第三十九話 『ウォルター商会』
「……なにかあるのは間違いないね、このメイガスに」
あの後、しばらくの間は武具の話に興じていたが、町役場の人間がゼスト町長を呼びに応接室の扉をノックしてきたことでお開きとなった。
ゼスト町長より、次の予定の時間である旨の説明と謝罪があったが、我々も長居してしまったことを詫び、その場を辞去することとなった。
町役場を出て御者のゴーサさんが操る馬車へと乗り込み、走り出してからレオンは冒頭の台詞を呟いた。
俺も同意見であると頷いて見せる。
「ただ、情報の特定までは出来なかったね。せめて、ゼスト・ランベルグが噛んでいるのかどうかくらいは把握できればよかったけど」
確かにそこまで判断できれば最高だが、それはまぁ高望みと言えるだろう。
ゼスト町長は、ここ数年は極端に収益が上下することもなく、安定していると言っていた。
しかし、そんな筈はないのだ。
町役場へ赴く前にレオンが語ったとおり、メイガスの主要産業に大きな影響を与えるであろう鉄の値段が上昇していれば、何らかの影響があるはずなのだ。
例え、商人たちが勝手に値段を吊り上げているだけにしても、だ。
商人たちが高値で売れる商品を大量に仕入れていれば、例年より明らかにメイガスの利益は増えるだろう。
逆に高値で売るために仕入れを制限していれば、メイガスの利益は減少することとなる。
「……実際に利益が上下していなければゼスト町長が把握していないのも可笑しくはないと思う。利益が上下していることを、ゼスト町長へ報告しうる立場にいる人間が握りつぶしている場合も同様だね」
レオンの言葉に、俺は自分の思ったことを話してみる。
「実際に利益が上下している証拠を見つけて、ゼスト町長へ突き付けてみるか? ゼスト町長が知っていたとしても、知らなかったとしても、動かざるを得なくなると思うんだが」
「それは……、方法によるだろうね。役所の帳簿みたいなものであれば言い逃れはできないだろうけど、それを手に入れた手法について問われる可能性があるよ。だからといって例えば、町の人間の話を根拠にしてもそれだと証拠としては弱いだろうし」
うーむ……、確かにレオンの言う通りだなぁ。
今の段階で、ゼスト・ランベルグからこれ以上の話を引き出すのも難しそうだ。
「ひとまず僕は、教会で修練を行いながら情報を集めてみるよ。教会の司祭様だけでなく、訪ねてくる町民たちと話をすることもできるだろうからね」
「悪いな……、手間をかける」
俺が頭を下げれば、レオンは首を振って笑いかけてくる。
「メイガスへ来る前に言ったけど、これは僕の目的に沿うものだから気にしないで。何か分かったらゴーサを通じて連絡するから」
丁度、救世教会へと到着したため、俺たちは下車する。
教会の扉を開き、護衛の引継ぎを終えると、俺はレオンへと挨拶して教会を出た。
……まだ、日は高いな。
俺はゴーサさんに頼み、少し街中を見て回ることとした。
◇◆◇
「……ふむ。行ったか」
町長室の窓から外を覗けば、救世教会の助祭を乗せた馬車が町役場から去っていくところが目に映る。
やれやれ、ただの教会関係者の挨拶かと思えば、とんだ爆弾を抱えてきたもんだ。
「おやおやゼスト殿。如何なされたのですかな?」
ノックもせず、扉を開けて入室してきたのは、青髪を肩まで伸ばした商人の男だ。
どこか優男のような穏やかな笑みを湛える細身の男は、無礼な行いを謝罪することもなく言葉を紡いでいく。
「まるで、厄介ごとが降りかかってきたようなご様子。原因は、先ほどまで来ておられた救世教会のレオン助祭殿でしょうか? ……それとも」
そこで言葉を切り、目を見開く。
その目は髪と同じく鮮烈なまでの青。
「護衛兵であり、アベール家の虎の子と噂される人物。……そう、ハルト・アベール護衛兵殿ですかな?」
その言葉に、ゼスト・ランベルグは深々とお辞儀し、そして返答する。
「お待たせして申し訳ありません、ウォルター殿。……しかし、相変わらず耳が早いですな。私なぞ直接訪ねられるまで気付きもしませんでした」
「それはもう。ゼスト・ランベルグ様のお力になることこそ私、ひいては私の運営するウォルター商会の使命ですから」
慇懃無礼な態度を崩さぬウォルターと呼ばれた男。
一方、その態度を咎めるどころか、当然のように受け取り、さらに自らが遜ってみせるゼスト町長。
「痛み入ります。しかし、まさか護衛兵を連れてここを訪ねるとは思っておりませんでした」
ゼスト町長は、既に本日の出来事をウォルターが把握している前提で話を進めていく。
それに対するウォルターも、それを当然とばかりに受け止め、話を進めていく。
「本来、救世教会の修練で他所の街を訪ねたところで、わざわざその街の権力者へ挨拶することは稀でしょう。わざわざ挨拶に来た理由を当初は、レオン助祭が救世教会での自らの地位向上のため、貴族の係累との縁が欲しいのだと考えておりましたが……。まさか護衛兵として英雄の息子を連れてくるとは……ねぇ」
「……やはり警戒は必要でしょうか?」
ゼスト・ランベルグはその目に剣呑な光を湛えつつ質問するが、ウォルターは相も変わらず柔和な笑みを浮かべたまま首を横へ振る。
「ゼスト殿は、特段何もせぬほうがよいでしょうな。万が一、ハルト・アベールが前任の査察官の後釜としてこの街へ赴いてきたのであれば、やはりゼスト殿の協力を欲する可能性が高いでしょう。その際に、味方のフリをしてやれば、簡単に寝首をかくことができるでしょうから」
「……そのためにも、私は何も気づいていないフリを継続した方が良いと?」
「そういうことです。彼らの警戒は、私どもウォルター商会で行いますよ。……既に商会の運営する店に喧嘩を売られた後のようですしね」
なんと……と呟き、絶句するゼスト町長を見ながら、ウォルターはニタリと笑う。
「英雄の息子殿には、査察官にあるか否かに関わらず、多少痛い目は見てもらう予定ですよ。……もちろん、査察官だとすればその程度では済ませませんがね」
「……彼には些かばかり憐れみを覚えますな。彼の大商会、ウォルター商会に知らずに喧嘩を売ったのですから……」




