冶の最中かな?
俺はカウンターへと歩いていく。
やや黄色みのかかった赤いショートヘアに褐色の肌をした女性は、近づく俺に気付いたのか顔を上げる。
その目は、髪と同じような色をしており、一切のやる気を感じさせない覇気のない目。
「……何かお探しで?」
仕方なしとばかりに掛けられた言葉に、俺はブラミスに会いに来たと伝える。
「……あぁ、親父の客かい。親父は鍛冶の最中でね、声を掛けても出てこねーと思うよ」
一応声を掛けようか、と聞いてくれた女性に対して俺は首を横へ振る。
……ていうかブラミスの娘さんか。
……全然似てないってレベルじゃねーぞ。
上半身には真っ白な布をさらしの如く、胸元だけを隠すように巻きつけている。
その布に押しつぶされてなお主張するのは、果たして西瓜か甜瓜か。
また褐色の肌をした顔や腕には、火傷と思しき小さな痕がいくつか見受けられる。
年の頃は、俺と同じ程度だと思うのだがこの子も鍛冶をするんだろうか。
――畜生ッ! 俺の武具は娘さんに頼むべきだったかもしれんッ!
俺はなるべく視線を下げないように意識しながら、別の質問をしてみることにした。
「ブラミス殿のご息女ですか。失礼ですが、貴女も鍛冶を?」
「……まぁね。うちはあたししか子供がいないから。――女が鍛冶に手を出すのは反対かい?」
いやまぁ確かにそういう考えがあるのは分かるよ。
とはいっても別に鍛冶に限った話ではない。
女が鍛冶に手を出すと火の神が怒るだとか、船に女を乗せたら沈むだとか。
大した理由もなく女人禁制を気取る職業ってのは、いくらでもあるもんさ。
「私は自分の武具を依頼するなら、性別ではなくその者の腕で選ぶ派ですので。貴女が腕が良い、もしくは本気で鍛冶師を目指して修練をしておられるなら、反対する理由はありません」
俺の問いに気を良くしたのか、その瞳に初めて感情が灯る。
「……へぇ、あんた面白いね。あたしがあんたの武具を作りたいって言ったら任せてくれるのかい?」
「貴女の腕が良ければ。それこそ、私が扱って壊れない頑丈な武具を作れるなら、今からでもブラミス殿に言って貴女が作ってもらっても一向に構いませんよ」
俺の言葉に、緋色の髪をした女鍛冶師の唇が弧を描く。
「頑丈な……もしかして昨日、手甲と脚甲を注文したのはあんたかい?」
俺が頷いてみせると、緋色の髪した女は立ち上がり、カウンターからこちら側へと出てくると俺の目の前で頭を下げる。
「――ありがとう。あの三馬鹿どものせいでうちは売上が下がるわ、親父はしょっちゅう体を傷だらけにして帰ってくるわで困ってたんだよ」
「……私が依頼した武具は、この街でもあまり目にしない品と聞きました。それでもブラミス殿は請け負ってくれたのですから、お礼を言うのはこちらのほうですよ」
なるべく紳士的に対応しながら、俺は彼女から目を外す。
御礼を言われたことに気恥ずかしさを感じたこともそうだが、彼女の姿は色々と目に毒だ。
俺のそんな様子を見た女鍛冶師はクスリと笑い、右手を差し出してきた。
「あたしはスカーレット。この街で最高の鍛冶師、ブラミスの一人娘さ」
俺は彼女の手を握る。
「私は王都で護衛兵を務めるハルトと申します」
手を離した女鍛冶師スカーレットは、貴族みたいな口調だなあんたと笑った。
◇◆◇
「……それで、親父に何の用だい? わかっちゃいるとは思うが、流石に昨日の今日じゃまだ武具は出来上がってないよ?」
俺は、本日ドワーフ爺……いや、お父様を訪ねてきた理由を伝える。
すなわち、鉄の値段について変化がないか、武具を商人が買い付けていく際の値段に変化がないか。
俺の質問に、若干怪訝そうな顔をしながらブラミス殿のご息女はスラスラと応えてくれた。
「鉄の値段かい? そりゃやっぱり上がったよ。制度が変わっちまったから仕方ねーんだろうけど」
ガシガシと頭を掻きながら、先ほどまでとは違い、感情豊かに言葉を返してくれる彼女に対して、俺は不謹慎かもしれないが好意的な感情を抱いた。
「そういやあんたは王都の人間なんだよな? なら知らないと思うけど、もう一年以上も前になるかな。鉱山から産出する資源について、買い付ける際の制度が変わったんだよ」
女鍛冶師の説明を要約すると、こうだ。
鉱山から採掘する仕事はメイガスの公共事業であり、産出した鉱石は全てメイガスの所有物となる。
そして、まず第一にメイガスに住まう鍛冶師たちへと売却され、そのあと出入りの商人たちへ売却されることとなる。
鍛冶師たちへと売り出される値段は、商人たちへ売り出す場合に比べて半額に近い値だったそうだ。
その値段で仕入れができるから、質の良い武具を安い値段で作成し、店頭へ並べることができる。
武具を他所の街へ売りに行きたい商人たちからすれば、安い値段で質の良い武具を手に入れることができるメイガスは、最高の仕入れ先であった。
ところが、ある日を境に制度が変わってしまう。
新しい制度の元でも、産出した鉱石がまずメイガスの所有物となるとこまでは同じだ。
その後、まず第一にメイガスの街にとって最も大切な取引先とされる大手の商会へと売却される。
この商会へと売却される鉱石は、産出する鉱石全てである。
その後、鉱石が必要な鍛冶屋や他の商人たちは、この大手商会から鉱石を買い付ける必要があるのだ。
「あそこの商会が間に入ってるせいで、鉱石の値段は上がっちまった。そうすると、どうしたって武具の値段も上がっちまう。それでも最初の頃は、その上がった価格の武具も売れてたんだ。うちだけじゃなく、メイガスの鍛冶屋全部が値段を上げる羽目になったんだから」
でも――、彼女が悔し気に拳を握り締める。
「でもそれも、その大手商会が鍛冶屋を出したことで流れが変わっちまった。あいつらは安い値段で仕入れた鉱石で武具を作り、安い価格で武具を売り出した。品質は大したことなかったのに、見る目のない奴らには売れるからと商人どもが大量に買い付けるようになったんだ」
そして、既存の鍛冶屋の財政は火の車になっていったそうだ。
仕入れ値が上がっただけでなく、売り上げも下がっていくことなり、やがて店を畳む者が現れた。
空いた店舗には新しい鍛冶屋――大手商会の運営する鍛冶屋が入り、売り上げを伸ばしていったそうだ。
ブラミス殿と揉めていた三馬鹿の店も、同じように潰された鍛冶屋の後釜に入った商会の運営する鍛冶屋らしい。
だから――、彼女はその悔しそうな表情を押し隠すとぎこちなく笑う。
「だから、あんたの質問に答えるとすれば、鉄の値段はめちゃくちゃに上がったよ。武具の値段は聞かないでおくれ……。誰も買ってはくれやしないんだから」
「……失礼しました。失礼ついでにもう一つ。その商会の名前は?」
スカーレットは、唇を噛みながらやがて、ポツリと呟いた。
――――ウォルター商会。
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